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(5/8)限界がやってくる

 だから「はい。プレゼント」とミツヒコの家で小さなギフトバックを渡されたときには思わず無言になってしまった。


 恐る恐る開けると水色のバレッタが入っていた。ガラスの飾りが付いている。

「あり……がと……。え? なんか記念日?」


 まさか『付き合って4ヶ月記念日』とかじゃないだろうな。コイツならあり得る。女子か。


 ミツヒコにっこり。

「違う、違う。この間たまたま買い物中にみつけて」

 買い物。

「先週のワンピースに似合うなあって思って」


 先週の! ワンピース! あの行き帰りに一瞬着てたやつ!


 言われてみれば確かに。彼女のために。1000円ちょっとの。負担をかけない範囲のプレゼント。


「ありがとう! ありがとう! めっめっちゃ嬉っ嬉しいわ! さっそく明日にでもつけるねーっ!」


 声が上ずってしまう。『ハムスターみたいな』『鈍感な女ではない』とアピールしないと。貸し切りルイヴィトンの妄想を頭の中から消そうと必死。


 それより紗莉菜は恐ろしいことを思い出してしまった。そういやハンドタオル。弁償してない。



 あれは初デートのときであった。

 2人で映画を見た。ラブコメだ。最初は興味もてなかったが、だんだん熱中してきて、最後には泣くくらい感動した。


 あまりに泣きすぎて自分のハンカチがびしょびしょになったのを見兼ねてか、ミツヒコがハンドタオルを貸してくれたのであった。


 自分は……よりにもよって……そのハンドタオルで鼻をかんでしまったのである。


!!!!!


 ハンドタオルはそのまま映画館のゴミ箱に捨てられた。『洗えばいい』というものではない。さすがの『鈍感な女』紗莉菜でもそのくらいはわかる。


 翌週には同程度の物。あるいはプラスαぐらいの物を弁償するべきだろう。当然である。


 ところが! あれから4ヶ月! 完全に忘れていた!


『だってしょうがないじゃん!! みっちゃんが!ミツヒコが帰りにキスなんてするから!!! アタシ完全にパニックになって!!!!』


 と思ったが、もやは遅きに失している。


『来週! 来週返すから!』


 紗莉菜は翌日デパートに走った。



 デパートの中をグルグル3時間回ったが、一向にお目当の物が見つからなかった。


 どんなブランドが好きなんだっけ? どんな柄が嬉しいんだっけ? もう出会って1年4ヶ月も経つのに何にも知らない。

 水色のバレッタはピッタリだった。ワンピースと合わせてみたのである。まるで最初からそろいで売ってたかのように似合っていた。


 やっと。無難な。線が何本か入ってるだけのシンプルなハンカチを買った。ヘトヘトだった。


 今まで男にプレゼントなんて『え? 誕生日? じゃあビール奢ったるわガハハー!』しかやったことなかったのだ。



 翌週ミツヒコにハンカチをプレゼントすると(本当は弁償なのだが)ことの外喜んでくれた。


「忘れてたよー。そんなのいいのにー。あ! でもこれいい柄だね。気に入ったよー」


 返答すら隅々まで気が利いている。『だから女子か』と力なく思った。



 ところがである。まだまだ花沢光彦というのは『地獄のように気が利く男』なのであった。


 翌日の月曜日。ミツヒコの働く3課のそばを通りかかった。一瞬目が合う。

 スーッとミツヒコが右手をあげた。手には紗莉菜があげたハンカチが握られている。

『にっこり』微笑むとあとはスーッと視線を外した。


『なるほど! プレゼントというのはこうやって礼をいうのか!』と思った瞬間に気付いた。


 アタシ、バレッタまだしてないじゃん!!


 忘れてた!! ハンカチのことで頭いっぱいになって!! いや! もらったプレゼントを『そのまま忘れる』こと自体が失礼。アタシはハムスター。

 いや!! 『あの気遣いモンスター』に比べたら全ての女がハムスターだって!!!


 もう慌てて翌日水色のバレッタをしていった。



 用もないのにミツヒコのそばをウロウロすると、目が合った。

『ほらー』みたいな顔で頭に人差し指をさした。ぎこちなさすぎて


『ハテナ?』


 みたいなポーズになってしまった。ミツヒコがそのまま視線を外した。


「あーっ! あの案件なんだったかなっ! なんだったかな!!」とわりと大声で指を頭に何度も当てながら立ち去った。他人には本当に『ハテナ?』しているように見えたろう。これでいいのか。


 悩みながら廊下を1人歩くと背後からすーっと近づいてきた人影があった。紗莉菜は気づかなかった。


 いきなり腰を左手で抱きかかえられて気づいた。

『あ! ミツヒコ!』

 彼は目線を前に向けたまま「似合ってるよ」と言って去って行った。


 廊下に1人きり残された。いつかの原千里みたいにポーッとしてしまった。


『イタリ……ア……人なの?』


 と思うほかなかった。



「ねぇ。あんた大丈夫なの?」と姉の万莉菜に言われたのは翌日の朝だ。


「昨日ひどくうなされてたけど」

「え?」

「なんか。『チョコレート1箱のためにヤメテェ! ヤメテェ! そこまでしないでえっ!』って言ってたけど……」


 どんな夢をみたかは忘れた。だが、だいたい見当はつく。


 もう限界が近づいてきてるのだった。

【次回】

『いい加減にしろ』です。



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