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第3話 青鬼と赤鬼の輪舞曲 其の三

 宍戸を探し始めて何時間が経ったのか、もう時計は夜の十一時を越え、もうすぐ〇時を向かえ始めるくらいまで時が経っていた。月が妖しく輝き始める時間帯だ。

 二階建ての小さなホテルの全ての部屋をくまなく探したが、宍戸はおろか、人一人見つけることが出来なかった。

 三人は疲れきりラウンジの床に砕けるように座り込んでいた。ラウンジにいくつか備え付けてある高級そうな黒革のソファーに寝そべるように座っていた陽菜が初めに声を出した。

「もうどこ行ったのよ、あのおっさんは!」

 もう疲れきった陽菜は宍戸が見つからないことに心配する前に腹が立ち始めた。むきーっと犬歯をむき出しながら手足をばたばたと駄々っ子のようにさせていた。

「落ち着けって」

 彰の言葉に陽菜は体を起こすと、

「だって、いないのよ! もう疲れた。帰りたい!」

 本当の駄々っ子のようになりつつある。

 彰は駄々っ子をあやすように、

「もう少し探してみよう、どこかにいるかもしれないし」

「どこを?」

 じっと視線だけを彰に送る陽菜。大人の嘘を見抜いた子供のような目で見られた彰は自然と視線が陽菜からずれていく。

 どこをと言われてもホテルの中は全て探し、もう部屋のひとつも残っていない。そんなことは彰も陽菜も分かりきっていた。

 重苦しいため息をつく陽菜。

「本当に……疲れた」

 ばたばたと手足を動かしていたが、疲れたのか大人しくなった。

 そのときアリスが、

「ねえ、ショウ」

 何かを思い出すように話を切り出した。

「そういえば私が一階を探してたときのことなんだけど」

「どうしたんだ?」

「入れない部屋がひとつだけあったんだけど……」

「鍵がかかってたとかか? でもアリスなら霊体になれば壁くらい簡単にすり抜けられるだろ」

「そう……なんだけど」

 歯切れの悪い返事にひとつの可能性が出てきた。彰は小さく頷くと、

「よし。そこに行ってみようか、で……どこ?」

「二〇三号室――」


 アリスを先頭に三人は廊下を歩いていた。

 赤い絨毯じゅうたんがひかれた長い廊下だった。真っ直ぐ伸びた絨毯はぴちっと皺が伸ばされていて、まさに整備された歩道のような感じたった。

 しかしある地点まで来ると整備された道はぐちゃぐちゃに乱れ始める。さっきまでぴっちりと皺が伸びていた赤い絨毯はだらしなくしわくちゃのままで、靴汚れなども目立っていた。ここだけどこか違う雰囲気を放っていた。誰も寄せ付けないようなそんな雰囲気。

「確かに……怪しいね」

 彰は廊下の壁を伝うように手をあてがいながら廊下を進んでいた。時々何かを確かめるように、指で軽く音を立てる。コンコンと叩かれた壁は寂しげな音を放つだけだ。

「何してるのショウ」

 奇妙な行動をしている彰にアリスがそう尋ねる。

「ん……何でも」

「これでホテルなんてね」

 陽菜は呆れるように息を吐く。

「壁にはペンキの跡に、天井の明かりも切れ掛かってるし、特にひどいのはこの空気ね。最悪最低」

 陽菜の言う通りだった。この廊下だけ何故か空気が淀んでいるように感じた。冷たく、重たく――何より暗く感じた。

「ここ」

 歩いている内にアリスは立ち止まっていた。アリスが言う二〇三号室の目の前で。

「ここか」

 彰が二〇三号室の扉に手をかけるとドアノブは抵抗することなくすんなりと回った。

「あれ?」

 彰は不思議に思いつつも部屋の中に入っていった。その後ろに陽菜がついていく。

 部屋の中は薄暗く、

「明かり……明かりっと」

 陽菜が明かりを探していると、

「お、あった」

 陽菜が明かりのスイッチを見つけて明かりをつけると、

「うわ……これはひどい」

 部屋は荒れ放題だった。ぼろぼろの備え付けの小さな白いテーブルの木が剥がれ、いくつかの三脚の椅子の脚は確実に折れた状態だった。床や壁にはナイフか何かの刃物で切りつけられた傷や何かで強く擦られた少し焦げ付いているような焼けこけた跡などが到るところにあった。

