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第1話 可愛い死霊がやってきた!

 山奥に隠れた大きな屋敷の一室から少年の叫び声が木霊する。

 柔道の稽古部屋のような塵ひとつ落ちていない三十畳以上の大きな部屋。

「痛ってー!」

 床の畳に叩きつけられるようにぐったりとうつ伏せに倒れこんでいる少年。ぼさっとした茶髪が更に乱れている。その上には憮然としたまま少年に座り込んでいる青く長い髪を後ろで結っている青年がいた。

 着物の袂を押さえながら苦笑を浮かべる青年。

「まったく、あいかわらずですね。坊ちゃん」

「坊ちゃんは止めろ、あとどけ」

 少年に言われるままに青年は少年の上から立ち上がる。すらりと長い等身に汗一つかいていない清潔感溢れる端正な顔立ち。清涼な蒼い着物に身を包んだ青年の頭には人間にはあるべきではない山羊の角のようなものが生えていた。

「お前が強いんだよ、瞬鬼しゅんき

 瞬鬼しゅんきと呼ばれた青年は大きく息を吐いた。そして首を横に振る。

「いいえ。坊ちゃんはお強いです。それは春さまが一番よく知っております」

 杖をついた老婆が瞬鬼しゅんきの影から現れた。

「まったく、瞬鬼の言う通りじゃ」

「婆ちゃん」

 呆れるように大きく息を吐く春。

「お前はこの青鬼あおき家をつぐたったひとりの人間なのじゃぞ? 分かっておるのか? しょうよ」

 しょうと呼ばれた少年はぶすっとした表情になる。

「俺は俺の生きたいように生きる。それが俺だって」

 再びため息を吐く春。それと同時に瞬鬼が頷くと、しょうの後ろに瞬鬼が回りこむと、

「失礼」

「へ? って……」

 彰の腕を取るとその腕を曲がらないほうへと曲げる。その激痛が鈍く彰の体を走る。

「痛たたたた!! ギブギブ!」

 タップをすると瞬鬼は彰の腕から手を離す。痛みだけが走るように綺麗な関節技は瞬鬼の得意技だ。昔から彰はよく間接技を決められていた。

「いい加減にせんか! いい加減この中から鬼を選ぶのじゃ!」

 春が何十枚もある写真を彰に叩きつけた。その中に写っている人物は男女が入り混じった写真なのだが、その全員の頭をよく見ると頭に角が生えている。

 その写真を彰が見ると、彰の体に寒気が走る。

「嫌だ! 俺は鬼が苦手なんだ!」

「鬼が苦手な青鬼家の人間がいるか!」

 ふたりが言い争っている中、瞬鬼は小さく息を吐いた。

「困ったものですね」

「まったくお前は青鬼家の人間がどういう生業なりわいをしてきたのか知らんのか?」

「知ってるよ。鬼を従えて、人に害をなす人外じんがいのものを駆除するんだろ? 何万回も聞かされたよ」

 青鬼家は何百年も続く人外駆除をしてきた家業。その手段が人間と契約を交わした鬼を従えるというもの。

 瞬鬼が首を傾げながら彰に尋ねる。

「そもそもどうして鬼が苦手なのですか?」

 その質問に彰はわなわなと震える。

「何でかって? お前のせいだろ、お前の! お前が事あるごとに俺に間接技を決めるから鬼が怖くて仕方ないんだよ!」

 びしっと立てられた指を見ながら瞬鬼が口を押さえながら笑う。

「ふむ、困ったものですね」

「笑うな!」

 くすくすと笑っていた瞬鬼だったが急に顔が強張った。

「春さま」

「ふむ」

 春も小さく頷くと瞬鬼の影の中に消えていく。

「どうしたんだ、瞬鬼」

「侵入者です。鬼門きもんからですね」

 青鬼家にある鬼門は鬼と契約を交わすための扉。その扉からたまに人外のものが侵入することがある。まさに今がその状況だ。

「今はありえないのですが」

「どういうことだ?」

「坊ちゃんが契約をするためですよ。そのためには誰にも邪魔をされるわけにはまいりません。そのために鍵をかけておいたのです」

 顔が強張る瞬鬼。こんなに顔が怖い瞬鬼を見るのは久しぶりだった。十年近くこんな顔を見たことがなかった。

 暗がりの中現れたものは、どんなに恐ろしいものかと思ったが目の前に現れたものは、

