第十二話 4人が住む場所
私と彼が会話を交わしていたちょうどそのころ、彼女はお湯が入った鍋と風呂桶を公園の公衆便所に持ち込んだ。そして彼女が言う。
「このお湯、もったいないから体を洗うわね」
と言って公衆便所の鍵を閉めた。
いくらたくさんのお湯とはいえ、4人分にしては足らなさすぎる。そのため彼女は服を脱ぎ、あらかじめ用意した風呂桶に水を入れ、そこにお湯を入れてちょうどいい温度にしてからボロボロになったタオルを用意した風呂桶につけ、小さな石鹸をつけ体をこすり始めた。
ボロボロのタオルから垢が少し落ちる。彼女にとって久しぶりに体を洗うのだ。
数分後。彼女が公衆便所から出てきた。
彼女は機嫌がよさそうにしていた。しかし、この先の季節は寒くて体も洗えない。ホームレスが生きていくには寒すぎる冬の足音が近づいている。
続いて体を洗うのは、私である。
本当は年長者のおっちゃんが入るべきだが嫌がって入らない。
おっちゃんは大の「風呂嫌い」でもあるのだ。
彼女は、おっちゃんが体を洗わないことを咎めなかった。おっちゃんは普段、スプーンで体をこすって体の垢を落としていたので、特にお湯をかぶることはない・・・と判断したようだった。
そして私が公衆便所に入った。
お湯を使って体を洗うのは久しぶりである。おっちゃんと一緒の時は、乾布摩擦の要領で体をふいていたが、それでは体の汚れは落ちきれない。
たくさん入っていたお湯も、私が入ったときはすでに3分の2にまで減っていた。
「今日こそは、頭を洗う」と決めていたがこの量では無理だった。
仕方がないので頭を洗うことをあきらめ、お湯をうまく使い、久しぶりに体を洗った。
お湯は4分の3に減っていた。
服を着るとき、少し寒気がした。あまり温まっていない証拠である。
私は思わず
「うーっ 寒っ」
と思わず言ってしまった。
そして彼の番である。が、彼はおっちゃん以上に「風呂嫌い」だった。
彼は
「寒いのはやだ」
と言って公園から逃げ出そうとする。
そして彼を追いかける彼女と私。すぐに彼は捕まった。
彼は観念したみたいで、彼女と一緒に公衆便所に入る。
彼は3年以上風呂に入ってなかったので、体を拭いても汚れが落ちない。
「ほら見ろ!寒いだけじゃないか!」
と文句を言う。
お湯は完全になくなった。
彼女はお湯が入った鍋と風呂桶を水でゆすいで台車にしまう。
私はふと、空を見上げた。
今にも雨が降りそうなくらい曇っている。
「曇ってきたわね」
と彼女が言う。
「雨が降るなぁ」
とおっちゃんも空を見上げて言った。
私も
「降りますね」
とつぶやく。
おっちゃんと私は傘を持っているが、彼女と彼は傘を持ってない。そこで私が彼女に
「折り畳みなら傘を持ってますけど・・・」
と彼女に言った。
彼女は
「ありがとう。でもいいよ。雨合羽着てるから使わないと思うけど・・・」
と返事する。
この公園の一部にブルーシートのテント小屋が何軒か立っていた。私はそれを見て、心の中で(こんな時はテント小屋でもあると雨風をしのげるのになぁ・・・と)思ったがなぜかここに集まった私を含め4人はテント小屋を建てない。
ホームレスの中でも「テント小屋で過ごす派」と「テントを持たない派」の二種類あるという。彼ら3人は「持たない派」に当てはまる。
私は「持たない派」のおっちゃんにホームレスの過ごし方を教わったせいか、「持たない派」しか知らなかったが、時々(屋根のある個室を持ちたい・・・と)そう思う感じが強いのだ。
私の心の中で(なぜ建てないのか・・・と)不思議に思ったが、それを聞く勇気が私にはなかった。
同じ聞くなら彼女に聞いてみよう・・・と、私は彼女に問いかける。
「なぜテントを立てないのですか?」
彼女からこう返事された。
「だって、テントは撤去されるからよ。撤去されてまた組み立てるのは面倒くさいじゃない。だたら私は、台車持って放浪してるのよ」
と、ほくそ笑みながら言った。
おっちゃんも横で頷く。そのあと
「どこでも寝られるのがいいんだよ。な」
と言う。
彼も「そうだ」と同意する。
しかし、私はホームレス経験が浅いのか
「雨が降ったらどうします」
と逆に質問する。
返ってきた答えは「雨が降ったらその時考えるさ」ということだった。
おっちゃんは割とのんきな性格をしている。わたしの心配事をやんわりと払拭しているのだった。
そうこうしてるうちに雨が降り出した。私とおっちゃんは傘をさす。
大変なのは彼である。
彼は雨具を一切持たず、濡れるに任せていた。
足元のレジ袋を巻き付けた部分から雨水が容赦なくしみ込んでいる。
彼はたまらず
「水が入ってくる」
とつぶやいた。
彼女はすかさず
「これ履いて」
と彼に長靴を差し出す。
雨が強くなってきた。
彼は
「仕方ないなぁ」と言って足に巻き付けたレジ袋を外し、長靴をを履いた。そして私が
「似合ってるじゃないですか」と声をかけ、傘を渡した。
彼は「ありがとう・・・と」小声で言った。そして
「あそこなら濡れずに済む」と言って歩き出した。
それを追いかける私達3人。
おっちゃんは知らないが、彼女がよく行く魚市場の近くに高架道路が通っていて、それの下が多少広くて、絶好の雨宿り場所になっていたのだ。
私達4人はその高架道路の下に着いた。雨は予想以上に強く降っている。気温もぐんぐん下がり、肌寒くなってきた。
今夜の寝場所はここになろそうである。私が持っている段ボールは濡れて使い物にならない。また彼女の段ボールを借りる羽目になった。
私は(今日はここにずっといよう・・・と)思っていた。
しかし彼女と彼は
「飯取って来るね」と言って、強い雨の中、街中に消えようとしていた。
その時彼女は私に台車の管理を頼んでいた。
私は
「こんなに雨が降ってて大丈夫ですか?」
と聞く。
すると彼女は
「雨降りだから、コンビニの(廃棄された)飯がいっぱい取れるのよ」
と言った。




