第十九話 家を取るかホームレスの絆を取るか
彼女が驚いた
「本当にそんなことができるの?」
と。
夜回りの人は
「入籍したらいいんです」
と答えた。
彼女は
「つまり、私と松田君が結婚するということですか?」
と答えた。
夜回りの人は
「婚姻関係を持てば生活保護を2人とも受けられるのが可能です」
と答える。
彼女は、一瞬、頭がぼーっとした。そして照れた。
おっちゃんは
「わしの人生は残り少ない。生活保護なんて今更受けられても何の得でもない。第一、私がホームレス生活してるのは煩わしさが嫌いだからだよ」
と夜回りの人に告げた。
私は困った。
ホームレスでありながら3人の「絆」を取るか、それとも先にホームに住むか・・・という問題である。
私はしばらく考えた。
(今いる絆を壊したくない)という思いと(現実を見てホームレス生活から脱却を図るか・・・)である。
しかも彼女と結ばれるのだ。お互い仲が良いため、結婚してもやっていける感触はある。しかも、おからを取りに行った豆腐屋さんに「働かないか」と言われている。
(でもおっちゃんは?木崎君は?別れたら別れたで寂しくなるな・・・)との思いが頭をよぎる。
私は夜回りの人に
「しばらく考えさせてください」
と告げる。
おっちゃんは
「わしの事はいいから、彼女と一緒にやっていってもかまわないよ。仕方ない」
と告げた。
彼女は無言だったが、彼女も悩んでいる様子が手に取るようにわかる。
そしておっちゃんと彼女と夜回りの人が
「また来ますから」
と言って、病院を後にした。
そして北里公園では、彼が1人で帰りを待っていた。
公園に着いたおっちゃんと彼女は彼に対して
「ホームレス状態を抜け出せるかもしれない」
と告げた。
彼は夜回りの団体が信じられないようで
「あいつらの言うことを聞くのか?」
と、口走ってしまった。
何せ、(途中まで)施設育ちの彼である。
集団生活の苦しさは、よくわかっている。
そして
「あなたら、何も食ってないんだろ?」
と問いかける。
実は夜回り団体からおにぎりを貰っていたので腹がすいてない。
それを隠すようにして
「食べ物を取りに行きましょ」
と彼女が言った。
数日後。
私の退院のスケジュールが決まった。
病院を出たらアパートに引っ越せるよう、夜回り団体の人が動いてくれたのだ。
私は退院の準備をする。
服は夜回り団体からもらった服に着替えるが、サイズが合わない。
「まいったな・・・」
と団体の人が言う。
仕方がないので、もと着ていた服を洗って着る羽目になった。
そしてアパートに入る手続きをしよう・・・としたのだが、役所で本人の面接が必要とのことで、うまくいかない。
夜回り団体は、このまま私を路上に戻さない(のが仕事である)つもりだったが、私は路上に戻ってもかまわないと思っていた。
路上から脱出するときは、4人一緒で・・・という気持ちが強いのだ。
その気持ちを汲んでくれた夜回り団体の人に、私は感謝していた。そして4人一緒にホームレス状態から脱出することは「難しい」と感じていたのである。
特にホームレス状態が長いおっちゃんや、施設が嫌いな彼などがそうである。
しかし時は無常に過ぎていく。
退院の日を迎えた。
私は結局、公園へ戻ることに決めた。
1人だけアパートに入るより、ホームレスの絆を選んだ。
夜回り団体の人は
「これから寒くなるのに路上で過ごすのですか」
と私のとった行動に対して呆れかえっていた。
公園まで車で送ってもらう。
「本当にこれでいいのですね」
と、団体は何度も聞き返す。
私は
「仲間を裏切ることはできません」
と言い切った。
団体は
「こちらでも4人全員がホームレス状態から脱却できるよう考えています。週1回は必ず訪れますから」
と言って別れた。
おっちゃんは
「お帰り。っていうか、どうして公園へ戻ってきたの」
と言ってきた。
私は
「ここに集まる4人は家族同然ですから」
と言った。
彼女も同意する。
彼女は一緒にホームレスから脱却できる可能性があったが、私がホームレスを選んだことについて
「松田君の優しいところは変わってないね」
と言った。
彼は
「結局戻ってきたのか」
と、ぶっきらぼうに言う。が、内心は嬉しそうだった。
再び4人での生活が始まる。
私は複雑な気持ちにさいなまれていた。
もちろん、まだアパートに入る可能性はある。
しかし、みんな一緒に・・・という訳にはいかない。
そんな私の気持ちを分かってくれているのはおっちゃんと彼女だった。
特におっちゃんは
(わしがいるから兄ちゃんはホームレスになる道を選んだ・・・)と思い、罪悪感にさいなまれていた。
その時おっちゃんはふと思い出していた。
それは私が入院中の時である。
彼と駅前のファーストフード店で残飯を漁ってた時だった。
一人の男にいきなり声をかけられ
「生活保護を受けてアパートに住みませんか」
と言われたことである。
おっちゃんはその時は「危ない」と思って断ったが、今は(声をかけられたらそこの団体にお世話になろう。その方が兄ちゃんや彼女のためになる)と思っていた。
その時彼はおっちゃんに
「嫌な予感がする」
と言われてしまったが、(私と彼女の幸せを考えたらこの方法しかない)とも思っていた。
そして
「あんちゃんも来るか」
と彼に問いかける。
すると
「俺はいかない」
と言ってきたので、おっちゃんが1人で行って来よう・・・とした。
しかし、彼はおっちゃんに
「騙されると思う」
と言って、引き留めよう・・・としたのだ。




