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第5話 さいころ《いかさま》使い

 二月一四日。世間がお菓子業界の陰謀に踊らされていたころ、私こと青鬼彰はそれなりの二月一四日を過ごしていた。怪我もそれなりに治り、「あんた邪魔だからもう退院していいわよ」と、追い出されるように見た目だけならこの時期の男たちの敵となりそうな、オカマな鬼の堕鬼だきの病院を退院した彰は赤く彩られている街中にいた。

「はぁ……」

 ぐったりと歩いている彰の目の前に、大きく手を振りながら彰の名前を呼ぶ少女がいた。少女は宙に浮いている訳でも、他の人間にも見えるただの少女――と、言うわけでもない。今日はたぶん普通の女の子とほとんど変わらない。それでもこの少女アリス、ただの人間という訳でもなく、ただの死霊である。

 少女は急かすように何度も彰の名前を呼ぶ。人波からぴょこぴょこと手だけが見えるだけなのだが、少女は楽しそうだ。それもそのはずだ。

「もんぶらん♪ もんぶらん♪」

 アリスは彰が退院したことよりも、今目の前にある店の中に入りたくて仕方が無いのである。ファンシーでファンタジーなピンク色に染められた外装のスイーツ店。看板には天使のような子供のモチーフの子供がにっこりと微笑んでいるのだが、今この時だけは憎らしく感じることしか出来ない。その店先には憎むべき日バレンタインデーの特別価格のキャンペーン中で店の全品二割引とでかでかと書かれた看板があり、それをアリスが見つけてしまった。最近文字を覚えてきたアリスは何割引という意味を分かってしまっていた。安くなるにはなるのだ。しかし、それに加えて、いつも以上に食べてもいいと誤解している。

 いつも以上に食べるということは二割引などと、些細な埃も積もって山になってしまうということである。人より食べるうちの死霊さまは、遠慮というものを知らない。今日食べるものなら今日中に食べてしまうし、明日のものも今日中に食べてしまう。そんな大食漢(スイーツ限定)にこの店は危険(主に財布の中身)である。

 どうにかしてやめさせなければならないという状況だ。

「早く、早く!」

 目をきらきらと輝かせながら、店の前にいるアリスの下へ行くのに出来るだけ時間をかけているのは、ほんの少しでも考える時間が欲しいからである。店のショーウィンドウのパフェの値段(豪華絢爛当店オリジナルモンブランパフェ 二〇〇〇円)を見てびびっている訳では、決してない。

 しかし、パフェ一つが普通二〇〇〇円もするものだろうか。この世界の七不思議の一つにでも追加しておきたい。

 ゆっくり歩を進めた所で、一歩、一歩確実に歩んでいれば店が近づくのは必然である。

「早く入ろっ」

 店に入った時点で、この勝負――彰の負け。ならば、入らなければいい。と言うわけで作戦開始。

 作戦その一

【正直に話してみよう大作戦!】

 アリスだって鬼じゃない。正直に話せばきっと、納得してくれるはず。

「なあ、アリス」

 申し訳なさそうにアリスに顔を合わせると、

「?」

 アリスのニコニコビーム。ぐはっ! と、良心が一気にえぐられそうになる。それでも、目を逸らしながら、彰は、

「今日は、や、止めとかない……、か……」

 どこでそんな技を覚えてきたのか、アリスは自分の瞳をうるうると滲ませる。これには降参せざるを得なかった。

 作戦その二

【くっ、傷が痛むぜ大作戦!】

 今自分が持っている最大限の武器はやはりこれだろう。そう言いながら彰は自分の腹に手を当てる。怪我はまだ完全に完治していない、つまりは生身の傷こそ、武器になるという訳だ。アリスは彰が怪我をした日はずっと一緒にいた。それだけ心配していたということになる。少しの罪悪感は残ると思うのだが、財布の中身を重視するなら仕方のないことだ。

 という訳でさっそく彰は腹に手を当てながらその場にしゃがみこんだ。出来るだけ重傷であるように、わざとらしく声を歪ませたりもしてみる。

 これならどうにかなると、本気で思っていた。でも、アリスは、

「“そんなこと”より、早く入ろう」

 今のアリスにとって、彰の怪我よりもケーキの方が大切なようで、彰が堕鬼の病院にいるときにはどこにも行かずに看病してくれたアリスは仮病ではあるが、“そんなこと”と言い切り、彰の後ろに回りこむと、彰の完治していない怪我の一部をぐいぐいっと押すと、店の中に入る。

