(2/8)お前はたかがデートにどれだけ調べてくるんだ
「聞いた? 花沢のこと!」
総務部の宮野カオリの声に中原紗莉菜はギクっとした。花沢光彦と中原は付き合っている。社内恋愛はいろいろ難しいので誰にも言ってない。
社食の『鯖の味噌煮』を崩しながらカオリはおかしそうに笑った。
「あいつさー。またやったらしいよ」
「なになに!? 『花沢王子』でしょ!? また地獄エピソード?」
同期の太田美穂が前のめりになる。彼女の昼食はちくわうどんだ。
「地獄、地獄。昨日さー。花沢、清水さんと出張に行ったらしいんだけどさー」
「同じ部の先輩でしょ? えーっと確か5期上」
「そうそう出張先でにわか雨が降ったらしいんだけどさー」
その日は1日『曇り』と天気予報ではなっていたので、先輩の清水は特に傘の用意はしてなかったらしい。雨が降るような感じでもなかった。
「花沢あいつ、傘2本持ってたらしいよ!! そんで先輩にそっと渡したって〜!!」
「かぁ〜! なんだあいつほんと『地獄のように』気が利く!」
花沢は言ったらしい。
『たまたまです……』
『置き傘をカバンにいれたの忘れて今朝もう1本入れてしまいました』
「「そんなわけないじゃんね〜!!」」
宮野カオリと太田美穂は声を揃えた。
「「あの『地獄のような』花沢王子がたまたま傘もってるわけないじゃんね〜!!」」
キミたち。何も分かってないな、と中原紗莉菜は思った。
入社式で出会って1年。更に彼氏彼女になって4ヶ月のアタシが断言しよう。
ぜっっっっっったいわざと!!!
あのみっちゃんが。ミツヒコが置き傘を『うっかり』『2本いれてる』なんてあるわけない。
わざとわざと。あいつはどこに行くにも1日天気予報じゃなくて『1時間ごと』の天気を見るようなやつだよ。とにかく『地獄のように』気が利く。骨身にしみている。
中原紗莉菜が花沢光彦に違和感をもったのは初デートの時であった。
◇
「中原さんさぁ」とミツヒコは言った。
「ランチなんだけど。ピザが美味しいお店と、デザートが充実してるカフェと、サムゲタンで有名な店どれがいい?」
『なんですと?』中原は一瞬目が点になった。
思わず心の中で五、七、五を読んでしまう。
飯なんて 食えりゃなんでも いいんじゃね?
まあそうは言っても1年も片思いした花沢との初デートだ。ここはしおらしく言っておかねばならない。
「ああ〜。どれもいいなぁ。迷うなぁ」
なるべく女の子っぽくなるよう語尾を伸ばした。なんかこう甘える感じで言っとけ。それにしてもサムゲタンとはなんぞや?
「ああ〜。そういえば『サムゲタン』て何? 初めて聞いたー」
語尾を伸ばせ語尾を伸ばせ。とにかく花沢にちょっとでも『可愛い』と思ってもらいたい。
花沢がにっこり微笑んだ。
「韓国料理だよ。サムゲタンは『参加の参』に『鶏』に『お湯の湯』って書くのね。薬草が入っててお肌にいいらしいよ」
しゃらくせぇ〜!!!!
韓国料理っつたら『焼肉』一択だろ! カルビジュージューのタンぱくぱくのホルモンもくもくでビール一気飲みの『かぁ〜っウメエ〜!!』に決まってんだろ!!!!
と、思ったが初デートでそんなこと言えるわけない。
「あ、じゃあピザいっちゃおうかな? ピザ大好き!」と笑顔になってみた。
「ピザね。イタリアから取り寄せた本格的な窯で焼くらしいよ。美味そうだしそこにしよう」
と手を差し出したので、思わずつないでしまったのである。まぁ嬉しいのだが。
中原紗莉菜はひっそり思った。
『ピザってあれでしょ? ひと切れを何口で食べるか競うやつ』
彼女にとって『ピザ』とは食べ放題の店で友達と『何枚食べられるか』を競争する商品だった。
◇
更にである。
翌週のデートは同じショッピングモールで買い物だった。
前回は映画を2本みてしまったのでお店を見回るような余裕はなかった。
ミツヒコは当然のように手を繋いだ。とても嬉しい。
ある店に差し掛かったときだ。
「ああ〜残念だったね〜」とミツヒコが行った。「バーゲン終わっちゃったねー。先週までだったんだ」
『ん?』
となったのである。
なぜバーゲンが終わったことを知っている?
同じショッピングセンターとはいえ、映画館やランチの店とは棟が違う。絶対に先週は行ってない。なのになぜバーゲンのことを知ってるんだ?
カマをかけてみた。
「みっちゃんここよく来るの? 詳しいねー」と。すると花沢は驚くべきことを言った。
「え? このショッピングセンターは先週初めてだけど?」
だから! なんでバーゲンのこと知ってんだよ!! 100回来たみたいに詳しいけどもよ!!
家に帰ってからショッピングセンターのホームページを開いてみた。ちなみに彼女は店のホームページなど人生で一度も見たことない。彼女にとって店とは行ったときにたまたま閉まってたら『ちっ! ついてねぇな!』と思う程度のものだった。
ずらーっと並ぶ飲食店を眺めて気づいた。ミツヒコが示したあの3店『女子受けする店上からベスト3』だ。
『先週初めて来た』という言葉に嘘はないだろう。そんな嘘ついても仕方ない。
つまり『先週バーゲンがやってることを知っている』ということは、先週のデートの前にあのショッピングモールの店を全部チェック………。
ギャーーーー!!!!!
どんだけアタシとのデートに力入れてんだよーーー!!!!!!
ウワサには聞いていたが、本当に『地獄のように』気が利く。
中原紗莉菜はパソコンの前で呆然とするしかなかった。
【次回】
『花沢王子』です