 ベットなどはもう人がそこですやすやと寝ることなど出来ないほどに古びていた。

「何なのここ」

「何って部屋でしょ」

「これが……部屋? これが部屋だって言うなら私は外で寝た方がまだマシね」

「まあ……確かに……ね――ってあれ? アリスどうかした?」

 アリスは部屋に入らずに扉の前で立ち尽くしていた。

「ううん、ただ……入れないだけだから」

「入れない? もしかして――?」

 アリスの言葉に彰は壁を触り何かを探し始めた。そして、

「あった」

 彰が探していたのは壁紙と壁紙の僅かな隙間だった。彰は床に落ちていた鋭く尖った木々の破片を取ると、壁紙の間の隙間にねじ込み、壁紙に大きな傷を入れると、その間に指を入れて壁紙を一気に引き剥がした。

 絶句だ。見事な絶句だったと我ながら思った。

「さっきの違和感はこれだったんだ。アリス入って来ちゃだめだからね」

 引き剥がした壁紙は二重に重なっており、元々の壁紙の上には隙間なく、結界を創るふだが貼られていた。壁、天井――全てに貼られていた。

「心配しないで。まず入れないから」

 アリスの体質ではこの結界はまず越えれない。触ることすら厳しいとアリス。

 部屋には彰と陽菜とアリスと同じ人外の咲鬼もいた。

 死霊の弱点であるどんな壁でも床でも土でもすり抜けられる霊体であることが仇となっているアリスはこの部屋に入ることが出来ないでいた。

 ここまで綺麗に札が貼ってあると不気味と思う前に呆れる。

「はあ……まったく馬鹿みたいに貼って。これじゃ何の意味もないのに」

 陽菜はそう言いながら壁から一枚の札を剥がす。

 ひらひらと札を揺らしながら、

「しかも術式がばらばら。いったい何人の霊能者がここに来たのかしらね」

「わかんない。でも、それだけ大変ってことでしょ」

「まあ……そう言うことかな。でもここに閉じ込めるだけってのは納得出来ないけどね。何の解決にもなってないじゃない、これだから二流は困るわ」

 陽菜の表情はどこか憤慨しているようにも見えた。

「あっ」

 アリスが静かに声を上げ、細い指で明かりが届かない部屋の置くを指差した。

 彰がそれに気付き、

「何?」

「今何かがいた気がしたんだけど」

 アリスの指先に彰が近づくと、

「あれ……誰か――いる?」

 薄暗い闇の中に人影がぼんやりと見えた。

 何となくだけど、心当たりがあった。本当に何となく。

 だから少しおどおどしながら、

「宍戸……さん?」

 そう聞くと影はゆっくりと振り向いた。

 見当どうりだった。振り向いた人物は確かに宍戸だった。夜になったと言うのに多量のジェルがびったりと付着していたぎらぎらと油ギッシュな輝きを放っていた。しかし宍戸の口には見慣れない物がついていた。

「あれ何?」

「……猿ぐつわでしょ……多分」

 猿ぐつわという物の知識はあった。しかし実物を見たことはなく、それが本物だと認識出来ずに、初めは何かの冗談ではないのかと疑った。

 でも、それはやはり知識の中の猿ぐつわと同じで、

「ぐぅ――」

 宍戸が言葉を発するたびに空気が遮断されたような妙な音になる。それが何度も続き、

「……ショウ」

 最初にアリスが気付き、

「――」

 次に陽菜の肩に乗っていた咲鬼が気付いた。

 目の前にいる人物は確かに三人が探していた宍戸ではある。しかしそれが今の今まで気付かずにいたが――宍戸は霊体であった。

 霊体と人間の違いはほとんどない。霊力が僅かにでもある者は霊を見ることが出来る。霊は昭和で活躍した白黒テレビのように淡白な色などではなく、現代のプラズマテレビよりも鮮やかだ。それを霊と認識するには相当の霊力と何百人という霊を見た経験が必要だ。

