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第4話 少女の敵 其の七

 今この瞬間にも殺気は放たれている。笑みを浮かべながらの圧倒的な殺気というのは不気味を通り越して、少しだけおかしいと思うのはおかしいのだろうか、などと頭の中で妙な考えが浮かび上がってくる。

 それでも殺気は確かに彰の足を止めている。ちりちりと焦げ付いた空気が彰の手足に絡み付いてくるようだ。それでも喉の奥の言葉を無理やり掻き出した。

「待って、話がしたいっ、」

 瞬間、

「私はしたくない」

 即答だ。そりゃ、そうだ。誰が憎んでいる相手と話がしたいだろうか。多分陽気で狂気で猟奇的な愉快痛快な人物以外そんなことしたいとは思わない。それでも彰は言葉を続ける。

「どうして人外を消している、趣味だなんて可愛い理由なんかいらない」

 四葉のクローバー集めなどと可愛い理由な訳が無い。もし、そんな理由だったら、きっと許せないと思う。

 でもそんな理由で人外を殺している人間などいる訳も無かった。でも、蓮水の言った理由はとても極端で、とても難しくて、とても簡単で、とても――人間っぽくなくて。

「嫌いだから」

 その言葉は文字にすればたった六文字程度の簡単な言葉。でもそれが少女の言葉とは思えなかった。何もかもを否定して、何もかもを奪って、それでも、ただ、嫌いという言葉で片付ける。そんな人間臭さの欠片もない少女の顔がどこか、似てて――

「……そんな、理由で……」

 彰が聞こえない程度に呟いた言葉も蓮水の耳には届いていた。

「五月蝿いッ!!」

 闇も空気も全てを切り裂くような轟声。蓮水と出会って間もない。その彰が初めて見た少女の感情。自分を殺すと言った時でさえ、感情を殺していた彼女が初めて見せた感情に、彰は押し黙ることしか出来なかった。

「誰が何と言おうかなんて関係ない! 嫌い、死ねばいいと思ってる! あのお方以外!!」

「あの……お方……?」

「もう話はしない、殺す。あんたをね、」

 そう言い蓮水は全ての音を遮断するように、首にぶら下げていたヘッドフォンを耳に付け始める。音楽が大音量で流れているヘッドフォンからは陽気なJポップのような音楽が漏れていた。

「何度も言う、お前を殺す。今度は確実に、」

 手元にあった“金”を蓮水は握りつぶす。

 歩兵の時とは違う霊力。具現化する霊力ではなく、開放するような霊力。

「死んでしまえばいい、なあ、そうだろ! ジン、――!」

 駒を握りつぶした手が発火するように炎に包まれていく。炎が形づくように巨大に炎が伸びていく。熱で空気がゆらゆらと揺れる。炎が完全に形づく前に、蓮水が一歩、彰に詰め寄る。

 そして、一閃。

 彰の首元を狙った一筋の炎の揺らめき。炎が完全に治まった赤い矛が彰の命を脅かす。

「喧嘩が話し合いで解決すると思うか、なら、お前はこの世界において、居場所はない、――っ」

 話し合いの余地はない、そう少女は言う。だから、本気で『戦え』と言う。命の危険が迫れば、誰もが牙を剥く。それが獣の本能、ヒトの本性。

 首元に当てた矛を、彰の首を刈り取るように、横になぎ払う。その矛の刃に彰はさいころを押し当てる。

「っ、賽の式・五、結界!」

 そこに壁でもあるかのように、矛はそれ以上、進まない。さいころから出た青白い光の壁が矛を遮っている。

「やはり、そうか! イカサマ師が!!」

 ぐっと、矛を持つ力を強めると、矛の刃の先から、壁を回りこむように炎が彰に伸びる。これは賽の式・五の結界でも防ぐことが出来ないと判断した彰は、矛の刃にさいころを押し込むと、一歩半ほど後ろに飛ぶ。

 炎は、さいころを溶かした。するとさいころから出ていた青白い結界も崩壊する。

 ブン! と、炎を切るように、矛を思い切り振り下ろす。

「確信したぞ、お前の力は強大な運なんかじゃない! ただのイカサマ。何の力もない、ただの雑魚だ」

 蓮水は更に殺気を強めた。

「そりゃ、そうだ。一〇回賽を振って、一〇回同じ目が出る訳がない。だったらどうするか、……答えは簡単だ。賽自体に仕掛けを施せばいい。何のことは無い。お前はやはりただのイカサマ師だったな! そうしてイカサマを重ねたか! “偽りの日本最強”!」

 確かに彰は人より多少運がいい。宝くじにも当たったことがある。くじを引けば確実に当たりが出る。神に愛されたような人間だ。それでも賽の目を自由に操ることは出来ない。だから、賽に仕掛けを施したのは事実だ。

 さいころ使いはただのさいころイカサマ使いだった、という何のことも無いオチだった。

 蓮水は鼻で笑う。何が“日本最強”だ。

 殺す相手がそれだけの大それた名前の奴だ。もちろん調べていた。

 青鬼彰という男は運がいいなんてものではなく、まさに“豪運”の持ち主だということ。強運よりもさらに上の、そしてその“豪運”を最大限に生かす“さいころ”という武器。だから、偽りとはいえ、“日本最強”だなんて名前がついたのだと思った。諦めるようなものだ。あいつは“運”がいい。だから、仕方ない。俺たちは“運”がなかった。何もかもが“運”だ。“運”で全てを諦めるのが人の弱さでもある。だから、あのお方も諦めたのだと思った。

 でも、なんてくだらないオチだ。

 奴はイカサマ師だったという、絵本の一ページ目で悪い魔法使いが正義を信じる自らは非道と思っていない王子さまに殺されるようなものだ。何もしていない悪い魔法使いをいきなり殺した王子さまはみんなには英雄と慕われ、悪い魔法使いを踏み台にした、くだらない幸福の始まりハッピースタートを作りあげた非道の王子さまがこの“偽りの日本最強”だったという訳だ。

 どうしようとイカサマはいつかばれる。それをこの馬鹿な王子さまに教えてやる。正義を信じる非道な王子さまの幸福な始まりハッピースタートから不幸な結末バッドエンドに王子さまを叩き落としてみせる。悪い魔法使いが、“最強”であるべきだと信じる、悪い魔法使いの一つの駒が全てを変えてしまうことがあるように、堕としてみせる。

「お前のどこが“最強”だ! お前は“最弱”だよ、最低最悪の、なっ!」

 そう吼える少女は見せたことの無い満面の笑みで――ヒトを殺す。

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