「お、女の子?」

 小さな女の子だった。

 幼げな少女だった。青い服がひらりと風に舞う。風が少女を賞賛しているようだ。

 舞ったスカートの下から少女の白磁のような柔肌が見える。

 次に目がいくのは幼い未成熟な胸。

 長く伸びた黄金の髪。

 そしてなによりも目を奪われるのはその瞳。

 ラピスラズリの中に光が射したように輝くその瞳を見ていると思わず息を呑む。

 呆気に取られている彰だったが、瞬鬼の顔はいまだに強張ったままだ。

 一歩、一歩、踏みしめるように女の子が近づいてくる。一歩女の子が歩くだけで空気が震えるようだ。

 それだけの威圧感をこの小さな女の子は持っていた。

「やっと……」

 初めに少女がぼそっと呟いた言葉は感触を確かめるように無表情に、

「会えた」

 次の言葉はその感触が現実のものであるのを理解して感傷に浸るように物悲しく、

「……ショウ」

 そして喜びに満ちる声。震えた声は優しげに、そして少女は蒼く輝くラピスラズリのような瞳で彰を見つめ、彰に飛び掛る。抱きしめる。

「ショウ!」

 いきなりの出来事に瞬鬼も驚いていたが、特に驚いていたのが彰本人である。驚いた表情のまま動くことが出来ない。

「は?」

 困惑の表情。顔は赤面したままだ。こういうのに慣れていないのがすぐに分かる。

「ショウ、ショウ、ショウ!」

 何度も名前を呼ばれ、彰は首を大きく横に振り我に返る。

「えっと……誰?」

 歓喜のあまり興奮していた少女だったが水を打ったようにしんと少女が静止した。その顔に憤りの念を浮かべて。

 その恐怖に彰は体が凍る。

 わなわなと少女の体が震える。

 左手を大きく掲げた。その手に光るシルバーリング。

「バカー!」

 貫くような平手打ち。少女の指に光るシルバーリングが思い出させてくれた。

 少女の正体を――


「痛ってー!」

 十年前のこの日も彰の叫び声が屋敷の中に木霊していた。

 涙を浮かべながら傷を摩る青鬼彰。このとき五歳。

 おやおやと瞬鬼が笑みを浮かべる。

「どうしました坊ちゃん? 涙が出ておりますよ?」

 うすら笑う瞬鬼に彰は怒りよりも先に寒気を感じた。どうしてそんなに嬉しそうなんだと。

 彰は急いで涙をごしごしと拭う。

「泣いてない!」

「ふふっ……結構」

 そんな彰を眺めながら、瞬鬼は口を押さえながら笑いを堪える。しかし瞬鬼が笑いを堪えているのを幼い彰にもすぐに分かり、赤くなった目で瞬鬼を睨む。

 睨まれた瞬鬼は困ったような表情を浮かべる。

「そんな怖い顔をしないでください坊ちゃん。私が悪かったですから」

「瞬鬼のそういうところ嫌いだ」

 ぷいっとそっぽを向く彰に瞬鬼は再び笑う。

「おやおや困りましたね。……春さま」

 瞬鬼の影からぬっと着物の上に黒い袴を羽織った春が現れた。春は持っていた杖で、彰の頭を軽くこずく。

「いつまで拗ねておるのじゃ」

「痛っ!」

 叩かれた箇所を摩りながら涙ぐむ彰。

 大きく息を吐きながら春が袴の袂を押さえながらゆっくりと彰の前に座る。

 春はゆっくりと彰の頭を大きくも暖かいしわくちゃの手で、彰の頭を撫でた。

「お前は強い子じゃ。それは私と瞬鬼がよく分かっておる」

 顔を伏せたまま、

「……うん」

 小さく頷いた。

 その様子を見ながら瞬鬼が先ほどとは違う優しげな笑みを浮かべる。

「ふふっ、まだまだ甘えたい年頃なのですね、坊ちゃんは」

「よしっ、気晴らしに散歩にでも行くか?」

 と、春。

 それに頷く彰。


 屋敷から少し離れた森の中を歩く三人。

 鳥も虫も木も花も、すべてが息づいている青鬼家の森。聖域のようにも感じる森は彰にとっては家よりも落ち着く場所だった。

 くるくると回りながら景色を堪能している彰。

 それを見ながら鳥が笑うように囀る。その歌が彰の気持ちを楽しませる。

「ふん、ふん」

 鳥たちに応えるように彰も鼻で歌を奏でる。

 本当に楽しそうにしている彰に春や瞬鬼は親子のように微笑む。