 彰も陽菜も今やっと気付いた。宍戸が霊であることに。

 宍戸は手足を縛られているわけでも、身動きが取れないわけでもない。ただ、猿ぐつわをしている。その光景は妙だ。

「ぐぅ――ぐぅ――」

 宍戸は嬉しそうな悲鳴を出す。その様子に陽菜が、

「気持ち悪い」

 そう言った。宍戸を見る目は虫を見る目よりも酷く、目の前のものを生物として認めていないようなそんな目。

 宍戸はその言葉に傷つくどころか、

「ぐぅ――!」

 今までよりも嬉々とした悲鳴を上げる。言葉は何を言っているのか分からないので言葉のニュアンスだけでそう判断しているのだが、何故か自信はあった。喜んでいると――

 人間と言う生き物は異国の人間とニュアンスだけでコミュニケーションをはかれると言うが、流石に悲鳴だけでは意見の交換など出来るわけもなく、

「外しなさい」

 そう陽菜が彰に言う。

「え、俺?」

「そう」

 彰の謎かけに陽菜は即答した。彰は仕方なく宍戸の猿ぐつわを外そうと手を伸ばす。

 宍戸は抵抗するかと身構えたのだが宍戸はあっさりと猿ぐつわを解いた。

 宍戸はぷはっと口の中の空気が一気に吐き出し、新しい空気を一気に吸う。そして、

「素晴らしい!」

 そう言いながら陽菜の足元に擦り寄っていく。陽菜の顔が一気に引きついていくのが離れていても分かった。

「貴方のその相手を蔑む血にも似た赤く淀んだ瞳にその端正ではあるけれど冷厳たるその顔も全てがこの私のマゾの心を燻る! 昂ぶらせる!」

 ぺろぺろと陽菜の靴をなめ始める宍戸。陽菜はぷるぷると震えだし、

「離れろ! この屑があああああ!!」

 足先を宍戸の顎に入れると一気に足を振り上げた!

 宍戸は蹴られた球のように天井、壁に何度も跳ね返り陽菜の足元にぼろぼろになって戻ってきた。

「もっと私を蹴ってください! お願いします!!」

 そういいながら宍戸は高く臀部でんぶを突き上げる。

「誰が蹴るかあああ!!」

 そう言いながら陽菜は宍戸の臀部を高く蹴り上げる。

 今まで傍観していた彰が思い出したように、

「宍戸さん……ですよね」

 この目の前にいる人物は確かに宍戸ではあるが、明らかに昼ごろに会った宍戸ではない。どこか壊れた感じがする。

 宍戸は彰の問いに、

「そうですが? 何か問題でも?」

 酷く冷静にそして紳士的に答える宍戸に彰は自分がおかしいのではと思い始めた。

 しかしおかしいのはこの目の前にいる宍戸だと思う。どうして高く臀部を突き上げて少女に蹴られて喜んでいる人物を普通だと思えるのか。冷静に考えればおかしいのはこの目の前にいる穴戸である。

