(7/8)気が利きすぎなんだよ
ワンワン泣く彼女を前にミツヒコが呆然としている。え?ブドウや桃が泣くほど嫌いなの?
「あっごめん!? え? 何? なんか気にくわなかった?」
「逆だーっ! 気が利きすぎなんだよっ!! 『地獄のように』気が利くんだよ!!」
「え? 『地獄のように気が利く』? え? 『地獄』って何!?」
悲しいかな。ウワサというのは『本人だけ』には聞こえないものなのだ。あの会社で花沢光彦のことを『地獄のように気が利く』と思ってないのは花沢本人だけなのである。
紗莉菜は泣き続けた。もうこの男に勝てる気がしない。今まで自分はずっと勝ってきた。小学校は徒競走。中学校は体操。高校と大学は勉強で、入社試験の成績はトップ。
それなのに花沢の前でだけは『鈍感な』『ハムスターみたいにただもらうだけの女』なのだ。
ミツヒコの前ではぜんぜん別の競技をやらされている気がする。自分はボクシングをやってるのにミツヒコはサッカーやってるみたいな、なんか全く試合になってない気がする。
紗莉菜は泣きじゃくって右手でゴシゴシと顔をこすった。
「だいたいさ! なんなの!? 独身の1人暮らしがさ? 『フルーツ盛り合わせ』ってなんなの!? 彼女のためにわざわざ買ってきたの!? 気を利かしすぎなんだよ!」
「え……。買ってないけど……」
「は!?」
「実家が山梨ってだけだけど……」
涙が半分乾いた。
◇
「やま……なし……だっけ?」
「山梨だよ。言ってなかった!? 毎年困るほど送ってくるんだよね」
あれえ〜という気持ちになる。買ってないのか。
ミツヒコが紗莉菜の隣に座った。体育座りだ。膝に頭をつけてこっちを見ている。
「何かさー。よくわかんないんだけど。オレに不満がたまってたってことだよね? まずは『地獄のように気が利く』から説明してくれる?」
紗莉菜は全てをぶちまけたのだった。
【次回最終話】
『君は何もわかっていない』です。