「あいかわらずここがお好きですね、坊ちゃん」

「落ち着くから」

「そうですか」

 しばらく歩いていると鬼門の前を通りかかった。

 鬼門の近くの茂みに何かがあった。小さな何かが見えた。

「ん? 何だ?」

 彰がその影に恐る恐る近づく。

「う……」

「女の子?」

 傷だらけで倒れている女の子がいた。

 柔らかそうな肌も真っ赤に染まった服も傷だらけでまさにぼろぼろだった。

「大丈夫? 君、大丈夫?」

 彰が少女を抱きかかえると訝しそうに顔を上げると、残された力を振り絞りか細い腕で、彰を押しのける。

 光の差さない蒼く淀んだ瞳には敵意が見える。

 触れるだけで切れそうな敵意。弱弱しい少女が放つものではない。少女を襲ったものが放つ敵意。それが少女を壊している。少女を通して伝わってくる。

「はぁ……はぁ……」

 荒い息を吐きながら立ち上がる少女。弱りきった体に鞭を打つように、見るだけで痛々しい。

 目を逸らすことは簡単だったが彰はそれをしなかった。

「離れてください坊ちゃん!」

 声を上げる瞬鬼。顔は強張っていてこんな顔を見たのは彰は初めてだった。

「瞬鬼?」

「死霊よ。なぜこの青鬼家の領土に足を踏み入れた。返答しだいによっては容赦はしません。応えなさい死霊よ」 

 瞬鬼の左手に輝くシルバーリングが眩い光を放つ。その光の中から鉄扇が出てきた。

 瞬鬼がそれを左手で取ると少女に向け鉄扇を指す。

「応えなさい死霊よ!」

 少女が無表情な顔を上げる。笑うことも泣くこともしなかった。ただ無表情に、

「お前も……か?」

 言葉を呟く。

「何?」

「お前も……敵か?」

 こくりと頷く瞬鬼。

「恐らくは……ね」

 その瞬間だった。

 少女の体に異変が起きたのは。

 黒い靄のようなものが少女を包み込んでいく。空気が震えていく。

「敵は殺す! どんな手段を使おうとも! 殺す! 殺す!」

「愚かな」

 少女が瞬鬼に向かい飛び掛る。

 瞬鬼が鉄扇をかざし、その鉄扇が少女を捉える。

「うがああああああああ!」

 声にならない声で叫び声をあげる少女。

 ずきん。

 彰の小さな心が痛む。彰は小さな右手で心臓を押さえる。

 痛みは和らがない。ただ痛みが増していく。

 このとき何を思ったのだろう。

 どうしたのだろう。

 そんな感情が彰の体を動かした。

「待って!」

 少女と瞬鬼の前に立ちふさがり両手を翳す。

 いきなり正面に現れた彰に瞬鬼は狙いがずれる。少女は彰に衝突した。

 少女はそのまま力なく倒れこむ。それを慌てて彰が抱きかかえる。

「大丈夫?」

「お退きください坊ちゃん! その者は死霊でございます!」

「死霊?」

 瞬鬼の言葉に彰は首を傾げる。

「人の命を喰らい、それを楽しむ陋劣ろうれつわらべでございます」

 彰は抱きかかえた少女を見つめる。

 苦しそうに呻き声を上げる少女。

 力の篭らない瞳で、精一杯の敵意を表す。しかしそれは弱弱しい捨てられた犬のような、あくまで精一杯の抵抗。力など皆無だった。

「そう……かもしれない」

 頷く。自信がないように力なく頷いた。

 そして涙ぐんだ顔をあげる。

「でも、でも可愛そうじゃないか」

「……坊ちゃん」

 一旦扇を収める瞬鬼だったが首を横に振る。

「いいえ、そんな感情論認めるわけには参りません。死霊は人外の中でも特に凶悪なのです。力の少ない今のうちに対処をしなければ手遅れになってしまいます。ですから、坊ちゃん、そこをお退きください」

 呟くようにか細く。

「嫌だ」

 今度は力強く。

「嫌だ!」

 彰の恐らく初めての否定。その行動に彰といつも一緒にいる春と瞬鬼には驚きを隠せない。

「この子は怪我をしてる。こんなに弱りきった子を僕は放っておけない。それに追い討ちをかけるなんてことも、もちろん出来ない。そんなこと出来るわけない! 今彼女にすることは追い討ちをかけることじゃない。怪我を治してあげることなんだ! 僕は何か間違っているの? 何がいけないの?」

