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王太子様のターン?
「くくっ。流石ソフィアといったところだね。だからこそクレイは君を側におくんだろう。構わないよ、今ので君の姿勢は理解したから。不敬も処罰もしないから安心していい。それに君に何かしたらクレイは例え私であっても許さないだろう。クレイに嫌われるのはご免被るよ」
「……御厚情感謝致します」
王族特有の威圧すら耐えてクレイへの忠義を貫くソフィアに今までの評価を改める。
顔色は悪く微かに震えているにも関わらず、表情を変えず否を言い切る事が出来る者は少ない。
ソフィアを私の側につけたい気持ちはあるが、この分だと無理だろう。
だが違和感はある。
今までのソフィアはクレイに心酔し付き従っていた。
だが今のソフィアはまるで我が子を護る親のようだ。
何時から?
何がクレイに起きた?
前々回のお茶会までは今までのクレイだった。
だが前回のお茶会で小さな変化があったのを切っ掛けにクレイが変わった。
いや完璧な令嬢の仮面は健在なのだが、ほんの僅かだが15歳の少女らしい無防備な可愛らしさが垣間見える。
しかもそれはいつもの完璧な彼女とは全く違いアンバランスだ。
今までのクレイなら私であってもそんな隙きは見せなかった。
クレイに何かが起こったのは間違いない。
だが問題は『何』が起こったのかが見当もつかない事だ。
けれど今回の事で暫く一緒にいる時間が増える。
そうすれば手掛かりぐらいは掴めるだろう。
とにかく今はやりたくないが残った政務を片付けねばならない。
「ではクレイは頼んだよ。何かあったら私にすぐ連絡を」
「畏まりました」
先程の私への反抗的な態度など無かったかのように完璧な侍女へと戻ったソフィアに言葉を掛け私は部屋を出た。
◇◇◇◇◇◇
何とか日付が変わる前に政務を終わらせた私は湯浴みをすると強烈な睡魔に襲われた。
クレイと街歩きをする為の時間を作るのに先日睡眠時間を削ったのが地味に堪えたのだろう。
私はベッドに潜り込んだ途端、意識を失った。
?
何故私は歩いている?
これは夢か?
身体の自由が効かない……。
!?
何だ、誰だ!
頭の中に入り込んでくる多くの情報。
見知らぬ景色、人種、服装。
そして全く思いもつかない程の高度な文明と思想。
転移?
私の身体はこいつに奪われたのか?
私の身体を返せ!!
叫べども身体の主導権は私には無く、指一本動かすことも出来ない。
だが私の身体に入ったやつは話のわかるやつで、私よりも冷静に現状を把握しようとしていた。
私を宥め、この状況が変わらない場合の指示すら求めてくる始末。
……怒る気が失せた。
無愛想ではあるが誠実で思いやりがある人間なのは間違いない。
心の中が筒抜けで互いに何も隠す事など出来ないから、彼が本心で私の日常を心配しているのも疑う余地などない。
それに……。
彼は多分死んだのだろう。
最期の時に抱き締めた少女への想いと悔しさが私の心まで締めつける。
……まあ多忙極まる毎日から暫く離れるのも悪くない。
どうしても、という事は私が指示を出せば何とかなるだろう。
王太子という身分から『友人』というものを知らない私には同じ歳の彼の思考が新鮮に思える。
私の身分やそれに纏わるものに全く興味も欲も感じず、慮るでも擦り寄るのでもない真っ直ぐ忌憚の無い意見にも驚いた。
ただありのままに受け取り返す。
相手が私に何を求めてこの一言を交わしているのか、私はそれに対して何を返すのが最適解なのか。
家族とでさえ、そんな事を考えながら会話してきた私には衝撃的なものだった。
悪くない。
彼と交わす会話は悪くない。
それに神の悪戯かわからないが彼が意図してなった状況では無いらしいし、私にもどうする事も出来ない。
いずれ何らかの対処を考えなくてはならないが暫くは彼に日常を任せよう。
彼が生きる気力を取り戻すまで。
さて、問題が一つだけある。
そう。
クレイが王宮にいる。
変わってしまった理由を探るつもりだったが、こうなってしまってはそれは難しいだろう。
だが彼女の生活と過剰なまでの自分を律する精神だけは改善しなくてはならない。
ある程度は報告で知っていたけれど、あそこまでとは理解していなかった。
何が彼女をあそこまで追い詰めたのか。
何か理由があるはずだ。
完璧な令嬢、クレメンティーヌ。
その美しさはもとより頭脳、魔法、剣技、振る舞い。
全てにおいて今彼女より秀でている令嬢はいないだろう。
知識だけで言えば多分母である王妃より優秀だ。
既に王太子妃としての教育は終えており、今彼女が学んでいるものは私のそれと変わらない。
確かに知識はあって困るものではないが身体を壊してまで得る必要など無い。
なのに何故?
幼い頃から婚約者として共に過ごしてきた。
お互い常に足元を掬おうとする輩から身を守る為、同じ年頃の子供達の様な楽しみなど持つ時間も無く勉学に勤しんだ。
二人ともそれが自分の身を守る事に繋がるとわかっていたから。
だけど心の何処で年相応の柔さが悲鳴を上げる。
そんな時は二人で励まし合い歯を食いしばって乗り越えた。
今思えば十にも満たない子供の思考では無いな。
だが私達はそれがわかる位に聡かったのだ。
それが仇となったか。
私は産まれた瞬間から国王となる事が決まっていた身だ。
それは私を形作るものの一部だから抵抗など無い。
だがクレイは?
クレイは私の婚約者にならなければ普通の令嬢でいられたのだ。
公爵令嬢として何不自由なく、家族に愛され他の令嬢達の様に年相応の楽しみを持ち笑って過ごせたに違いない。
それを王家が、いや私が奪った。
私がクレイを見初めてしまったから。
初めて出会った瞬間に、この可愛らしいものを絶対離さないと執着してしまったが為に。
だからこそクレイの身体も精神も損ねる訳にはいかないのだ。
彼の事もクレイの事も今まで対処した事のない難問に、私は彼に明日からの指示を出しながら頭を抱えたのだった。
次回の投稿は11/19(木)です。




