(3/8)花沢王子
ちなみにさっきから社食で『鯖の味噌煮』を食べている宮野カオリと『ちくわうどん』を食べている太田美穂がミツヒコを『花沢王子』『花沢王子』と呼んでいるがこれは別に褒めているわけではない。
揶揄されているのだ。
それにはこんな訳がある。
それは入社半年もたった頃だろうか。やはり同期の原千里がお昼休みに自販機で『午後の紅茶』を買おうとしていた。
この自販機は先に商品ボタンを押して後からお金を払うタイプだ。千里は『午後の紅茶』のボタンを押してから気づいた。小銭がないのである。残念なことにお札は万札しかなかった。困っていると、スッと花沢がやってきた。
そして自販機にピッと電子マネーを当てた。『ガチャッ』と午後の紅茶が受け口に落ちてくる。
「あっ。花沢くんありがとう。お金っ。お金後で払うよ」
花沢は笑顔で言った「いいよ。いらないよ」
「いやっ。でも悪いよ」と原千里は花沢の前で手を振った。
「大丈夫。今日お誕生日だったよね? プレゼント」と言って去って行った。
『え……花沢くん、なんで私の誕生日知ってるの?』
原千里はポーッとなった。
『あ。社内報か。新人はみんな顔写真つきで載るからな』
それにしても。わざわざ自分の誕生日を覚えているということは、もしかして花沢は自分に気があるのではないか?
女子達の『花沢評』が地に落ちるのはこの3日後だ。
なんと『あと1年で定年の』『総務のオバサン』に全く同じことをやったのである。
なに花沢!!
なんで総務のオバサンの誕生日まで知ってんの!?アイツまさか本社全員の誕生日知ってんじゃないでしょうね!?
キモっ! あいつならあり得る!! なぜなら花沢は……。
『地獄のように気が利く男』だから!!!!
この日以来花沢光彦は影で『花沢王子様』と女子達に笑われるようになってしまったのだ。
『何事もほどほどに』という話だ。
◇
「いやーっそれにしてもさーっ」
『鯖の味噌煮』を食べ終わった宮野カオリが言った。
「あいつの彼女ってどんな女だと思う!?」
ギクっとなる。それは他ならぬアタシです。
やはり『ちくわうどん』を食べ終わった太田美穂が返す。
「無理っしょー。あの花沢より気が利く女なんていないって」
ギクギクッ。気なんて利かせたことないわ。
「それかさー。相当鈍感な女だよ。私だったらあんなん彼氏だったら気疲れするよ」
「だよねー。ハムスターみたいなさー。『あ〜なんかしんないけど空からエサ降ってきたー』みたいな」
「なんっにも気づかない女じゃないと無理だよねー」
2人で爆笑してる。
中原紗莉菜は何も言えなくなってしまった。
◇
家に帰ってからも『鈍感な女』『ハムスターみたいな女』という同期2人の言葉がグルグル回った。
そういや………。今気づいたが……。
自分は同期の誕生日どころか彼氏のミツヒコの誕生日すら知らない。
マジか!! 4ヶ月も付き合ってんのに考えたこともなかった!!
さらにさらに恐ろしいことに
『ミツヒコなら絶対自分の誕生日を知っている』
確信する。
アイツは総務部のオバサンの誕生日まで知っているのである。彼女の誕生日を知らない訳がない。
中原紗莉菜は次のデートでミツヒコに聞いてみることにした。
【次回】
『誕生日すら知らない』です




