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就活生の君へ 探検家だった僕へ

作者: ドコカノ

どこかの就活生が見つけた、小さな変化の短いお話です。

暑い

手元にあるリモコンの「冷房」ボタンをグッと押し込んだ。

夏も過ぎた。もう9月だというのに、こんなに暑いのは、いわゆる温暖化のせいなのか、自分がただ暑がりなだけなのか。

気だるさにとらわれながら、俺はパソコンを起動する。

聞き飽きた起動音とともに、パスコードを入力する画面が現れる。

打ち慣れた自分のパスワードを打ち込みながら、頭ではどうでもいいことをグルグルと繰り返していた。


––俺はいわゆる就活生だ。

とは言っても、どこかの意識の高い学生のようにインターンなどというものに参加しているわけでもない。かといって日夜繁華街に出かけて遊び呆ける明るい奴というわけでもない。

親の言葉と、友人たちの志向の高い発言と、ほんの少しの謎の不安に背中を押され、それっぽいことをして就活した気になってる卑しい奴だ。

どこにでもいる、どこにもいない自分が嫌になる。

そんな、よくいる「日陰者」の一人だ。


将来やりたいことがある。自分の長所がああだこうだで、こんな実力で生きてきた。

そんな高尚な志なんて、あるわけない。


ただうずくまって、転がって、頭をできるだけ使わないなんてダメ人間で、

そんな奴が就活なんて大それたこと、できるわけがなかった。


自分心に目を向けると虚構がこちらを覗いてきて、目を背けたくなる。



––そこで思考を中断した。

デスクトップを眺めて10分も微動だにしてない自分に気がついたからだった。


とりあえずお気に入り登録したよくある就活サイトを開く。

青々とした精力があふれんばかりのページが開き、肺が壁に押し付けられたような気持ちになる。


ふと、どこかのキャラクターが虚空を見つめた顔で、指差すキャッチコピーが目に入った。


––君の昔描いた夢は?


俺の夢はなんだったか。

園児の頃は昆虫博士?ゲーム屋さん?いや、ケーキ屋さんだったかもしれない。

小さい頃から絵を描くのが好きで、イラストレーターになりたかったときもあったっけ。


俺はこれといった趣味がなかった。

その分、たくさんの趣味があった。


絵を描くこと、ゲームをすること、本を読むこと、棒でチャンバラすること、海で泳ぐこと、山に登ること、

生き物を観察すること、飯を食べること、映画を見ること、散歩すること、喋ること、、、


そのどれもが「俺」を形作っていて、その中途半端な塊が「俺」だった。


その時、漠然と、誰もが鼻で笑うような言葉が、ふと、頭をよぎった。


「俺はすべてになりたかった」


なぜ今の今まで忘れていたのだろう。

なんでもしたい、なんでも見たい、何をしても新鮮だったあの頃の記憶が

頭の奥の芯の方で、生まれては消え、生まれては消えを繰り返した。


虚構に苛まれる今の自分はそんな昔の自分を否定しているような、そんな気がした。

俺が持っていた、正体不明の吐き出したくなる不安の正体は、昔の自分を否定した、今の自分だったのだ。


何になりたい。そんなのはまだ決まってない。

でも、「何か」を掴みたかったのは確かなんだ。確かだったんだ。



パソコンを閉じ、10年以上踏み込んでいなかったベランダに出る。


いつも通りの生ぬるい風が、今日は少し涼しく感じた。


深夜1時、空を見上げる。


雲ひとつなくても、都会の空では星1つ見えなかった。


ただ、そんな空でも、今の俺には十分だった。


胸の虚構は今は引っ込んでるみたいだ。


何者でもない自分が、何かを掴むきっかけは、他者じゃなくてもいい。

ふと、ある日突然に訪れることだってあるのだから。

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