 完全に、目が豪華絢爛当店オリジナルモンブランパフェに染まっている。確実に五個以上は食べる気がする。

 アリスが悪いんじゃない。今日、二月一四日である憎むべき日バレンタインデーが悪いのだ。


 今日は憎むべき日バレンタインデーということもあり、店の中はカップルなどがほとんどだった。店内には白いカフェテーブルに木製のラウンジチェアが向かい合うように置かれており、完全にカップル専用のような空間になっていた。店員から豪華絢爛当店オリジナルモンブランパフェを五つトレーに乗せて、にこにこと満面の笑みで空いていたカップル席に着くと、ぱくぱくと食べ始めた。

 彰はぐったりと疲れたようにアリスの向かいに座りながら目だけを動かして周りを動かすといちゃいちゃらぶらぶとカップルたちが席を埋め尽くしていた。他に行くところはないのか、と、口にしそうになるのも億劫になるほど青鬼彰の財布の中身は瀕死状態にあった。アリスは店に入るやいなや「店の前にあったあのガラスの中にあったもんぶらん五個くださーいっ、」と、豪華絢爛当店オリジナルモンブランパフェを一度に五つも頼んでしまった。この豪華絢爛当店オリジナルモンブランパフェの値段は二〇〇〇円とふざけているものが、憎むべき日バレンタインデーのサービス期間で二割引で一六〇〇円に下がっただけで、結局は大金には違いない。

 一六〇〇円×五。お金を払うことが出来たこと自体奇跡のようなものだった。英世さんが八人ほど遠い世界に旅立ってしまった。

「〜〜、おいしい、♪」

 尊い犠牲など知ってか知らずかアリスは幸せそうに豪華絢爛当店オリジナルモンブランパフェを口いっぱいに頬張っている。この顔を見ると、少しだけいいのかなと思ってしまうのはいけないことだと思う。せめて一つだけにして欲しかった。

「……何?」

 幸せそうに大好きなモンブランケーキを食べるアリスにこれ以上何もいうことも出来ずに、一言。

「おいしい?」

 もぐもぐと、口いっぱいのケーキを飲み込むと、

「うんっ」

 これ以上の幸せそうな顔がどこにあるのだろうか。この笑顔を見ただけで、彰は満足した。英世さん八人ほどの価値はあっただろうと、

「ははっ……」

 英世さんへ黙祷を捧げた。


「そういえば……さ、聞きたいことがあるの」

 豪華絢爛当店オリジナルモンブランパフェを五つも食べたアリスはさすがにお腹いっぱいになったのか、時折お腹を摩りながら彰に話しかける。彰は「なに?」と、財布の中身を確認しながらアリスの声に答える。

「この前の女の子……覚えてる?」

 アリスの言う女の子とは、羽神蓮水うかみはすいのことだ。彰の命を奪おうとし、人外じんがいを酷く憎んでいる少女。そして、

「うん、覚えてるよ。俺が喧嘩に負けた子」

 命を賭けた喧嘩に負けた。それでも彰は生きている。今、この瞬間、アリスと一緒に会話をしているのが何よりの証拠。この状況が今でも彰には信じられない。彰は『死んだ』と思っていた。次に目を覚ますのが地獄だか天国だか、どっちにしろ三途の川は渡りきったと思った。でも、実際は三途の川は拝んだのかもしれないがそれを渡ることはなかった。だから、

「『運』がよかったんじゃない?」

 全ては青鬼彰の『運』がよかったから、――なんて答えに行き着いた。彰はそれを誇ることも悔やむこともせずに、ただ頭の中で何度もそう納得する。他人よりちょっと『運』がいい。他人の『運』でも喰っているみたいに、だ。少年が拾った宝くじは必ず当たりを引いたこともある。少年が引くくじは必ず当たりを引く。何度も変わらない豪『運』。だから今回もきっと『運』がよかった。そう考えるのが少年にとっては当たり前なのだ。

 神に愛された子なんて言う大人もいる。それ自体にどうこう言うつもりは彰にはない。ただ、この“日本最強”という名前だけが彰は何よりも嫌いなものだった。蓮水と名乗る少女はこの名前に“偽り”とつけた。それが彰にとって、少しだけ嬉しかったのかもしれない。命を狙われていたというのに、嬉しく思った。

 だって、そうだから。彰は自分が“日本最強”だなんて思っていない。もしそうならこの前の喧嘩もあっさり勝って・・・、めでたしめでたしだった。彰が“日本最強”でないことを蓮水は証明した。

