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 ヴィンセント君、クレメンティーヌに隠している一面が……。

 

 それ、大丈夫?



 超巻き巻きで身支度をし終わったのを見計らった様に、王家の馬車が到着した。

 あ、危なかった!


 「クレイ、おはよう。ああ、朝日に輝く君はまるで妖精のようだね。いつもより早く来て良かった。こんな愛らしいクレイが見れるなんて」

 「……おはようございます、殿下。ご機嫌よう」


 馬車から下りてすぐ少し離れた玄関にいる私を見つけ、流れる様にむずむずする美辞麗句を紡ぐ王太子様にまたもや定型文で返す私。

 ……顔がチベットスナギツネになってないといいけど。


 「クレイ、ヴィーだ。昨日はそう呼んでくれたよね?」


 あれはお忍びで身元を隠す為しょうがなくだ。


 「……殿下。ここで愛称で呼ぶ必要はごさいませんわ」

 「必要性か……それならあるよ?主に私の精神安定の為にだけど」

 「?殿下の精神安定と愛称呼びに何の関係が?」

 「君の特別なんだと感じる事が出来る。そして私の特別なんだと知らしめる事も出来る。そうする事で私が少し安心するから、かな?」


 何だ、それは?

 ……もう理解するのは諦めよう。


 「だから。ヴィー、はい、言ってみて?」

 「殿下を愛称呼びなど不敬で……」

 「私が良いと言ってるのに不敬になどなる訳ないよね」

 「……ヴィー」

 「はい、よく出来ました」


 にっこり笑う王太子様は相変わらずゲームの笑顔とは違い、本当に嬉しそうだ。


 クレメンティーヌがこんな笑顔を知らないと、本当に別人だと言う。

 クレメンティーヌも月に一度しか会わない王太子様の情報は集めていたらしく、前回のお茶会まで変わった事など無かったと。


 「クレイ?」

 

 脳内会議をしていた私は王太子様を放置してしまってた。


 「本日はいつもより随分とお早いのですね?何か御用がおありなのですか?」

 「いや、昨日頑張った分早く来れたんだ。少しでも長くクレイと一緒にいれるかと思って。急で申し訳ない」

 「ホホホ、申し訳ないなど仰らないで下さいませ。全く問題ごさいませんわ」


 うん、急過ぎて既に疲れたよ。

 

 そんな会話を交わしながら本日のお茶会の場所であるガラス張りのテラスへと移動する。

 相変わらずスマートな所作でエスコートの為、私の手を取った王太子様が怪訝な顔をする。

 ?


 「ヴィー?どうかしまして?」

 「……気のせいかな?ううん、何でもないよ。さあ、行こうか、私の妖精姫」

 「…………はい」


 よ、妖精姫?進化したよ。

 ホントもうやだ!

 もう何も考えまい。


 初夏ということもありテラスの窓は開けられていても室内は暑かった。

 じわりと身体が汗ばむのが気持ち悪い。

 繋がれた手も熱くてたまらなかった。

 だから私は早く席に着いてしまいたいのに中々進まない。

 懸命に足を動かしているのに身体が重くて……足がもつれそうになる。

 ぐらりと傾いだ身体が王太子様の腕で支えられた。


 「クレイ!」

 「あっ……、殿下、申し訳ごさいま……っっ」


 言い終わる前に膝裏に腕を入れて抱き上げられた。

 ひっ、またお姫様抱っこ!


 「で、殿下!降ろして下さいませ!」

 「ソフィア!」

 「はい、此処に」

 「クレイが凄い熱だ、部屋に運ぶ。案内と医者を!」

 「!?此方に。ボーデンさん、お医者様を!」


 熱?

 ああ、朝微熱があるかもって思ったな。

 そんなにあるのかな?


