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第4話 少女の敵 序章

 一体何が起こっているのかを理解するのかを考えた。それが無駄なことだと理解するのに時間はかからなかった。いつものように仕事をして帰ろうとしたときに急にその少女は現れた。「あなた人外?」と少女は尋ねてきた。少女は灰色のプリーツスカートに長袖のブラウスという冬空の下では少し肌寒そうな格好の中学生ぐらいの少女だった。自分はその言葉の意味を履き違えた。自分の正体を知っている青鬼あおき赤鬼あかぎの霊能者の人かと思った。自分がこの町で仕事が出来るのも全て青鬼と赤鬼の霊能者がこの霧ヶ崎きりがさき町に暮らしているからだ。感謝をしている。人外も人も暮らすこの霧ヶ崎町の霊能者に――

 だから「はい」と答えた。それがきっと大間違いだった。

 人が急にいなくなった。今までは町の雑音がうるさいぐらいだったのに、夜の浜辺のようにしんとした静けさが自分の心に警報を鳴らしていた。闇の中に立つ少女が自分の問いが求める答えだということを知ると、どこから出したのか。大きめのクッションの付いていたヘッドフォンを取り出し、音楽を聴き始めた。シャカシャカとどこかで聞いたことのあるような音楽の漏れる音が自分と少女の闇の中のBGMになった。このBGMが自分と少女の命がけの鬼ごっこになるとは思いもしなかった。

 少女はヘッドフォンから流れる音楽を無表情で聴き、

「人外……、そう」

 そう言うと、プリーツスカートの裾から小さな何かを取り出した。それはどこかで見たことのある何かで、

「将棋の駒?」

 それにしか見えなくて、意味が分からなかった。自分が人外であるとどうして将棋の駒が関係してくるのか。将棋のプロという訳でもない自分と将棋でも打ちたいとでも言うのだろうか、などと、甘く、緩く、生ぬるく、愚かな考えがそもそもの間違いだった。

 生暖かい肉を切る音が耳を尖らせた。何事か、それを理解するのは思考ではなく、痛覚だった。

「あ、……あ、な、……に、?」

 自分の左腕がずるりと、ずれていた。それは義手が外れたなどと優しい事故などではない。自分の現存する肉の塊が確かにずれ始めていた。その状況を視覚した途端、

「うああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!」

 現実を理解した。何が起こったのかを目視した。

 腕がなくなった。

 紙粘土をプラスチックのナイフもどきで切った時のような、がさがさとした断面ではなく、筋肉と骨がくっきりと分かる“ヒト”の断面。慌てて腕を取るがこんなものが何の役に立つと言うのだろうか。もしこの腕がくっつく可能性が確かに一パーセントでもあるとしよう。しかし命が助かる可能性は一パーセントよりも限りなく〇に近い。少女は自分を殺そうとしているのだ。存在を消そうとしているのだ。

「死んで」

 そう少女は自分の肉を切った時に誰にも聞こえないようなか細い声でそう言った。思い出した。私が生ぬるい現実の中で確かに目の前にいる中学生ぐらいの少女がそう言った。

 私は自分の肉の塊を少女にぶん投げると、少女から逃げ出した。もう関係なかった。腕がなくなろうとそんなものどうでもよかった。人外としての勘が私に告げている。逃げろ! でなければ死ぬぞ! 少女が見えなくなるところまで逃げろ!

 そんなこと言われずとも分かっている。この鬼ごっこに負ければ待っているものは死のみ。


 

「止めてくれ、頼む――っ、もうこの町から立ち去る、本当だ! だから、なっ、」

 宵闇が迫るころ、誰も来ないように『立ち入り禁止』と書かれてあるまったく意味の成さない立て札が扉を塞いでいた鎖ごと灼熱のナイフで裂かれたような鮮明な断面が見えたまま、真っ二つに引き裂かれていた。

 ビルの屋上には一人の少女が立っていた。頭には大きなヘッドフォンをしていて、そのヘッドフォンからポップな音楽がシャカシャカと漏れていた。少女は音楽を聴きながら男を追い詰めていた。

