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第4話 少女の敵 其の一

 一月二〇日から二月十八日生まれの水瓶座の貴方の運勢は現世において絶対最強の日! 今日、行動を起こすのは吉、いーや大大大吉の最強日! 恋愛運仕事運健康運においてこの日よりもいい日など貴方にはありえない! だから何かをするのはこの日にしましょう。好きな女の子、男の子に告白して青春を謳歌するのもよし。でもあまりにも謳歌しすぎて他人の嫉妬を受けてしまうのもどうかと思うからほどほどにしておけよ! お姉さんとの約束だぞっ♪

 そんな怪しい宗教にでも誘うような言葉をさぞ楽しそうに垂れ流したテレビ局を軽く恨みながら一人の少年が町の大通りを走り抜けていた。

「運は確かにいいのかもしれない。でも――さ、」

 ぼさぼさの茶髪を掻きながら少年、青鬼彰は走りながら今朝見たお天気お姉さんの『幸せのための絶対最強の占いコーナー』なんて言う今だに世間の占いブームに乗っかった朝、テレビを付ければどのニュース番組にもあるような信用の欠片がこれっぽっちもない誰が考えてるのかよく分からない占いコーナーことを思い出していた。

 青鬼彰は確かに運はいい。ちょっと調子に乗っていた時に気の迷いで買った宝くじが四等(一〇万円くらい)当選したこともある。ちょっと喉が渇いたから近くにあったルーレット付きの自動販売機で一二〇円分の缶ジュースを買えばルーレットがまさかの確変状態に入ってしまい二〇倍の二四〇〇円分の缶ジュースが荷物になったこともある。そう、運だけはこの少年のとりえだった。神様がえこひいきでもしているように少年が願えば運が傾く、――はずだった。

 はずだったという理由わけが今まさに彰を追いかけてきていた。

「待て! 待てっつてんだろうが、青鬼彰!」

 後ろをちらりと振り返ってみる。確実に距離が縮まっていた。彰の後ろには白いジャージ姿の女が鬼の形相で追いかけてきていた。

「これはないだろ! 何が絶対最強の日だよ! 絶対最悪の日だよ! 真逆だよ、もう信じないからな! 見ないからな! あのいんちき低俗占いコーナーなんか!!」

 この状況のどこが絶対最強の日なのか、あの占いコーナーにクレームの電話を一〇件ほど抗議したくなる。走りながら逃げる少年は目の前に転がる青いポリバケツを蹴り上げる。

 日曜の昼から追いかけっこをする羽目になるとは彰自身思っていなかった。ただ町をぶらぶらとして、適当に時間を潰そうと思っていただけなのに全力全開で町を舞台にした壮大な鬼ごっこをする羽目になると誰が思おうか。

 人がうじゃうじゃいる町の大通りを人を掻き分けて高速で通り抜けていく。彰の思惑はこうだった。とにかく人が多いところを何度も通り人ごみの中に紛れ込んで消えるという姑息な手段を考えてはいたのだが、

「逃げるな! 待て! っ――、邪魔だ!」

 この考えが間違いだったことに町を何周かして気づいた。彰を追いかけていた彼女が目の前に塞がった人を力強く右腕で払いのける。そういえば彼女が迷路を解いていた時に名言が生まれたのを思い出した。『道は俺が作る、邪魔なものは全て排除! 排除!! 排除!!!』そう言った彼女は迷路の道を消しゴムか何かで消していたのを思い出す。

 今まさに彼女は道を作っていた。目の前に塞がる人を腕で払いのけ、まっすぐ彰に迫っているのに対し、彰はハエのように右往左往して人をよけながら進んでいる。真っ直ぐ突き進むのとちょこちょこ右に行ったり左に行ったりとどちらの距離が短いかと聞かれれば、そんなものはクイズにならないくらいに簡単だった。足の速さが同等ならば当然、

