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第7話 始りの日

 日本から遠く離れたアイスランドの空の下。

 その空の下に一人の少女がいた。何をする訳でもなく、ただ、空を眺めていた。大西洋の真ん中にある島国ということもあり、空には渡り鳥などが空を優雅に仲間たちと飛んでいた。

「……」

 それを羨ましくも、妬ましくもせずに少女は空を眺めていた。それは過去を知らないように、未来を知らないように、現在いまを知らないように――ただ、そこに存在しているだけの人形のようだった。

 見た目一〇歳ぐらいの少女は光の反射で白く輝きを放っている金属製の鎧のようなものを着用していて、その下には黒いワンピース水着を着ていて下半身に少女の細い太ももまで伸びたブーツがあるだけ。その寒そうな格好なのだが、少女は満足そうではなく、不満そうでもなく、ただ、そこに存在していた。

「……」

 透き通った翡翠色の瞳で空を少女が眺め続けていると、風が吹き、少女の長いこの世界に存在するどの宝石よりも美しい黄金の髪が揺れる。少女の後ろに二人の日本人の男女が立っていた。威厳はあるように見えるのだが、まだ若さが残る三〇代くらいの夫婦だった。一人の女は優しく微笑みかけ、一人の男は心配そうに少女を見下ろす。少女は何事も無かったかのように二人に一瞬だけ視線を合わせると、再び空に視線を向けた。

 この三人は親子という訳でもなければ親戚でもない。ただの友人。

 それでも親のように少女を心配する二人は少女の傍を離れることはなかった。

「またここか……」

 男が顔にまだらに残った無精ひげを触りながら少女に話しかける。少女は声が聞こえているのか聞こえていないのか分からないが、

「……」

 ミクロ単位だが小さく首が縦に揺れた気がする。少女の意思表示なのだろうか。男は、

「そうか……」

 とだけ。

 男は困惑する訳ではなく、優しく笑った。

 少女は再び、空を眺める。空を眺めていた少女がふと、

「……、」

 小さく息を漏らした。少女は何を見たのか気になった男が空を見上げるが、快晴な空にはぽつぽつと巻積雲があるだけで、他に何もなかった。

「何かあるのか?」

 そう男が尋ねると少女は、

「……」

 首を横に振り、「……何も、」そう小さく答えた。まるで初めて喋る人形であることを知ったような不思議なのに嬉しく思う妙な感覚が日本人の三〇くらいの夫婦に決心を付けさせた。

 男と女は視線だけ合わせると、女が小さく頷き、男もそれに答えるように頷く。


 男と女が少女に出会ったのは三年前のこと。少女はいつもこの場所に立っていた。火山活動も盛んなこのアイスランドの世界の中に存在しないほどに静かで青々しく茂っている草原の中心に。ただ、何をする訳でもない、ただ、少女は空を眺め続けていた。

 いつも、同じ時間に。

 いつも、同じ場所に。

 いつも、同じように、少女は立ち続けていた。

 だから今日もここにいると思った。そして少女はここにいた。

 男が怪訝そうに少女に尋ねた。

「我々が日本人ジャパニーズということは知っているか?」

 少女が小さく頷く。肯定。

「君はひとりなのか?」

 再び首を縦に振る。肯定。

「私たちは君に感謝している」

 少女は動かない。男黒っぽい灰色の汚れたジーンズのポケットから一枚のメモ用紙と一本のボールペンを取り出した。そこに書くのは文字などではなく、何か記号のようなもの。小学生の悪戯のようにも見えるが男の目は真剣に一つの図を描くことに必死であることを物語っている。

「……ん? ……、」

 男が必死に紙に書いていると、

「……、違う」

 そう少女が呟くと、少女は紙とボールペンを男から奪い取ると、その男の記号の上から違う記号を書き足した。

「……一つだけではただの『生』の意味を成す、二つで『負』の意味を成す。それが『呪』の刻印ルーン

 記号を描き終えると少女は記号の中心にペンを突き刺す。

「…………ペンは十字架になり、紙は符になり、記号は陣になり、刻印ルーンは完成する。……、」

 ペンは水を浸した泥人形のようにプラスチック製のカバーも中のインクもどろどろと溶け出し、紙に流れ落ちていく。

「……それが、…………“魔法”」

 紙はクラッカーでも弾いたような爆発音と共に消滅した。少女は小さく、

「今のは『呪』の中でも一番簡単な『破壊』。使用が困難、または不要な刻印ルーンを破壊するもの。これも出来ないなら刻印ルーンはまだ使わない方がいい…………、後悔……、する……、」

 機械音声にも似た用意されたプログラムを読み上げるような無機質な音声と肉声の混じった声で少女が語ると、少女は男から視線を外して再び空を見上げる。男は自分に呆れるように無駄に大きな声で、

「いやー……私は不器用かつ年で記憶も中々駄目みたいだな。君に教えて貰ったことに記憶が追いついていないようだ」

 無駄に笑い話をするように笑いながら話した。少女は“魔法”という単語を発したことに対しては男と女は気にする様子も見せない。

「“魔法”というのは中々難しい。どれだけ験算しても理屈も理念も常識も全てが覆されるよ。だからこそ私たちは知りたいのかもしれないね、――“魔法”というものが……なあ? 母さん」

 男に母さんと呼ばれた女が、顎に指を当てながら、

「う〜ん……、そうね……」

 女の周りの時間だけがスロー再生になったようにゆっくりとした口調で、

「……これもあの子のためなのかしらね〜?」

「ああ、そうさ! きっと愚昧の息子にだって分かるだろうさ」

 男と女の名前は青鬼肖一あおきしょういち青鬼秋あおきあき。日本で最強と呼ばれる霊能者青鬼彰あおきしょうの父親と母親だ。

「いつ電話してもくたばれと言ってくれる優しい息子だ。きっと分かってくれるさ」

「んー……、そうね……」

 秋はゆっくりだが確かに頷く。

 肖一は少女に切り出す。

「実は私たちは日本へと戻ることになった。これ以上家を空けておくのは親としての責任を放棄するも同意。そんないい加減な親などこの世界には存在しないと考えているからな」

 肖一の言葉に少女が首を傾げる。もちろんミリ単位の動きなので少女と接したことのない人間からすれば少女はノーリアクションのようにも見えるが三年近く少女と接してきた肖一と秋にはその動きで十分な少女の意思表示になった。

「先も言った通りだ。君に感謝している。だからこそ君に提案したいことがある、これは母さんと二人で相談したことなんだ」

 肖一と秋はもう一度小さく頷くと、


「一緒に日本ジャパンに行かないか?」


 そう手を差し伸べた。

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