「間違ってはおらん」

 今まで黙っていた春が重い口を開いた。

「婆ちゃん」

「春さま」

「しかし、それが掟じゃ。人外のものを駆除するのが我々青鬼家の人間のな。青鬼家の人間は鬼と契約を交わし、人間に害をなす人外のものを駆除する。お前には言っておいたであろう?」

 こくりと頷く彰。

「分かった」

「そうか」

 春が頷くと瞬鬼がそれに合わせるように小さく頷く。

 瞬鬼は頷くと力を強めた。狙いを定めた。右手の人差し指が音を立てながら人差し指の人間の肌が風化していく。その風化した肌から筋肉がむき出したような赤い指が露出する。

 指の先端に蒼く鈍い光が一点に集中していく。その光が少女を捉える。

 瞬鬼は彰に当たらないように力を使おうとした。その存在を抹消しようと力を入れる。

 そのときだった。彰の口から突飛した返答が返ってきたのは。

「だったら僕はこの子と契約を交わすよ!」

「「は?」」

 二者ともに同様の言葉が漏れた。

 初めに焦った声を出したのは瞬鬼である。

「な、何を言っているのですか坊ちゃん?」

「この子と契約をすればこの子は死なずにすむよ。契約を交わすときにあらゆる病は治るって婆ちゃん言ってたし、きっとこの子の傷も治るよ」

 あくまで彰はこの子を助けたい。そう思っている。

 この笑顔が何よりの証拠だった。曇りひとつない無垢な笑顔だった。

 彰のズボンに入っていた小さなシルバーリングを取り出した。

「さ、指を出して」

 少女の小さな指を取る。それを少女は払いのける。

「ば、バカにするな……私は人間の道具になどならない……」

 瀕死の少女はそれを拒絶した。拒絶する言葉。そして行動。それを優しく彰は受け止める。

「それは違うよ?」

「なに?」

「君に死んで欲しくない。この契約はただ、君の怪我を治すだけだから。人間が鬼を従えるには少なくとも、僕が十年ぐらい大きくならないといけないんだ。だから僕に従うのが嫌なら十年後、ここにいなければいいんだよ」

「なぜそんなことをする。そこの人間や鬼の言う通りだ。私は死霊だ! 私は人間を殺すぞ!」

 ふるふると首を横に振る彰。

「君は死霊かもしれない。でも女の子でしょ? 放っておけないんだ」

 ぽっと少女の温度が上昇した。それを感づかれるまいと少女は呟いた。

「バカにして……」

 そして少女はゆっくりと左手を差し出した。弱弱しく伸びた少女の手を彰は優しく、そしてしっかりと力強く受け止める。

 その手を彰が受け取ると、そのたおやかでか細い薬指にしっかりと輝くシルバーリングを通した。

 指に通したシルバーリングはか細い指にサイズが合わなかった。少女の小指が無理をすれば一本通りそうだ。

「ははっ、ぶかぶかだね。きっと大きくなるころにはちょうどいいサイズになっているよ」

 屈託のない笑みを浮かべ彰は笑う。

 少女はぎゅっと胸元でシルバーリングが光る手を握り締める。

 少女の体に無数にあった傷が見る見るうちに治癒していく。

「んっ……」

 光が少女を包み、少女が少し甲高い声を漏らす。

 何かを確認するようにぎゅっと胸元で両手を縮こませる。

「あ、あの……」

 胸の前にある手をもじもじとさせてとても女の子らしいしぐさを見せる少女。顔には少し高くなった温度が目に取るように分かるほどに赤らめて。

「本当に契約したの?」

 そう少女が問いただすと彰は小首を横に振った。

「それは違うよ。今指輪はぶかぶかでしょ? さっきも言ったけど鬼と人が契約をするには僕の年ならあと十年は契約できないんだ。だから今この時間から十年後の時間に指輪をしていると契約が完了するんだ。もし、本当に契約が嫌なら帰ったらすぐに指輪を外してね」