「捕まえたぞ、青鬼彰」

 彼女に追いつかれるのは必然。鬼ごっこは彰の敗北で幕を閉じた。


「言い残すことはあるか? 青鬼彰」

 近くの彼女の家まで連行された彰は壊れた人形のように抵抗の色さえ見せずに彼女に従った。彼女に抵抗すれば痛い目に遭うのは目に見えていたから。

 部屋の中は脱ぎ捨てられた下着やらタバコの吸殻の山がいくつもあったり、ビール缶が部屋を埋め尽くすほどにあったりと、独身女性の部屋という感じの部屋だった。下着が脱ぎ捨てられているのも彼女は気にもしない様子で、

「言い残すことはあるのか? 俺の授業をボイコットしてくれた青鬼彰くん?」

 年中敷いているのか少し湿った布団の上で正座をしていた彰が彼女を見上げて、

「……ありません」

 顔を俯かせたままそう返事をした。目の前にいる彼女は佐倉唯さくらゆい。彰の学校の担任。

 佐倉は正座で座っている彰の目の前に座り込み、あぐらをかくと煙草を吸い始める。ぷはーっと、白煙を口の中から吐き出すと、

「お前の本業は何だ? 仕事か? 学業か?」

 佐倉が彰を連行した理由がこれだ。佐倉は彰がどういう家系で何をしているのかも全て知っている。それでも佐倉には許せないことがあった。

「学業です、はい」

 自分の授業に出てこない奴がどんな言い訳りゆうを重ねようとそれはまったくの無駄に終わる。

 それでも多少は言い訳りゆうをしたくなるのが心情というものだ。その言い訳りゆうがどれだけの効果をもたらすのかはどうでもよくて、心を落ち着かせるための材料にはなる。

「せ、先生……ひとつ質問いいですか?」

 びしっと授業参観に来た母親の前でいいところを見せようと答えも分からないのに手を上げる子供のように迷いなく上げた手を佐倉は息を吐きながら、

「何だ?」

 仕方なく指差した。

 頭の中はすでにパンク状態で何を言うべきなのか分からなかった。彰はとりあえず頭の中に浮かんだ言葉を口にすることにした。

「僕が助かる可能性は何パーセントほどありますでしょうか?」

 目の前にいる体育教師のような風貌の数学教師に彰は答えを求めた。返ってきた答えは求める数字の五〇パーセント以上ではなく、

「ゼロ」

 笑顔の佐倉はそう言い彰に立ちふさがる。

 目の前にいる佐倉の正体があらわになる。佐倉の頭には人間にあるべきではない鬼の角がぼんやりと佐倉のぼさぼさの頭に視覚できた。

「優しい俺はどんな悪党でもこう言ってきた。仏のような笑顔でこう言ってきた、一発で勘弁してやる、と」

 そう言いながら佐倉は右の拳をふるふると震わす。その拳がどこを捉えているのかと言うのは因数分解などよりも簡単で、

「ちょ、まっ――」

「歯ぁ食い縛れえ!!」


「お前をここに連れてきたのには理由がある。だからそんなに痛がんな! 俺が悪者みてーじゃねえか! お前を殴ったのはついでだ、つ・い・で!」

「普通ついでで人の顔面を思いっきりぐーで殴りますか! ジャイアニズムMAXのわんぱく坊主ですか! 鬼ですか!」

 顔をすりすりと摩りながら彰は佐倉に言う。すると佐倉はにっと笑い、

「鬼だよ、知ってんだろ?」

 佐倉は自分の頭の天辺にある人間にあるべきではない角を細い指で指し示す。彰の視線がゆっくりと佐倉の頭の上に移る。彰の視線が頭の角に移り終わるころに佐倉の煙草が小指の第一間接よりも短くなった煙草を何一〇ほどに積まれた煙草の山の底辺に微かに見えた淡い緑色の灰皿に突っ込む。そしてもう一本の煙草にまた火を付ける。

「生徒の前でよく何度も煙草吸えますね」

 彰が呆れるようにそう聞くと、

「煙草は俺にとっちゃ空気を吸うのも同義なんだよ、吸わなきゃ死んじまうんだよ。俺は誰の前でも煙草は吸うぜ。陰湿な教頭の目の前だろうと瞬鬼様の目の前だろうとな。ま、お前の前じゃ何の気兼ねなんかありゃしないがな」

