上坂中央ドーム2
上坂中央ドームでは今でも生存者が広い会議室や個人の楽屋などで立て籠もっていた。此処のスタッフ、役員、プロデューサー、そしてMSSグループのメンバーも居た。
「クソ、一体いつまで此処に居れば良いんだ」
その中で広い会議室に逃げ込んだ小太りの役員がスマホを片手に忌々しげに呟く。だがその言葉に反応する者は居ない。変わりに啜り泣く声や溜息しか返って来ない。更に奴等がドアを叩き続ける音がずっと続いていた。そんな中、彼等は奴等が現れてから丸三日間何も食わず過ごしている。救いと言えばトイレが有った位でしか無い。
最初はMSSグループのライブイベントは順調に進んでいた。しかし観客の歓声が徐々に悲鳴に変わり始めた所から不審に思い始めた。たがその頃には全て手遅れだった。怪我をした人はスタッフに助けを求め、スタッフはそれに対応する。勿論殺傷事件として警察にも連絡をしようとした。だが警察と救急車に連絡を入れるも一度も繋がる事は無かった。そうこうしてる間にも怪我人が奴等と化しスタッフに襲い掛かる。この時点でライブ続行は不可能となっていた。
生き残ってるスタッフはMSSグループのメンバーを逃がそうと裏口に誘導する。だがライブイベントで出ていた大音量の音楽が奴等を色んな所から引き寄せていた。奴等から逃げる途中何人も犠牲になった。MSSグループのメンバーですら1/4しか生存を確認出来ていないのだ。
結果として上坂中央ドームから逃げる事が出来ず立て籠もるしか方法は無かった。だが非常食なんて持ち合わせてる筈も無く、徐々に死ぬ時間が彼等に迫っていた。
そんな時だった。突然パンッと言う音が聞こえた。更にもう一度鳴る。誰もが机や椅子で塞いだドアを見つめる。
彼等の目の前に現れる人物が救いの手となるかは彼等自身だと思いもせずに。
……
銃声によって奴等が引き寄せられたが押し潰される前に移動する。そして漸く明るい通路に出る事も出来た。通路を見れば奴等が幾つかのドアを叩き続けていた。そんな奴等の背後に回り込み警棒を取り出し、そのまま奴等の頭部に向けて思いっきり上から振り落とす。鈍い音と共に奴等がフラつくが倒れる様子は無い。なら倒れるまで何度も叩くだけだ。
そして見える範囲の奴等を倒し終えた頃には警棒も変形してしまい使い物にならなくなった。だが、これで漸く生存者達とご対面出来そうだ。
会議室と書かれたプレートがある部屋のドアをノックする。暫くすると何かを退かす物音が聞こえる。そしてドアノブが動きゆっくりと少しだけドアが開き若い男性の方と目が合う。
「あ、こんにちわ」
「あ、どうもです」
俺達は頭を軽く下げながら実に日本人らしいやり方で接触したのだった。
「えっと、其方は無事ですか?」
「はい。唯食料が無くて…」
「何人居ます?結構持ってきてますから」
俺はリュックから食料を取り出し生存者達に渡す。部屋の中からは嬉しそうな声が多数聞こえたから、俺の行動は無駄では無かったのだろう。
「有難うございます!本当に助かります!」
「いやいや、お気になさらずに。所で、二つ聞きたい事が有るんだが良いかな?」
「はい?何でしょう?」
「MSSグループの西蓮寺 澪が何処の倉庫に居るか知ってるかな?序でにその部屋の中にMSSグループの人達は居るか?」
「此処にはMSSグループのメンバーなら二人居ます。唯、西蓮寺 澪の居場所までは分かりません」
男性は申し訳無さそうな表情をする。するとその背後から二人の人影が現れる。然もMSSグループの衣装を着ているでは無いか。
「もしかしてMSSグループの?」
「はい、そうです。先程は食料有難うございます」
「有難うございます」
流石は某国民的有名MSSグループのアイドルなだけあって非常に整った顔立ちの二人だ。
(と言ってもメンバー沢山居るから名前知らないけど)
ぶっちゃけ一番有名人な西蓮寺 澪しか知らないです。でも有名人である事は間違い無い。
「突然でアレなんですけどね。握手とか良いですか?MSSのファンですから」