「ま、あの子強いから仕方ないのかな……イカサマもばれちゃったし」

 小さく呟いた言葉だったのだが、アリスは、

「そう! それっ!」

 大きな声を出して体を大きく乗り出してきた。

「な、何が」


「イ、カ、サ、マのこと!」


 蓮水は彰のさいころがイカサマだと言った。アリスは確かに聞いていた。鼻を鳴らしながら顔を近づけてくるアリスに彰は少し押されながら、ポケットから三つのさいころを取り出した。

 この世界には『運』だけを頼りに生きているものなどいない。いたとしてもそれは『駄目』だと彰は思っている。確かに『運』がいい。『運』が悪いなんてことは考えたりもする。それが不器用な人間らしさだし、でも、この世界においてさいころを一〇回投げて、一〇回とも同じ目を出せる人間はいない。それは彰も例外ではない。

「私それって信じられないの。ショウは確かにさいころを投げて何回も望んだように数字を出してたじゃない」

「……実際にさいころを持ってみれば分かるよ」

 そう言い彰はさいころをアリスに投げる。アリスはそれを受け取って、指でさいころをいじってみるが、

「…………?」

 不思議そうに首を傾げることしか出来ない。

「じゃ、これも」

 そう言って彰はもう一つのさいころ・・・・をアリスに投げた。アリスは受け取った後、少しだけ首を傾げていたが、何か違和感・・・を感じた。

 それが何かなのかすぐには分からなかった。それでも時間をかけていくと、それが明確になっていく。

 初めのさいころと二つ目のさいころ・・・・、少しだけ重みが違う。何ミリグラムの差で、両方を一緒に持ち、それを比べないと分からないくらいに僅かなのだが、確かにさいころの重みが違う。

「それがイカサマの種。この世界にさいころを一〇回振って一〇回同じ目が出せる魔法使いみたいな人間いないよ」

 そう言って最後のさいころをアリスに投げた。

「……これも違う」

 三つが三つとも重みの違うさいころ。微々たる差だが、確かに重みが違う・・・・・。それが確かに手の中で感じると、アリスは手の中からさいころをテーブルに落とすように転がした。さいころはからんからんと音を立てながら転がる。それを見ながら彰が、

「二つ目が六、三つ目が四」

 そう呟くと、二つ目のさいころの目が六、三つ目が四になった。――確かになったのだが、初めに渡されたさいころだけ彰は先に数字を言わなかった。出た目は五、だった。アリスは細い指で初めのさいころを持ち上げる。

「ねえ? これは……どうして分からなかったの?」

 どうせなら全てのさいころを細工してしまった方がいいのではないか? そうアリスは考えた。どうせイカサマをするのなら、全部にしてしまった方が効率がいいのではないか? でも彰はある、さいころには細工を施していない。――それがこのさいころ。これが母の形見とか父の形見とかだったら、なんとなく理由はあるがそれでも不自然だ。

「勝手に人の母と父を亡き人物にしてんじゃねーよ、今この瞬間も生きてるっての」

 彰の父と母はかなりの変わり者だった。それは彰が一〇歳にも満たない子供ながらに感じていたことだ。父、母ともに霊能者としてはかなり有名だったのだが、個人の性格が飛びぬけておかしかった。いい年を重ねた大人が魔法と言うものを信じきっていた。それはまあ人の趣味と言うものでよかったのだが、ある日父と母が「そうだ、アイスランド行こう」などと言い出して家を飛び出して、六年近く経ったのだが、たまに電話で『彰よ! 霊能者を辞めて魔法使いにならないか!』などと素っ頓狂な連絡をしてくるだけで、とりあえずいつも返事は『くたばってくださいね。お父様』とだけ言っている。

 まあ……元気なことはいいことなのだが、魔法を一切信じようとしない息子の気持ちを多少なりとも理解してもらいたいものだ。

 そんな父と母だが確かに遠い空の下で生きているのだから死んだ人呼ばわりは止めてもらいたい。

「それは単純にいじっちゃだめだからだ」

 アリスが手に持っているさいころはポリシーとかプライドとかでいじっていないという訳でもない。

 アリスは不思議そうに首を傾げるが、それに構わず彰はさいころを三つ奪い取ると、

「イカサマだってするさ。この世界に魔法使いなんているわけねーだろ?」

 そう笑い飛ばした。

最近停滞モード…………


中々ネタが出なくなりつつあります。で、他の小説執筆でさらにネタが出ないという停滞の中の停滞モードに陥ってます。


更新が遅れる可能性が高いです。すいません

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