 まず何から聞けばいいのか彰が長考していると、

「殺す! この変態殺す!」

 はあはあと息を切らしている陽菜に、

「もう死んでるから」

 と、一言だけ言っておいた。


「説明させてもらいます」

 と、何故か服を脱ぎ始める穴戸。服の下は何故か亀甲縛りだった。

「ここは宿泊施設ではございません。もちろん連れ込み宿でもありません。ここは――世の紳士、淑女が集うSM倶楽部と言う名のホテルです」

 穴戸が言うにはここはHOTEL『ホテル』ではなく、SM倶楽部『ホテル』だったらしい。

 となるとひとつの疑問が出てきた。彰は堕鬼から渡された一枚の名刺を穴戸に見せた。

「じゃあこれは?」

 名刺には確かに、HOTEL『ホテル』と書いてあるのに穴戸はここはHOTELではないと言う。

 穴戸は彰から名刺を受け取ると、

「何ですかこれは?」

 見たこともない物を見た人物はまず疑問を口に出す。

「私の名刺はこれですよ」

 そう言い穴戸は一枚の名刺を彰に渡す。

 名刺にはSM倶楽部『ホテル』と書いてあった。

 ということは、

「あのおかま……謀ったな」

 この名刺は穴戸の物ではなく、堕鬼が作成したことになる。

 とりあえず帰ったらおかまを一発殴ることを心に決めた彰は、

「穴戸さんはどうして今だに成仏していないんですか」

 霊が成仏しないのにはふたつの原因がある。

 ひとつはこの世に未練があること。

 そしてもうひとつが単純にあっちの世界に行きたくないかのどちらかだ。

 未練があるならそれを満たすのが霊能者の仕事である。

 穴戸は悲しげな表情を浮かべながら、

「満たされないのです」

「満たされないとは?」

「私はSMプレイ中に女王様に殺されました。もちろん不運な事故でそれを恨んだこともありません、むしろそれはもう本当に幸せな死でした……私の夢が叶ったのですから」

「夢……とは?」

「プレイ中に亡くなることが私の夢だったのです」

 他人が聞いたらドン引きするような夢を男の浪漫であるように話す穴戸の目は子供のようで、

「気持ち悪い」

 陽菜の素直な感想も出る。

「ですが」

 ふっと顔を上げ、遠くを眺めながら話す穴戸は三浪した受験生が誰もいない崖の上にひとり佇んでいるように不安定な感情に支配されているように、ぽんと何か余計な一言を言ってしまうとそのままいなくなってしまうようなそんな表情だった。

「初めはよかったのですが、気付いてしまったのです」

「気付いたって何にですか?」

「死んでしまってはもう二度と痛みを感じることが出来ない!」

「は、はあ……」

 彰の味気なく、感情の篭らない相槌に、

「だから……私は成仏したい。痛みを感じることが出来ない苦痛から抜け出したい」

「成仏させるってことは……」

 と、小さく呟く陽菜の隣にこっそりと近づく彰。

「やっぱ、これでしょ」

「なにこれ」

むち。ひらひらしてるからこれで人が死ぬなんてことはまずないと思うけど」

「何でこれを私に渡すのかな」

「穴戸さんの夢が確か女王様に殺されるのが夢だというふざけきった夢だから成仏させるのにもこの方法を取るのが一番手っ取り早くて僕が何もしなくてもいいからいいなと思いましてなので顔の形が変わるほど嫌そうな顔をしないでいただくと非常にありがたいのですが」

 陽菜は彰から先端がひも状になっている殺傷能力が皆無の鞭を手渡された。それを使ってどうしろと言う前に穴戸が、

「さあ!」

 そう言いながら嬉々とし、見たくも触りたくもない汚らしい臀部を高く突き上げる。

 くねくねと尻を振られたところで嬉しく思うわけもなく、ただ嫌悪感しか生まれない。そして鞭を渡された陽菜はわなわなと震えながら、

「やればいいんでしょ、やれば!」

 そう言い、鞭を高く振り上げた。


 除霊と言うか、何と言うべきなのか分からない儀式は朝まで続いた。陽菜は、

「あははははははははははははは――」

 壊れていた。ひたすら笑い続けて現実逃避に精を出していた。

 一晩中鞭を振るって穴戸を満足させた陽菜は、

「あのおっさんが天国に行くなら私は望んで地獄に行く! 絶対にあのおっさんとはもう二度と会いたくない。て言うか死ね、あの世でも死ね! あとお前も死ね!」

 そう言ってからまったく口を利いてくれなくなった。

 彰があれこれ陽菜の機嫌を取ろうと、陽菜の近づこうとすると咲鬼が本気で殺そうとする視線、いやこれは最早――死線と言った方がいいのではないかと思う目つきで睨んで来るものだから近づけなくなっていた。

「やっぱまずかったかな……?」

 陽菜がぴくりと動くと、

「まずかったかな? じゃない! お前は何ですか、隠れSですか。それとも天然Sと言う属性の悪魔ですか! SとMならあんたとあのおっさんで気持ち悪い儀式をやればよかったんじゃないのですか!」

「そんなに怒んなくても」

「うるさい! 死ね、誰からも看取られることなく死んでしまえ! ったく……無料ただ働きでこんなことするなんて思わなかったわ」

 陽菜の言葉に彰の耳がぴくぴくと反応する。

「今何と?」

「だから無料ただ働きよ! あのおっさんが依頼主本人なら前金なしなんだから依頼料なんてもらえるわけないじゃない!」

 無料ただ。金欠の人間が聞けば泣いて喜ぶ言葉なのだが、どうしてだろうか。

 血の涙が出てくるのは。

無料ただ働き……」



 P.S.

「そういえばあのお爺さんは何だったの?」

「お爺さんって?」

「ほら、ここのことを教えてくれたお爺さんだよ」

「ああ、あの客引きしてたお爺さんか。多分あのお爺さんも幽霊だったんじゃないのかな? 宍戸さんが亡くなった時とほとんど同じ時期に亡くなったんだってさ」

「ぞおぉぉ」

「……無料ただ働き」

「まだ言ってる……」

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