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 くれは暴走……。

 思考がネガティブな時って全部が悪い方に行ってる気がして苦しいですよね?



 王太子様の事で悶えていたのはお茶会の日だけだった。


 何故ならクレメンティーヌの毎日は死ぬ程過密スケジュールだったから。

 朝目覚めてから、夜眠るまで無駄な時間など無い。 

 なので王太子様の事を考える暇もなかったのだ。

 これでも公爵がチェックし減らしたというのだから、クレメンティーヌは今までどんな生活をしてきたのか。

 想像を絶する日々なのは間違いない。

 私は減らしてもらったスケジュールでも、くれはとして生きた毎日の何倍もの努力が必要で。


 そんな日々をずっと送るなんてのはストレスとなり、私はやさぐれていった。


 「ソフィア、おかしい、おかしいよ。クレメンティーヌの生活は15歳の女の子のものじゃない!」

 「まあ普通の令嬢では無理だと思われますが、クレメンティーヌ様は淡々とこなしておいででしたね」

 「ゲームのクレメンティーヌは完璧で最強の悪役令嬢だったけど、その裏にはこんな努力があったんだね。でももう完璧なんてならなくていい。むしろ全部捨ててしまったっていいんだよ?……なのに何でやらなきゃならないの?」

 「……クレハ様を信用していない訳ではないですが、何か不測の事態が起こった場合、知識や教養は必要です。王太子殿下の婚約者でなくなったとしても、クレメンティーヌ様は公爵令嬢なのです。それに使わないとしても持てるものは持っておく方が賢明です」


 ソフィアの言う事はド正論です。

 全く以て間違ってない。

 ……ないけど、もう私の精神状態は限界だよ。


 「ですが、突然このスケジュールをこなすのは確かに難しいでしょう。幸いにも以前よりも家庭教師を減らしています。……週に半日、それなら何とか空ける事が出来ると思います。それで我慢して頂けませんか?」

 「えっ?いいの?半日でも欲しい、って言うかくれないと壊れる。ありがとう、ソフィア!」


 余りの嬉しさにソフィアに抱きついたら、電池の切れたロボットみたいに固まってしまった。

 ごめん、ソフィア。

 森川家はスキンシップ過多なんだ。

 家族親族チビちゃんからひいおじいちゃんまで、集まれば団子になってしまう中で育った私も例にもれず人との距離が近い。

 普段は気を付けてるけど感極まると出てしまう。


 あっ、ソフィアが活動開始した。


 「ご、ごめん。感極まって、つい」

 「い、いえ突然の事で驚いただけですのでお気になさらずに。人前で控えて下されば大丈夫です」


 ……ソフィア、顔がほんのり赤いような?

 そっか、私今クレメンティーヌだった。

 崇拝してるクレメンティーヌに抱きつかれて嬉しかったのかな?

 まあ、怒ってないみたいだしいっか。


 「で、ソフィア。何時?何時お休み貰える?」

 「急ですが明日の午後なら都合をつける事が出来そうです」

 「急でも何でも大歓迎!明日、明日の午後だね?よし!ソフィア、明日の午後出掛ける!」

 「は?出掛ける?何処にですか?」

 「街、街に行く。庶民の女の子が着る服とか用意出来る?」

 「ク、クレハ様、お待ち下さい。庶民としてお忍びで出掛けるのですか?」

 「当然!公爵令嬢は人前だけで良いでしょ?たまには人目を気にせず楽しまなくちゃ!ってか、私が公爵令嬢の仮面脱ぎたい。こんな毎日やだ!楽しみがなきゃやってらんない!」


 目を閉じて細い溜息をつくソフィア。


 ……ダメかな?

 私は息をつめてソフィアの答えを待つ。


 「……わかりました。その様に手配致します。私も同行しますがよろしいですね?それを認めて頂かないと……」

 「勿論!初めからソフィアと一緒に行くつもりだったよ。だけどソフィアは嫌じゃない?身体はクレメンティーヌだけど中身は私だし」


 ソフィアの言葉に被せ気味に返事をした私だけど、最後の方は声が小さくなっていった。

 

 ……今回のお出掛けの事だけじゃない。

 この世界に転移して一週間、ずっとソフィアがフォローしてくれた。

 クレメンティーヌも色々教えてくれるし、身体が覚えてる事も多いけれど、対人での臨機応変な返答なんかに困る事があり、それを常に側でフォローしてくれたのはソフィアだ。

 ソフィアが居なかったらクレメンティーヌがおかしくなったと思われてた。

 私よりも周囲に気を配り、私の些細な変化を見逃さず細やかな説明や気遣いをずっとしてくれてる。

 表情には出さないけれど、本当に大変だと思う。

 そんなお荷物な私とプライベートまで一緒なんて嫌かも、と思ってしまった。


 何だかソフィアの顔を見れず俯いてしまう。

 あんな聞き方も卑怯だった。

 あれじゃ、『嫌です』とは言えない。

 無意識だったけれど『嫌だ』という言葉を聞きたくなかったんだと気付いた。


 「ごめん、ソフィア。卑怯な聞き方した。答えなくていいよ」


 気まずい、お布団に籠ろうかな。

 

 私は『王子』という役になりきれば言いたい事を言い、したい事が出来るけれど、そうでなければ人とどう接すればいいかわからなくなってしまう。

 嘘が苦手で、でも本音を言えば非難されてきた私。

 

 今は『王子』になる事も出来ず、さりとてクレメンティーヌとは違い過ぎてなり切れない。

 恋金の世界に転移して身を守る『王子』という盾を失った私は、度々途方に暮れてしまっていたのだ。

 時々『王子』だった私ならどうしたかを考えたりしたけれど、この世界では敢えて考えないといけないぐらい私にとって『王子』は必要なかった。

 元々望んでやってた訳ではないけれど、いざ『素』でいいと言われても『素』自体がわからなくなってしまっていたのだ。


 そういった事や、慣れない貴族の生活、加えて殺人的なクレメンティーヌのスケジュール。

 思考がネガティブに堕ちて行ってるのが自分でもわかる。

 普段なら笑ってやり過ごせる事にも心が挫けそうになって、自分でもどうにも出来ないこの状態を打破したくて外出をねだったのに。


 ……更に落ち込むなんて本末転倒極まりない。


 うんうん唸りながら悩む私を、ソフィアが痛ましそうに見てる事に気付く余裕すら無かった。


 










 次回の投稿は10/29(木)です。

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