「十年……」

 少女の手を取り、彰は少女にこう告げた。

「約束しよう」

「え?」

 再び温度が上昇する。少女にとっては初めての感覚。それが少女を襲い、頭の中が真っ白になっていく。

「忘れないって……」

「じゃ、じゃあ……」

 振り絞ったか細い声に彰は耳を傾ける。

「何?」

 もじもじと胸の前にある手をいじったりと落ち着かない様子の少女だったが何かを決心したようにこくりと頷く。

「これ……」

「?」

 少女が恐る恐る一枚のスケッチブックの紙切れを差し出した。

 少女が差し出したのは一枚の紙切れだった。それを彰は受け取るとその紙切れを見てみると表にも裏にも何も書かれていなかった。

「これは?」

 紙切れを受け取った彰は首を傾げる。

 少女はなにを言うわけでもなくただ押し黙る。

「あの」

 彰が話しかけても少女は貝のように黙ったままだ。

 そして貝は突然に開いた。

「も、文字を書いて!」

「は?」

 いきなりの頼みごとに彰は困惑の表情と唖然とした言葉が漏れる。

 少女が彰の腕を取り、

「何でもいいの! 忘れないために文字を書いてお願い!」

「何でも?」

「そう、何でも! お願い!」

 そのまま彰は何かを考え込む。

 返事がない彰に少女はしゅんと体が小さくなっていく。

 そして、

「や、やっぱりいい……うん。ごめん。忘れて……」

 そのまましぼんでいく少女に彰が慌てて首を横に振る。

「あ、違うよ! 何を書けばいいのかなって考えてたんだけど……あ、そうだ」

 ぽんと手を叩く彰。

「じゃあ、きみが何を書いて欲しいか言ってみてよ。僕はその文字を書くよ」

「え?」

 今度は少女がきょとんとした。

 いきなりの提案に少女は固まる。そして少女が彰に質問をする。

「何でも?」

 眉をひそめながらもう一度、

「何でも……いいの?」

「うん。いいよ」

 少女の表情がぱっと明るくなる。

「じゃ、じゃあ……これ……書いて」

 彰の耳元まで少女は口を近づける。

 そして小さな声でこう囁く。

「“ぼくのおよめさん”って、だめ……かな?」

「うん。分かった」

 紙と一緒に渡された黄色いクレヨンで彰は文字を書き始める。

 大きく汚い字で、

“ぼくのおよめさん”

 そう書いた。文字がはみ出しそうになるくらいの大きく汚い文字でそう書かれた。

 文字を書いたのを確認すると少女は慌てて紙を彰から取り上げる。

 そしてその紙をくしゃりと抱きしめる。

「そ、そんなに慌てなくても……」

「ア、アリス……」

 少女は小さく呟く。

「わ、私の名前! アリスって言うの。君の名前は?」

「あ、うん。僕の名前は青鬼彰」

「ショウ……」

 アリスは確認するように呟く。

「ショウ」

 何度も確認するように呟く。

「ショウ」

 今度は優しく微笑みながら、

「ありがとう」


 ぶすっとした表情を浮かべながらアリスは正座で座った彰を睨んだままだ。

「あ、あー」

 思い出した彰は頭を掻きながら乾いた笑いを浮かべる。

「思い……だした?」

 腕を組みながら睨みをきかすアリスが笑顔でそう聞く。

 目はまったく笑っていない笑顔というものがこんなに恐ろしいものか。

「はい」

 小さく頷く彰。

 体が小刻みに震えだす。

 ぽんとアリスが縮こまっていく彰の肩に手を置いた。

「忘れないって……言わなかった?」

「言いました。はい」

「私は……忘れてないわよ?」

「はい」

 顔が重力に引かれるように下がっていく彰。

 いやーな汗が彰の顔から溢れてくる。

「誰が悪いの?」

 ぶんぶんと首を縦に振りながら、

「僕です! 僕! だから左手をまた振り上げようとしないで。お願い! ほら笑って! スマイルスマイル。あれ、さっきよりも力篭ってない? おかしいな、あれで最高じゃなかったんだ。すごいなー! よっ力持ち! あれ何で右手も上がってるの? 一発じゃないの? うそ! えっとごめん! ちょ! まっ!」

 ばちーん! ばちーん!

 威勢のいい音が計二発。

「ぅぅ……」

 彰の両頬が赤く腫れあがる。

 そんな彰を見ながらアリスは端麗に伸びた髪を小さな手でなびかせる。

 そして、

「もう、いいわよ」

 優しくいたずらっぽく微笑んだ。

はじめましての方も私を知っている方もこんにちわ。今作の話は楽しく女の子を見てもらおうと執筆いたしました。楽しんでいただければ幸いです

次回の更新は次の月の第二日曜日を予定しております。お楽しみに

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