 「クレイ?」

 「ごめんね、重たいよね。多分歩けるから降ろしてもらっていいよ?」

 「……クレイ大丈夫、重くないから。前みたいに首に手を回せる?」

 「あのね、何処もかしこも重たくて腕回せない。ごめんなさい」

 「そう、大丈夫。私の胸にもたれていればいいから」

 「……うん」


 もう話すのも億劫で目も熱くてぼんやりしてる。

 身体のあちこちが筋肉痛みたいに痛くて力が入らない。

 心細くなった私は姉の様に優しいソフィアを探す。

 

 「ソ、ソフィア?ソフィア、何処?」

 「此方におります、大丈夫です。すぐお医者様が来て下さいますから」

 「ソフィア、お願い。手を繋いで」

 「……っ、はい。大丈夫ですから、もう少し我慢して下さいね」


 ソフィアが手を繋いでくれた事で少し安心した私は身体の力を抜いた。

 ふわふわと揺れる浮遊感に意識を保つ事が難しくなってくると、王太子様が優しく小声で囁く。


 「クレイごめんね、気付くのが遅くなって。辛かっただろう?眠たかったら眠っていいから」

 「……ごめんね、もう限界か……も」

 「うん、お休み」


 その言葉を最後に私は意識を手放した。



 ◇◇◇◇◇◇


 

 「眠ったか。ソフィア、朝はどうだった?」


 クレイの華奢な身体は高熱のせいか、何処もかしこも熱い。


 「いつになく遅くお目覚めで、朝食も抜かれました」

 「……私のせいか。昨日の疲れもあったのに、つい私欲に駆られてしまった」

 「……殿下のせいではごさいません。私がクレメンティーヌ様の体調に気付けなかったせいでございます。殿下とのお時間を……」


 私が来訪を早めたせいで慌ただしくしたのだろう。

 それに気付けなかったのは私も同じだ。


 「よい、どちらが悪いなど言っても仕方の無い事はやめよう。それより医者はどの位で来る?」

 「一時間位で来られるかと」

 「……そんなにかかるのか。王宮に帰った方が早い。このまま王宮に連れて行く」

 「それは……」


 言い淀むソフィア。

 一介の侍女が王太子である私の言葉を否定する事など出来ないが、急な王宮への移動に賛成出来ないのだろう。

 だが一時間もこのまま放置するより馬車で王宮に行けば侍医にすぐ診て貰える。

 フォレスター公爵家から王宮まで馬車で15分も掛からないし、その方が断然早い。


 「ソフィア、これは決定事項だ。フォレスター公爵に伝えて。先週のお茶会でも具合が悪そうだった。だから、もっとクレイの様子をちゃんと見る様に注意したのに。……いや、良い機会だったのか……」

 「殿下?」

 「何でもない。ソフィアはどうする?付いてくる?」

 「勿論でございます。それに……」

 「そうだね、付いて来て貰わない訳にはいかないか」


 二人はしっかり握られたクレメンティーヌとソフィアの手を見る。

 眠ったのにクレメンティーヌの手はソフィアのそれを離さない。


 「此処までソフィアに頼っていたか?」


 聞こえない程の小さな声で呟く。

 令嬢としての交流はしていても他者に心を許さないクレメンティーヌが友人としている者がいないのは知っている。

 そしてこのクレメンティーヌの唯一の侍女が優秀で、且つクレメンティーヌを心酔している事も。

 その経緯も把握しているが、最近のクレメンティーヌはソフィアにべったりだ。

 まるで雛鳥が親を慕う様に似ている。

 

 まあいい。

 時間はある。

 ゆっくりとクレイから聞き出せばいいのだから。


 仄暗く、だが壮絶なまでの美しい笑みを浮かべたヴィンセントは、愛しそうにクレメンティーヌを抱え直すと足早に玄関へと向かったのだった。


 そんな王太子様とクレメンティーヌを心配そうに見るソフィアを連れて。


 

 こうして私の眠っている間に移動はなされたのだった。

 


 


 


 



 次回の投稿は11/9(月)です。

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