俺はドアの隙間から手を差し出す。二人はキョトンとした表情をするものの、苦笑いで握手してくれた。
「有難うございます。握手用のチケット持ってなかったけとラッキーでしたね」
「あはは。所で澪を捜しに来たのですか?その、こんな事を言うのは間違ってると思いますが…多分無理かと」
「そうですよ。連絡が途絶えて二日経ってるもん」
「うーん、確かにそうかも知れないな。けどスマホの充電が切れただけかも知れんだろ?取り敢えず何処で逸れたか教えて欲しい」
MSSアイドルの二人は顔を見合わせてから此方に顔を向ける。
「ごめんなさい。私が最後に澪を見たのは此処に来る前の暗い廊下です。多分彼処の何処かで別れたと思います」
「うんうん。彼処で沢山のゾンビが現れて皆…死んじゃったもん」
「そうか。やっぱりあの辺りか。此処に来る途中で暗い廊下で…その、MSSの死体と奴等を何人か見たよ」
「ッ!…そうですか。そうですよね。皆、もう…」
「えと、あの、他の部屋にも後三人居ます!だから、その、助けて下さい。お願いします」
そう言ってから二人は頭を下げる。そんな二人に俺自身の目的を伝える事にする。
「一応此処に来た理由を言っとくよ。最優先の目標は西蓮寺 澪の救出。次点でMSSグループの救出。そして最後に他の人達だ」
そう言った瞬間、中に居る人達が少し騒ぎ始める。
「残酷な事を言ってるのは分かってる。けど、此処に来たのは俺一人だけなんだ。助けようにも限界はある。だから先に謝っておくし言っておくよ」
「そんな!私達を見捨てるんですか!」
「此処まで来てあんまりだよ!」
「落ち着い聞いてくれ。俺は皆を簡単に見捨てるつもりは無い。けど一人だと出来る事には限界はある。それから、脱出するなら何かしらの案を考えて於いてくれ。尤も俺一人で出来る範囲内で頼むよ」
俺はドアから離れようとする。その時、部屋から悲鳴と誰かが倒れる音がする。足を止めて振り返った時に腕を掴まれる。
「君!私達を見捨てる気かね!そんな事が、ゆ、許されると思ってるのかね!!」
小太りのオッサンが凄まじい表情で此方に唾を飛ばしながら吼える。
「ちょ、離して下さい。それから大きな声を出すな。奴等が来る。折角此処の奴等を倒したのに意味が無くなる」
「そんなのは知らん!兎に角先ずは私を助けろ!私はこのイベントの出資者で役員でも有るんだぞ!!」
「そんな事知りませんよ。兎に角腕を離せ。腕が痛いんだよ」
腕を振り解こうするも向こうも必死なので外れる気配が無い。それどころかより力が入ってくる。
「私を助けろ!!!でなければ裁判に掛けてやるぞ!!!」
「裁判所は何処も閉廷してるよ。そしていい加減に腕を離せ!おい!誰でもいいからこのオッサンを抑えろ。これじゃあ助けたくても助けれんぞ」
その言葉に部屋の中に居る人達がオッサンを抑え込もうとする。しかし何処にそんな力があるのかオッサンは彼等から必死に抵抗し続ける。
「助けろ!!!私を!!!私だけ助けろ!!!金なら幾らでもくれてや」
オッサンが言葉を続けようとした時だった。突然誰かの腕が下から出て来てオッサンの腕を掴む。この時、俺達の思考は止まってしまう。何故ならこの下から伸びてる腕は誰の腕なのか。お互いそれを理解出来なかった。
次の瞬間、奴等がオッサンの腕を噛んだ。
「ぎゃああぁぁああ!!!」
「畜生!」
オッサンの悲鳴が辺りに響く。俺はM37エアウェイトを取り出し奴等の頭に至近距離で銃口を向け、直ぐに引き金を引く。奴等は撃たれた拍子にオッサンから離れて床に倒れる。俺はそのまま奴等の頭に更に弾を撃ち込む。
合計3発の弾が奴等の頭に当たり動かなくなる。だがこの死体は先程警棒で倒した筈の奴等の一体だ。まさかあの状態でも動くとは。
(奴等の耐久力を侮ってたツケか。クソッタレめ)
自分は無事だと分かっていた。襲われる心配は無いのも知っていた。けど他の人達はどうだ?普通に襲われて喰われて奴等になる。
オッサンの悲痛な声を聞きながら自分の無力を感じるのだった。