 佐倉唯と言う人物はこういった人だ。

 教師という立場でありながら自由奔放というか傍若無人というか、とにかく自分が大好きな人には変わりない。そして彼女は人間ではない。人間に角が生える訳もないのだから佐倉の頭の上にある角こそが彼女が人間ではないと証明している。彼女の本名は唯鬼ゆき。元々は青鬼に従える鬼だったが、佐倉が従えていた契約者が死んでからは霧ヶ崎町の教師になった。この風貌でかなり頭がいいので教師になるまでそれほどの時間はいらなかった。時間がかかることと言えば、やはり人の中に紛れ込むことだった。

 この町は人と人外の者が共存している。ただし、青鬼と赤鬼の者意外の人間は町に人外がいることは知らない、知ってはいけない。それが人間側に対するルール。

 人外がもし人間に存在がばれてしまうと青鬼にある鬼門から町を出て行かなければならない。そして二度と町の敷居をくぐっちゃいけないっていうルール。あともう一つだけ人外にはルールがある。それが佐倉の右指にはめてあるシルバーリング、これで人外がどこにいるのかを青鬼の現当主である青鬼春が把握出来るように。この町に住んでいる人外は常に監視されているようなものだ。暮らしにくいと言えばそのままだが、今まで一度も文句を言いに来た人外は一人もいない。意外に満足しているのだろうか。

「で、だ、彰」

 二本目の煙草をぷかぷかと吸っていた佐倉が一冊のノートを渡してきた。少し古びているがまだ使えそうなノートだ。彰がそれを受け取って中を見てみると、

「名前?」

 人物の名前がぎっしりと書き込まれていて、何人かの名前の上には黒い線が引かれていた。まるで、

「気づいたか? そこに書かれているのはこの町に住まう人外」

 佐倉の言葉に心臓が鷲づかみされたような妙な悪寒が走った。自分が想像した答えがもし当たっていたならば、どれだけ怖いものかを一瞬想像してしまう。その恐怖を振り払うように首を横に振ると、

「この線って何? まるで……」

「お前の想像通りだよ、線が引いてある名前の奴はいなくなった、ぱったりとな」

「いなくなったって……、旅行――とか?」

 空気が重くなり始めたので少し和らげようと軽くボケというものをやってみたのだが、どうもそういう空気ではないらしい。佐倉は目を細め、

「冗談は止めとけ、マジだからな」

「マジ……ですか」

 佐倉の目に引き込まれそうになる彰は冗談やらを言う空気ではないな、と、もう一度佐倉に渡されたノートに目を通す。

 いなくなった人外に共通点は見当たらない。男だったり、女だったり、大人だったり、子供だったりとばらばらだった。唯一共通点があるとするのならこの一点だけ、――全てが『人外』であること。

 でも『人外』だからいなくなったなんて、『気に入らなくなったから捨ててしまおう』なんて我が侭な子供の言いそうな理由だ。そんな理由で町に住む『ヒト』を消していい理由などとは思えない。もし、そうだとしても理由はあっても、目的というものが存在しなくなる。自分たち人間は生きると言う目的のために牛や豚などの動物を殺すことは確かにある。でもこうも無差別に『人外』を消してしまうことに対しては納得することなど出来ない。

「ま、お前を呼んだ理由てのがこれだ。……はぁ」

 佐倉は煙草を灰皿に突っ込むと大きくため息を吐いた。

「情けないよな、ほんと……」

 そう言いながら佐倉は三本目の煙草に火をつけ始める。煙草の煙を天井に向けて大きく吐く。もわもわと天井周辺に白煙がたまり始める。

「お前に仕事なんか頼むまで落ちぶれちまったか、俺も」

「それは俺を馬鹿にしてると受け取っていいんですか?」

「ご自由に。ま、――頼むわ。仕事の内容はなんとなく察してくれたかよ」

 最後の煙草をまた山盛りの煙草入り灰皿に突っ込む。彰は煙たそうに小さく咳き込むと、

「なんとなくね」

 佐倉の部屋を出て行こうとしたとき、彰の後ろからまた煙草に火をつける音がした。

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