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クレメンティーヌは理論型でくれはは直感型です。
「う、うぅん……っ!!ソフィア!?」
「クレメンティーヌ様、お目覚めになられましたか。ご気分は如何ですか?」
私の呼ぶ声にすぐ応え水の入ったグラスを差し出すソフィア。
それを受け取り口をつけると思っていたより喉が渇いていたらしく一気に飲み干してしまう。
それを見たソフィアは私の額に手を当て安堵の表情を浮かべた。
「熱は下がったようで安心致しました。お水はまだご所望ですか?」
「いえ、もう良いわ。ソフィア、今何時かしら?」
「日付が変わりまして3時過ぎでございます」
「そう……ソフィアももう休んで」
「いえ、私はこのままクレメンティーヌ様に付いております。殿下にもその様に申しつかっております」
「…………」
ヴィーは私に、クレメンティーヌにはだだ甘に優しいけれど感覚は王族そのものだ。
人を使うという事に何の躊躇いもない。
使用人だって人間だ。
疲れもするし、眠くもなる。
しかも主人である私が倒れて王宮にまで連れて来られたのだ。
ソフィアはいつもより緊張を強いられ精神的にも疲弊している。
『付いていろ』という王族の言葉は命令だ。
一介の侍女が逆らう事など出来はしない。
倒れるまで私に付いているしかないのだ。
クレメンティーヌの感覚を共有しているおかげで、一般市民の私はヴィーの行動を受け止める事が出来たけれど、かと言って納得は出来ない。
私の大切な友人を酷使するなど許すまじ行為だ。
私はまだ気怠さが残る身体に気合を入れて起き上がった。
「クレメンティーヌ様?如何なさいましたか?」
心配と困惑が入り混じったソフィアの視線を放置し扉へと向かう。
ソフィアが慌ててガウンを私に羽織らせ扉を開ける。
開けた扉から入った居間らしき場所には少し年嵩の侍女が綺麗な立ち姿で立っていた。
「マルリード侍女長……」
「クレメンティーヌ様、如何なさいましたか?」
マルリード侍女長。
彼女はヴィーの乳母を勤め、現在は王太子付きの侍女長になった女性。
クレメンティーヌも幼い頃から世話になった人だ。
王妃様の学生時代の友人で、身籠ったまま寡婦となった彼女を同じ時期に妊娠していた王妃様が乳母に勧誘したと聞いている。
美しい金髪にアクアマリンの様な瞳、子を産んだとは思えない華奢な身体。
30代半ばのはずだがどう見ても20代にしか見えない。
しかし大きな垂れた瞳、目尻の泣き黒子、抜ける様な白い肌と細身なのに出る所は出ている豊満な肢体は熟した色気を醸し出している。
……羨ましい。
若干私情を含んだ眼差しで彼女を見ると、我が子を見る様な慈愛の籠もった眼差しが返ってきた。
妖艶な色気と清廉な慈愛という相反しかねないものが同時に存在する不思議な女性。
ヤバい、好き、この人!
頭の中でクレメンティーヌが引いているのを感じるけれど、今までお目にかかった事がないタイプの美女に私の萌が発動した。
だが今はそれは置いておかなくては。
……非常に、非常に残念だけど。
「マルリード侍女長、お久しぶりですわ。相変わらずお美しいですわね」
「クレメンティーヌ様、お久しぶりでございます。美しいなどとんでもごさいませんわ。私などただのおばさんでございます。ですが暫くお会いしない間にクレメンティーヌ様は輝く様にお美しくなられて……さぞかし我が主もお困りでございましょう」
「困る?殿下が?どうしてですの?」
「あらあら。ふふふっ、容姿は零れ落ちる蜜のようで内面はあどけないままなんて。我が主が王太子宮に囲っておしまいになられるのも仕方ないですわね」
「?」
「クレメンティーヌ様もいずれ我が主の気持ちがわかりますわ。それよりこんな深夜に如何なさいましたか?」
「殿下の命令を取り消して頂きたいのですが、どうすれば良いのか。流石にこの様な時間ですので直接お会いしようとは思っておりませんが」
「いえ、今から殿下の元へ参りましょう。クレメンティーヌ様のご要望は全て聞くよう申しつかっておりますので」
「ですが流石にこの時間に殿下を起こすなど……」
「殿下から『何時、如何なる事にも』と言われておりますので。ただ醜聞にならない様、使用人通路を使わさせて頂きますのでご了承下さいませ」
「それは構いませんが……」
「では参りましょう」
マルリード侍女長、意外と押しが強い。
優しげな容姿なのに……。
まあ、会えるなら直接会って言う方がいい。
言葉は人を介すれば湾曲していく。
それに相手が相手なだけに誰か罰せられる可能性もある。
そう思った私はマルリード侍女長に言われるまま後を付いて行った。
◇◇◇◇◇◇
隠し通路の様な狭い廊下をマルリード侍女長の後を追いながら進む。
廊下は何度か別れていたので、ただ後を付いていた私は元の場所に戻れないだろう。
王宮の使用人ってこれを覚えてるんだよね?
かなりレベルが高いのでは……などと他愛のない事を考えているうちにマルリード侍女長がある扉の前で止まった。
扉を開けると爛々と明かりが灯った豪華絢爛な廊下に出た。
ま、眩しい。
先程まで歩いていた廊下にも明かりはあったけれど、王宮の廊下は物凄く明るい。
「ふふっ、慣れない内は皆その様になりますの。騎士様、殿下にお取り次ぎ願います。マルリードが来たとお伝え下さいませ」
「殿下より伺っております。少々お待ち下さい」
重厚な扉の前の、寝ずの番だろうの騎士の一人がマルリード侍女長の言葉を聞き部屋へと入って行く。
……マルリード侍女長といい、騎士といい、ヴィーに何を言われたのだろうか。
深夜の不躾な来訪への対応が早過ぎる。
「お入り下さい。殿下がお会いになります」
すぐに部屋から出てきた騎士が告げた言葉に軽く頷いたマルリード侍女長が先導し、部屋へと入る。
ソフィアの事の文句を言う気満々で部屋に入った私はヴィーの顔を見て小首を傾げた。
「殿下?」
「クレメンティーヌ……いや、クレイ。こんな深夜にどうした?」
「…………」
何だろう、何かがおかしい。
柔らかな微笑みはいつもと同じだ。
だけど、何がと聞かれても答えられないが違和感があるのだ。
ヴィーだけどヴィーじゃない。
そんな感じ。
だけど……。
何故か嫌じゃない。むしろ好ましい。
そんな感情を抱く自分に戸惑い、私はヴィーを見つめた。
次回の投稿は11/21(土)です。