 その少女の印象は人形に命が吹き込んで動き出したような無表情の恐怖が男の動きを茨の鎖で縛るように動きを制限させていた。動けば腕がもげる。動けば殺される、その茨の鎖は確実に男の命を削っていた。

 表情はない。ただ目の前の者を殺そうとする殺気みたいなものもこの場には合わないポップな音楽がそれをかき消していた。それでも男は腰を落としたまま後ずさる。あまりの恐怖に力が出ずに、立つことが出来ないでいる。この光景を一言で表すのなら“異常”だった。音楽を聴く少女が男を気圧だけで男をビルの屋上の端まで追い詰めていた。あまりにも見たことのない光景に“異常”と感じることしか出来ない。

「頼む、助けてくれ!」

 男は無愛想な顔を精一杯にして無愛想な笑顔を作る。壊されないように、殺されないように、命乞いをする。

 その男の体はすでに傷だらけだった。刃物で切られたような傷は一つもない。ただ、目立つ傷は体に油をぶっかけて灼熱の炎の槍で油の上から突いたような中心は突かれる前に金属が溶けたような人間の皮膚に大きな焦げ痕の傷が幾多にもあった。痛覚などはほとんどぶっとんでいて、すでに男は痛いという感覚が麻痺していた。痛みを訴える前に命を訴えた。助けてくれと、何度も。

 少女は手に持っていた将棋の駒を指で空中に弾く。そして目を細めながら、

「で、終わり? 懸命な命乞いは? はい、死亡確定。あんたが生きてようと意味なんてないの。ただ、ひとりの人外じんがいが消えるだけ、ひとりの人口よりも軽くて浅い。そんな薄っぺらい命の重さもない屑みたいな命が消えるだけ」

 少女から出た言葉はあまりにも無機質だった。機械が用意された文字の羅列をただ再生しているだけの機械的な少女の声に男は絶望した。

 そう告げられた男はすべてが切れた。息も、感情も、目も、口も、本能も、手も、指も、何もかもが切れた。男の内から出てきたのは触手の先に刃物のように鋭く研ぎ澄まされたその男の正体がすべてを切るように現れて、少女に襲い掛かる。

 少女はその正体に、

「人外A確認。存在を消去」

 その一言だけぶつけると先ほど弾いた将棋の駒を指で挟むと、

ジン――」

 少女がそういいながら掴んだ将棋の駒は確かに少女の言う通りの金だった。

 将棋の駒が少女の手に合うように巨大化していくと少女が持つには不釣合いな一本の矛に変化していく。小柄な少女の一五一センチの身長よりも大きい一八〇センチほどの大きな矛。これだけ大きければそれなりの重さがあるはずの矛を少女は重さをまったく感じていないように軽々しく振り回す。

 舞った矛からは線香花火のような弱弱しい小さな火花がちかちかと暗闇の中に光を照らす。

 人外の男に対するせめてものの、手向けの花なのか、それとも、男を殺す火花なのか――

 答えはすぐに分かった。

「あ、……あ、」

 少女は男を手向ける気などミクロほどもなかった。ただ、

「消去確認」

 男の存在すべてを消去した。

 少女の持っていた矛が男の体を貫いた瞬間に矛全体が真っ赤な炎に包まれ、男の存在を抹消した。もし、この世に男の存在がまだあるとするのなら男を包み込んだままコンクリート部分に焼け残った『影』のみ。それもうっすらと残っているだけだ。こんなものバイトの清掃員でも簡単に消すことが出来そうなくらいに弱く、儚く。

 少女は焼け消えた男に見る目をやらずに、音楽を止めた。

「お前は死んだ。それだけ、たった――ね。私がここに来たのはお前のためじゃない。あいつを殺すためだ、“偽りの日本最強”」

 そう言う少女の表情には憎しみの念しか残っていなかった。

ちょっと長めの長編です。出来ればお付き合いください

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