第二話 同じ年の彼女
取り残された私は、気分転換に、1キロれた公園へ向かっていった。そこには水飲み場があって、普段公衆便所の洗面台の水しか飲んでなかった私にとって、水自体は同じなのだがなぜかおいしく感じるのであった。
水を飲んだ後、ふと目をやると別の一人のホームレスを見かけた。
なんと女性である。
女性のホームレスはいることはいるのだが、多くは50歳以上の老けた女性が多い。
しかし彼女は同い年っぽく見える。
私は意を決して、その女性に近づいてみた。
その人は眼鏡とマスクを着用し、ほぼ顔を隠していた。
しかしマスクや服などにカタカナで名字が書いてあった。
私は名字を見て、思い当たる節を感じた。
なんと、うろ覚えながらも高校時代の同級生と苗字が一致したのだ。
意を決して彼女に話しかける。
「あのー・・・ 西本ひとみさんですか?」
彼女は後ずさりをして、こう言った。
「何で名前を知ってるの?」
と。
慌てて私が
「私は松田真一です。ほら、高校時代の同級生ですよ」
と言った。(と同時に警戒されてるかもしれない・・・と思った)
彼女はしげしげと無精ひげが生えた私の顔を見つめて
「あら。松田君・・・だったっけ?面影があるじゃない。確か同じクラスだったわね」
と答えて、手袋を脱いで握手を求めてきたのでそれに応じる。
彼女の手は、年中手袋をしてるせいか、そんなに汚れていなかったが、爪が伸びていた。
同じく爪が伸びてた汚れている私の手とは大違いである。
そして彼女に
「あんたもホームレスじゃない」
と言われた。
そう言われると、こちらはぐうの音も出ない。
確かにホームレスなのは、だれの目から見ても明らかである。例えば着てる服は着たきり雀で、あちこちに細かい穴や擦り切れ、ほつれが目立ち、袖のボタンは一部がなくなり、しかも「汚れた服を重ね着」していたため、一層貧しく見える。一方の顔は薄汚れていて、髪の毛は切っているものの、洗ってないのが明らかにわかる。顔は無精ひげが目立つが、心の中では「人生の負け組になってない」と思っている気持ちを一瞬のうちに壊された一言であった。
そんな彼女も一発でわかる、いや、むしろもっとひどい格好だった。
かけている眼鏡は曇りまくって、見えているのか心配になりそうで、スカートの前には魚市場で使うゴム製の前掛けを、後ろにはひざ掛けをぐるりと体に回し、下にはいているスカートとジャージは前掛けとひざ掛けの隙間から破れているのが丸見えで、上着に目をやると、穴の開いた雨合羽のフードの継ぎ目から洗ってない縛った髪が伸びていて、上半身はこの季節には似つかわしくない厚手のジャケットを着ていた。この時期は暑いのか、開けている雨合羽の隙間から見える、中に着ているブラウスはうす汚れており、しかもボタンが取れている場所があり、さらに穴の開いたビニール手袋をはめ、履いている長靴も裂け目があるなど、全般的に「薄汚れた」感が強い。
彼女は私に気を使って
「飯、毎日食べられてるの?」
と聞いてくる。
私は答えた。
「毎日じゃないけど何とか・・・」
その言葉を聞いた彼女は
「ついておいで、魚を食べさせてあげる」
と言って、台車を押し出した。
その台車には彼女の生活用具が詰められていた。
「生活道具」とは言っても、あちこちから拾ってきたものが所狭しと入っている。
しかしそれらは整然と整理されており、 彼女の性格が表された一面だった。
もう何十年前になるだろうか、彼女の家は「母子家庭」で育っていた関係で持ち物が少ないながらも整理整頓だけはしっかりしていた。
私も家が裕福でないから持ち物が少なかったが、整理整頓ができてなかったことを思い出しながら、彼女に
「相変わらずきちんとしてるね」
と言った。
それを聞いていた彼女は、少し表情が緩んだ顔を見せた。
フードと帽子を頭にかぶり、顔は眼鏡とマスクで隠れているのに、何故か表情がわかるような感覚に浸っていた。
しばらく歩くと目的の場所へ到着した。
魚市場である。
ここで廃棄される魚や野菜をとっていこう・・・という目論見である。
彼女は
「ここで待ってて」
と言うと、私に荷物である台車を取られないように留守番しておくように頼んだのだった。