第4話 少女の敵 其の六
ザッざっざッザ、と、リズムを刻むように同じ動きをしながら動く歩兵たちに気づかれないように気配も息も殺して物陰に隠れる少年。
自分の一番の得意技である鬼弾が効かない相手。そして自分を殺そうとする圧倒的な少女の殺気に、すっかり参っていた。
少女がどうして自分に対してこうも敵意を通り越した“殺意”を持っているのか、どうしても彰には分からなかった。少女の生み出した歩兵は戦場に生きるモノ全てを消し去るように、動く殺人木人のように感情の一切がない、その恐怖に押しつぶされる。
それでも、少年は立たなければならなかった。
少女がいくら自分を恨もうとも、立たなければならない。頭で考えても仕方がないなら、直接聞けばいい。虫のいい話かもしれない、でもどうしても聞かなきゃいけない。理屈よりも先に感情が働くのはまだ、自分の心に余裕があるからかもしれない。
自らを信用してくれたあの女の子のためにも自分が動かなければ助けることすら出来ない。
蓮水から話を聞こう。
アリスを助けよう。
「どうして、こうも人外を恨むのか、この俺を恨むのか聞きたくなった」
だから、
今は、
戦おう。喧嘩を買って、話を聞いてみよう。
さいころをその場に置くと、体勢を低くしたまま駆けた。さいころが安物のロケット花火のような軽い爆発音が鳴ると同時に宙に白い光が放出する。
と、同時に、歩兵たちが空に目をやる。その隙が木人の限界だった。意思のある人間と意思のない木人の差だった。
彰は歩兵たちに近づきながらさいころを放り投げる。さいころは水上を弾く飛び石のように、地面を弾き、歩兵の目の前まで風を切るように、飛び跳ねる。
さいころは彰が望むように回転し、彰が望むように彰の手の中に飛び込んでくる。
鬼弾が効かないならそれ以上の威力のある一撃を加えればいい。放出系の霊力が効かないなら打撃系の一撃を与えてみればいい。
寸先まで歩兵との距離を詰めると、彰はさいころを取った手に力を込める。歩兵の振り向き様を狙った一撃!
歩兵は避けることも出来ずに、彰の一撃を受けなくてはならなかった。ただ無様に、ただ、壊れるほどの衝撃を!
「賽の式・四、『剛』!」
一体の歩兵の振り向く顔を目掛けて振りかぶった彰の一撃は歩兵が木人であることを証明する形となった。木はめきめきと音を立てながら朽ちていく。めり込む拳は、その形を壊し、衝撃は木で出来た歩兵を中から外へと逃げる衝撃に変わる。その衝撃に耐えることも出来ずに歩兵の木人は朽ち、その形を終焉させる。
一体の歩兵が彰の姿を見つけると、手に持った剣を構え、更にもう一体の歩兵がその剣を持った歩兵を庇うように、自分の姿が覆い隠されるような巨大な盾を持ち、剣を持った歩兵の前に出る。
まずは一体の歩兵を破壊したことに、安心していたが、歩兵は残り八体もいることに警戒はしていた。歩兵のそれぞれが違う武器を持ち、それぞれの役割を果たす。木人とはいえ、訓練された兵士のような統率された動きについていくほど、彰は戦い慣れはしていない。
歩兵の一人が槍で彰の体目掛けて、伸ばすと、彰は体を捻りながら横に飛ぶ。
槍をかわしても、次の斧を持った歩兵がその斧で彰の頭蓋骨を粉砕しようと、斧を振り下ろす。
それよりも早く、彰が斧を持った歩兵の脚を自分の足で払うと、そのまま立ち上がり、また町の中に消えていく。
この人数差なら基本的な攻め方はヒット&アウェイが一番だ。一体を潰し、そのまま姿を晦まして、それの繰り返し。まともに相手にするだけ無駄だ。
歩兵は人間と同じような視界であることが先ほどの距離の詰めと、上空に飛ばした鬼弾の光で確信した。前を見れば後ろを見ることは出来ないし、上を見れば下を見ることも出来ない。人間となんら変わりのない視界。あくまで人間をモチーフにした木人。付け入る隙はいくらでもある。焦らず、確実にいけばいい。
(やれる……)
鬼弾が効かなかった時はかなり焦ったが、『剛』なら効いた。おそらくは放出系の霊力には何かしらの抵抗みたいなものでもあったのだろう。でも打撃系の霊力なら効く。
それが分かっただけでもよしとしよう。それに早く、歩兵たちを何とかしなくてはならないことに変わりはない。式神がやられたんだ。何かしらの方法でこの情報は蓮水の元に届くはずだ。どこでやられたのか、という最悪の情報が――
位置を割り出される前に歩兵たちの数を減らす。一体でも多く、
「賽の式・四『剛』!」
減らす必要がある。
一体を後ろから襲撃する。歩兵は後ろからの一撃に耐えることが出来なかった。これで残り七対。そしてその体勢を崩す前に、前に飛び込み、歩兵の足元に着地する。そのまま拳の中にあったさいころの残りの霊力を搾り出して、もう一体の歩兵の顎の辺りに立ち上がりながらアッパーカットをお見舞いする! 残り六対。
そして崩れる体勢のまま後ろに飛ぶと、再び、歩兵から離れる。
彰は走りながら蓮水の言葉を思い出していた。
(そういえば俺のことをイカサマ師だって……、)
自分の望むようにさいころの目を出す。そんな人間離れしたこのカラクリにあの少女は気づいていることになる。
「見つけたぞ、“偽りの日本最強”!」
走る目の前にその少女が立っていた。今、この状況では、まだ会いたくない少女が。
「何体か歩兵がやられたみたいね、……確かにお前を舐めていたな。鼠の飼い主は狐だったか、それとも狸か? どっちにしろ、お前を舐めるのは止めだ」
怒るか悲しむかどちらの表情か、その少女の顔は引きつることもせずに、ただ、無表情だった。
「これ以上時間をかけても、歩兵たちでは、お前に勝つなんて出来ないな、さすが最弱だ。糞の役にも立たない、ま、あんたはそれ以下だけどな……解除」
そう蓮水が言うと、彰を追っていた歩兵たちが一瞬にして消えて、一つ一つが一個の将棋の駒に戻った。
不敵に笑う蓮水の手元には“金”の駒があった。