第8話 空 其の二
一度だけ目をこすった。これが幻であるかどうかを一度だけ疑ったからだ。しかし目をこすったところで幻が消える訳もなく、
「どうした瞳をこすったりして? 久々の親子の対面に思わず涙が零れたか? そーか、そーか……そんなに嬉しいのか。だったら迷うことはない、むさ苦しくも暖かい父の胸に飛び込んでくるがいい!!」
彰の父親である青鬼肖一がドラマで見る親子の感動の対面のような臭い芝居で両手を広げ、近づいてこようとしていたので、彰はビシッと肖一とその隣でにこやかに仏のような笑みを浮かべていた彰の母親である青鬼秋に指を指すと、
「そうじゃない! 何でここにいるのって話! ――――それと、この子は誰?」
指をすーっと秋の隣で座っていた少女に移動させる。秋の隣で魂が抜けたようにぼーっと座っていた少女はこの場において、かなり浮いていた。少女が翠眼の金髪外国人だったからではなく、少女の妙に大胆な服装がである。上半身は外国製の白い鎧の下に黒いワンピース水着を着ていて、下半身には何も穿いておらず、太もも部分に巻かれているのは彼女なりのお洒落なのか白黒に分かれたモダンなフリルの付いたカバーのようなものが着用されていた。しかしそれでいてもかなり大胆なファッションだと思う。日本は今、真冬という時期で少しは寒がるのが人の反応だと思うのだが、少女は寒がることも暑がることもせずに膝を立てて、その前に手を組んで座っていた。いわゆる体操座りというやつで。
指を指されたというのに少女は微塵とも動かない。彰は「もしもーし」と声をかけてみる。
「え……マジで外国人とか?」
外国人ならどうしてこんなところにいるのだろうか、まさか誘拐とかじゃないだろうか、恐怖のあまりに少女は喋れなくなっているとか、そんな考えが頭の中を駆け巡っていると、
「…………、」
翠眼の金髪外国人は彰の指先を眺める。その深く透き通った宝石のような瞳で。指先を通して彰と少女の目があった。顔が長い金髪に輝く髪で隠れていたのだが、ミリ単位で顔を動かしたためにその端整な顔が現れる。年は一〇歳か一一歳くらいの女の子で、外国人特有の吸い込まれるような瞳に思わず息を呑む。
「ショウ!」
彰が少女と見詰め合っているとアリスがむすっとした顔のまま叫んできた。その声に自分が考えている以上に体がビクッと反応する。
「いやっ、あの……、」
声が上ずるのを隠そうとすればするほどに声が震えるからアリスは更にむすっと頬を膨らませる。
「同じ金髪なのに全然反応が違うのはどうしてなの? え? ロリコ、」
「それ以上口にするのは止めて、違うからね。ほら日本人は外国人を目の前にすると情けないくらい緊張しちゃうアレだよアレ、うん」
アリスとこの翠眼金髪外国人が見た目の大きさがそんなに変わらないということを口にしそうになるがそれを必死に飲み込む。
「そうかな?」
「そうです」
目の前でこんなに騒いでいるというのに少女は微塵たりとも動かない。
段々と言葉の壁が分厚いのを感じていく。もしかして日本語が通じないのかもしれない。だから目の前で騒ごうとも少女は動かないのかもしれない。
「ニポンゴワカリマスカ?」
英語の成績を見た担任の喫煙教師に『お前は日本人でよかったな! 日本に永住することを薦めてやるぜ』と言われたことがある彰の英語の実力では挨拶すら英語で話すことも出来ないので、取り合えず片言風の日本語で話しかけるが、
「…………」
当然少女は反応を見せない。
「……う、うだー」
彰はその場に諦めるように崩れ落ちる。
駄目だ。英語が分からないんじゃ会話も出来ないし、意思の疎通も無理だ。外国人とは最低限の英会話能力とジェスチャーさえ出来れば会話が出来るなんて言った人もいたが、実際に目の前に外国人を目の前にしてそんなに器用なジェスチャーも出来ないし、最低限の英会話能力もない彰では、その最低限の意思疎通も出来ない。
「この子本当に誰? 俺の妹とか?」
