子供達の楽園
スレもひと段落した為タバコに火を付ける。普段は吸う事は無いが暫くはタバコに頼る日々になるかも知れん。
「しかし抗体ね。本当に俺の身体に有るんだろうか?」
自分の掌を見ながら呟く。正直言って信じられないのが現実だ。勿論、俺の身体に抗体が有るなら協力はするつもりだ。だが、もし何もなければ?偶々運良く逃れただけで実際は何にも無かったと言うオチの可能性も有る訳だ。
「まあ、こんな時は寝るにかぎる。少し早いけど寝よう」
結局問題を先送りする事にした。何気に今日は死に掛けたのだ。流石にこれ以上考えるのは勘弁して欲しい。
結局、この日は布団の中にさっさと入り眠りに就いたのだった。
……
高鷲私立学院
此処は学生達が勉学を励む場所。その中で青春を謳歌し恋をし、そして様々な出会いが有る筈だった場所。
だが奴等が現れた時に彼等の日常全てが崩壊した。奴等は躊躇無く老弱男女襲い掛かる。そして襲われた人々は瞬く間に奴等に成れ果て物言わぬ生ける屍と化した。
パンデミック発生前日から意識不明の重体となる人々が急増した為、体育館にて注意喚起を促す為の朝一で全校集会を行っていた。その後は通常授業に戻ったのだが生徒達の話題はその事で一杯だった。
そんな中、授業中に奴等が現れ教員が対応していたのだ。直ぐに生徒達を再び体育館に避難させる指示が出され事無きを得たが奴等に対応した教員は皆奴等に成り果ててしまう。
本来なら此処で混乱が出る筈だったが、生徒会長率いる生徒会を筆頭に生徒達を落ち着かせ対処して行ったのだ。
結果として奴等の侵入を第一校舎と外だけで抑える事に成功した。此れは体育館に剣道部と薙刀部の装備一式が揃っていた事が幸いし、その部員が主力となり奴等を抑え迎撃したのが良かったと言える。
よって、生徒達の生活圏内は体育館と体育館を繋ぐ道の屋根を伝い第二校舎だけとなった。
そんな大人達が居なくなってしまった高鷲私立学院では生徒達だけで生活を余儀無くされていた。それは小さな綻びですらあっと言う間に大きな被害を出す可能性が高い事を意味していた。
「伊澤!お前自分が何やったのか分かってんのか!知らん人を囮にするとか言いながら奴等を引き寄せて!」
「五月蝿え!!!俺は何も間違っちゃいねえぞ。奴等が囮に引っ掛かる筈だったんだよ」
「結果全然駄目だったじゃ無いか。もうお前はお終いだよ。そうやって吠えれば良いと思ってるのも時間の問題だからな」
「んだとお!?やんのかゴラァ!!!」
彼等は食料を調達する班の一つだった。その中に伊澤と呼ばれる少年が居た。彼はコンビニ前で知らない人をバットで殴り倒し食料を強奪した。更に引き寄せていた奴等を押し付けようとしたのだ。もし此処で奴等を押し付ける事が出来れば、同じ班の連中は伊澤の事は黙ってる事になっただろう。
だが実際には奴等は伊澤達を追い掛け、結果一人の生徒が足首を挫いてしまい犠牲を出してしまう。然も学院前での出来事であり犠牲となった生徒の悲鳴が奴等を引き寄せる結果となってしまったのだ。
「ふ、二人とも落ち着きなよ。此処まで来たら正直に話した方が良いよ。じゃないと…此処から追いされるよ」
「…そうだな」
「おいおい、そりゃねえだろ?俺達一緒にやって来ただろうが。ほら一連托生って奴だ」
「その言い訳が会長に通じる事を祈っとけ」
些細な選択の過ちが彼等にとって死を意味する事になってしまう現実。何故なら此処は高鷲私立学院の生徒482名の命を守る聖域なのだから。
何人たりとも侵入を許す事は出来ないのだ。
……
西暦2025年6月13日。
目が覚める。最初に思った事は昨日の出来事は夢だったのでは無いのだろうかと思う事だ。顔を横に向ければ俺のヘルメットの後頭部が凹んでるのが見える。
「はぁ。なんだかなぁ」
俺は朝食を食べる為に準備する。蛇口を捻れば水は出て来る訳だが、何時迄も水が出るとは限らない。そう考えると憂鬱に拍車が掛かる。
テレビを付けるも砂嵐や無人のスタジオが映し出されるだけである。パソコンの電源を入れて動画を見てみる。内容は相変わらず奴等に対処する方法、サバイバル方法、陰謀論、宗教勧誘などなど。前者は良いが後者は何処の場所にも居る様だ。
「今日はどうしようかな。そもそも俺に抗体が出来てるかなんて分かんないし」
唯、奴等に襲われなかっただけだ。それが偶々なのか必然なのかを確認したい。俺は再び外出する準備をする。今回は単体の奴等を見つけてどうなるか確認する。あの日、体調不良で倒れた。その時に俺自身に何が有ったのか。
「さて、行きますかね」
俺は再び外に出る。頼りない防具を身に纏いフライパンを片手にドアに手を掛ける。外は相変わらず静かなものだ。そして奴等を探す為に歩き出す。
周りをよく見渡せば血溜まりも有るし車が道を塞いでる場所もある。だが奴等の姿は見えない。生者を追い掛けたか建物に潜んでるかの何方かだろう。
「そう都合良く見つからないか」
歩きながら呟く。意外と奴等の姿は見えない。ならば多少の外出は大丈夫じゃ無かろうか?この時の俺はそう思ったが、そう上手い話しは無い事をこの後に知る事になる。
暫く歩いてると漸く見つけた。年齢は20後半であろう男性だ。パッと見た感じ壁を見続ける風にしか見えない。しかし左腕から骨が飛び出てるのに平然としてる辺り奴等で間違いないだろう。
俺は深呼吸をしてフライパンで壁を叩く。フライパンで叩いた甲高い金属音が辺りに響く。そして奴等が此方を振り向く。
「っ!?」
男性の奴等と目が合った瞬間悟った。奴等は視覚も有ると。何故なら間違い無く俺の顔を見たのだ。絶対に気の所為では無い。
暫く見つめ合う形になるものの、もう興味が無いと言わんばかりに視線を逸らされる。俺はその時に漸く動き出す事が出来た。
(視覚バリバリに有るよ!絶対にアイツ俺を見たもん!上から下まで確認したもん!)
俺は走りながら逃げる。しかし奴等は突然現れる。先程フライパンで叩いた音は近場に居た奴等を起こす形となったのだ。だが不思議な事に此方を追い掛ける事は無く、音が鳴った場所に向かって行く。
そう、俺の存在は最初から居ないかの様に。
「嘘だろ。本当に、俺に抗体が出来てるのか?」
それか奴等の仲間入りを果たしてるかの何方かだろう。だが俺は生きてる。心臓も動いてるし呼吸もしている。
「取り敢えず奴等に対しては無敵状態だな」
いや正確に言うなら無視状態だな。そんな時、ふと良い考えが思い浮かぶ。俺はスマホを取り出しビデオ設定にして周りを写し始める。そして再び奴等の元に向かうのだった。