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くれは、悪いのは私です。
ごめんなさい〜!
「クレハ様」
控えめに私を呼ぶソフィアの声が私を我に返した。
「はい、何かな?ソフィア」
表情も声も強張っているのが自分でもわかる。
ああ、こんなだとまた心配を掛けてしまう……。
「クレハ様。この部屋で私と二人の時にまで気を遣わなくとも良いのです。……肩の力を抜いて下さいませ。私はクレハ様の事を嫌だなどと思った事はございません。むしろ好感の持てる方だと思っております。クレメンティーヌ様に入られたのがクレハ様で良かったと。……何ならこの前用意した魔法誓約書に嘘を言わないと書いても構いませんよ?」
最後の台詞は転移初日の私を揶揄っているんだろう。
ちょっと意地悪な笑みを浮かべたソフィア。
……優しい、ソフィアが優しいよお。
ささくれだった私の心に沁み入る優しさだ。
押し付けるでなく、ただ寄り添うような。
目頭が熱くなってきた。
ヤバい、止まらない。
「……クレハ様、突然全く違う環境に放り込まれてどれだけ不安なのか私には想像しか出来ません。私に出来る事も少なくクレハ様はさぞかし心細い想いをされているでしょう。ただ一つだけ信じて頂きたいのは、私はクレメンティーヌ様を裏切る事が無いのと同じだけ、クレハ様を一人にしたりしないと思っている事を。……怖いのですよね?一人になるのではと」
「…………そんなにわかりやすかった?」
「いいえ、逆です。クレハ様は不自然な程に『普通』なのです。クレハ様にも突然起こった出来事であるにも関わらず、です。それにクレハ様の世界の話はゲームのこの世界に纏わる事しか仰られません。郷愁の念があって当然のはず。であれば敢えて仰らない、もしくは思い出すのが辛いのかと推測しました。……クレハ様もまだ15歳の少女。たった一人で知らない場所にいるなど、怖くて堪らないのではないかと思ったのです」
ゔ〜、的確すぎて返事が出来ない。
涙ももう零れそうだよ。
必死で泣かないように歯をくいしばって耐える私を、今度はソフィアが抱き締めた。
ふわりと温かい身体が私を包み込む。
その温もりに頑張って耐えてた涙がほろりと落ちる。
ぎこちなく、でもとても優しい手が私の背中を撫でる事に私の仮面は剥がれてしまった。
「怖い、怖いよ、ソフィア。だって多分私死んじゃったんだよ?なのに、それで終わりじゃなくて誰かの身体を乗っ取ってる。自分の事すらままならなかった私が誰かの生活を壊してしまうかもしれない。それに何時までこの状態なのか、いずれ私が消えてしまうのかも何もわからないのに。だけど私はこの世界で一人きりなんだ。今まで知ってた人は誰一人いない。助けてくれる人も……私を愛してくれる人も、誰一人いない。私がくれはだって知ってるのは、くれはが存在するって思わせてくれるのは身体を共有してるクレメンティーヌとソフィアだけ。実質日常で会話して、触れる事が出来る唯一のソフィアに嫌われたら、私どうしていいのかわかんない。でも、わからない事だらけのこの世界で、クレメンティーヌの努力を無駄にしないように生活するのには、ソフィアの協力が必要で……世話ばっかり掛けてる私が嫌かもとか思ったら……ゔっ、ゔゔぅ〜」
情けない本音と我慢してた涙がぽろぽろ零れ落ちる。
最後の方はもう何を言ってるのか自分でもわからないくらいぐちゃぐちゃで、まるで小さな子供が親に縋るみたいな感じだった。
そんな私をソフィアはずっと黙って抱き締め続けてくれたから余計だった。
ぐずぐずの私を離さないでいてくれる。
それは私を一人にしないと言ったソフィアの言葉を証明してくれてるみたいで、ずっと張りつめていた糸が切れてしまった。
まだまだしたい事があった。
もっと伝えたい言葉があった。
大人になって自分らしく生きる事が出来るようになったらって我慢してた事も出来なかった。
『王子』の仮面を被り始めた私を、大切な人達は黙って全て受け入れてくれたのに何一つ、真実さえ言えなかった。
『ありがとう』も『さよなら』も言えなかった。
悲しくて辛くて、理不尽な現実に腹が立って……。
でも。
私はクレメンティーヌの身体を支配してしまっていたから。
私は死んじゃったけれど、せめて彼女の毎日を守らなくちゃって。
それだけを支えに何もかもを飲み込んだ。
……つもりだった。
だけどやっぱり私は全てを飲み込む事なんて出来ず、日々胸の中から漏れ出す自分の悲鳴に聞こえない振りをするのが精一杯だったのだ。
頭の中でクレメンティーヌが必死で慰めてくれる。
この身体でしたい事をしたらいいって。
クレメンティーヌの両親はクレメンティーヌを溺愛してるから、思いっきり甘えたらいいって。
公爵令嬢としての評判や今までの努力とか考えないで大丈夫、何とでも出来るって。
ホント誰よ、クレメンティーヌを悪役にしたの!
優しい女の子なのに。
ただ貴族だから、公爵令嬢だから、王太子様の婚約者たから……そんな理由が重なって優しさを表現する場所が無かっただけだ。
そのクレメンティーヌに付き従ってるソフィアも優しいのは当たり前だ。
二人とも、とびっきり優しい。
見ず知らずの素性の知れない私を、こんなに気遣ってくれる位に。
……私、恵まれてるじゃん。
理不尽な最期だったかもしれないけど、こんな優しい人達に出逢えたんだもの。
うん、悪い事ばっかりじゃない。
だからネガティブな時ってヤダ。
自分が持ってる幸せすら見えなくなるから。
ソフィアに抱き締められ、クレメンティーヌに慰められた私は浮上していった。
次回の投稿は10/31(土)です。