疲れがピークに陥って冗談半分にそんなことを立ったまま石化したように固まっている肖一に聞いてみる。すると、
「何故分かった?」
「は?」
父の口から出てきた言葉は冗談を冗談と認識していないような口調で、
「まさか洞察力が父以上に成長するとは我が息子ながらに恐ろしい、いや恐ろしいものだ。はっはっはっは。さすが我が息子と言わざるを得ないな。昔からお前はそうだ」
と、父が何やら彰の恥ずかしい過去まで暴露しそうになるほどに嬉々とした顔をして饒舌になっているところを彰が無理やり口を挟む。
「ちょ、ちょっと待て、え? お前はこの翠眼金髪外国人が僕の妹だとほざきやがるのでございますか! 一〇〇歩、いや、一万歩ほど譲ってこの翠眼金髪外国人美少女が俺の妹だとしましょうか! では問題一、この翠眼金髪外国人美少女は一体誰の子でしょう? 答えは純粋な日本人である貴方さまの血の欠片も引き継いでいないということで貴方さまは失格ですはいご退場願いますか幼女誘拐犯野郎!!」
凄まじい剣幕で息子に言いたい放題言われる父親。しかし、父も息子に押し負ける訳にもいかずに一つだけ言い返した。
「誰が幼女誘拐犯だ! 誰が!」
「どっからどー見ても幼女大好きな幼女誘拐犯じゃねーか! 言っとくがお前は幼女誘拐犯であってロリコンじゃないぞお前のような二次元と三次元が区別出来ないやつが犯罪を犯すんだ! マジでどっから連れて来た! この子の親はどこだ! お前らが行ってたアイスランドか! 親が犯罪者ってどんなドキュメンタリーだよ、哀れすぎて誰も見やしねーよそんなドキュメンタリー」
と、言いかけて彰が翠眼金髪外国人美少女が蚊の羽音のような聞こえるか聞こえないか微妙な声量で、
「……、」
何かを言った。
死んだような瞳で彰の顔を見上げながら、小さく呟いた。
「……貴方が青鬼彰か」
少女は意外にも日本語が上手だった。そのことに彰は驚いていたのだが、
「……貴方が青鬼彰か」
少女はそれに構うことなく、用意された台本でも読むように淡々と台詞を繰り返す。このまま固まっているのもすぐに限界が訪れそうだったので彰は、
「……あ、ああ」
小さく頷くことで少女の質問に答えた。
「……そう」
少女は何かを確認するように口の中で空気の流れを変えるように一瞬だけ息を飲み込む。そしてそれを吐き出すように小さく声を漏らした。すると急に興味が無くなった猫のようにぷいっと顔を逸らして秋の隣に座り込んだ。
嫌われたというよりは本当に興味の対象が変わったようにも感じた。
「なん、だ……?」
口からいつの間にか声が漏れていた。
少女の口から微かに聞こえてきた音が彰の耳を支配した。小さい声で聞こえないくらいの声なのに耳に強烈に残った。
『――――、』
少女の口元まで耳を近づけないとほとんど聞こえないほどの本当に小さな声が延々と彰の耳の中で音楽がリピートしているみたいに聞こえてくる。耳を両手で力一杯防ごうが脳内にまで焼き付けられた音が止むことはない。ただ、無音に近い音が聞こえないはずの声がリピートする。
「どうしたのショウ? …………ショウ?」
心配そうに声をかけてくるアリスの声よりも目の前で黙ったまま座り込んでいる少女の残した声が気になって仕方がない。たった一言にこれだけ悩まされる。馬鹿らしいと思いながらも気になって仕方がない。
彰はもう一度、沈黙を守る少女に話しかけた。
「今、何か……言った?」
少女は彰の言葉に耳を傾けているのかも分からないぐらいに小さく首を動かす。否定するように横に振る。
それ以上少女が何かを語ることはなかった。
今日初めて自分の小説を見た方こんにちは。今まで読んでいただいた方もこんにちは。
ししとうです。
少し前ですが『死霊はおよめさん』のユニークアクセスが1万人を超えました。何だか知らぬ間にたくさんの人が軽くでも寄って読んでくれたんだなあと、感無量。
読者のみなさんにありがとうと更新が遅くてごめんなさい。