西暦2022年5月11日.1
西暦2022年5月18日
俺は朝一で出発の準備をしていた。篤さんから貰った改修仕様のレミントンM870、多数の弾薬、整備道具一式。しっかりとした武装と防具を身に纏い準備を整える。
「最早此処が平和の国日本とは想像出来ねえな」
自身の格好を見ながら呟く。今迄ならこんな格好で出歩いたら警察のお世話コース一直線だったんだがな。
出発の準備が整ったのと同時に相沢家族が見送りに来てくれた。
「もう行っちゃうんですね。私の事は遊びだったんですね。よよよ〜」
「一度たりとも遊んでねえから。純子ちゃんもまたね〜」
「織原君。本当に有難う。然も自衛隊の救出活動の時期まで教えて貰って」
「だけど高鷲警察署の周りは奴等で一杯です。無茶は厳禁ですからね」
「分かってるさ。だけど僕達は織原君と生きてまた会いたいからね」
相沢家族と俺は笑顔で他愛の無い会話をする。だけどいつ迄も続ける訳には行かない。
「食料が有るとは言え節約は必須ですからね。其処は肝に命じて下さい。少なくとも三ヶ月間はね」
「それは専業主婦たる朱美さんにお任せあれ!私に掛かれば六ヶ月だって余裕よ!」
「篤さん、貴方が手綱をしっかり握って下さいよ」
「うん。気をつけるよ」
「ちょっとちょっと私の話を聞いてたの?ねえ、聞いてた?」
「きゃっきゃっ」
朱美さんは俺達に抗議するも純子ちゃんに笑われる始末。うん、この子賢いかも。
「では行きますよ。ハナマル有難うございます。大切に使わせて頂きます。そしてまた北海道での再会を願います」
「はい。私達もまた慧さんと会える事を願ってます。ほら純子またね〜て」
「ハナマルを使う時、絶対に躊躇しないでくれ。織原君の事だから余程の事が無ければ使わないだろう。けど使う時は余程の事を超えたと言う事だ」
「そうですね。穏便に済ませたいと思いつつもそうはならない事が最近多いですからね」
相沢家族に見送られながらシャッターを少し開けて下から店を出る。そして直ぐにシャッターを締める。周りを見渡し誰も居ない事を確認する。
野盗に目撃される訳には行かないのでサッサとバイクに跨りエンジンを掛ける。静かな街にバイクのエンジン音が木霊する。そのままバイクを走らせて北海道へと向かう。この状況を早期に打破する為に。
「さて世界が元に戻ったら俺の武勇伝小説のタイトルは何て付けようかな?やっぱり【織原 慧の英雄物語】とか?それとも【救世主 織原 慧】かな?でもタイトルが安直過ぎるな」
取らぬ狸の皮算用と言わんばかりだが気にする事は無い。何故なら嘲笑う人も侮蔑する人も居ないのだから。
バイクが走り去った後からゆっくりと建物の陰から奴等の姿が現れる。そして何もない空間に腕を伸ばし彷徨い始める。一週間前の5月11日の新聞紙が風に吹かれて舞う。そして地面に落ちた新聞紙は奴等に踏まれて血の跡を残すのだった。
一週間前に何が起きていたのか。そしてその時人々はどの様に過ごしていたか。世界が崩壊したあの日に生存を賭けた戦いが始まっていたのだ。
新しい世界は全ての人々が平等な立場となる。尤も誰一人として望んではいない形で成就したのだが。
西暦2022年5月11日
朝の7:00。殆どの人が起きて仕事や学校に行く準備を整えてるか朝食を食べてる時間。日常を過ごす者達にとって当たり前の行動である。そして朝のニュースもいつも通りの内容…の筈だった。
本来ならスポーツで活躍した有名人を紹介したり有名女優が交際報告をした内容。はたまた政治的や経済的な内容になる筈だった。
「おはようございます。先ず最初に昨日の深夜から今日までに起きている事の内容です。現在多数の人達が意識不明の重体になっているとの事です。詳細は不明ですが現在確認が出来ただけでも1000人を超える人達が病院に運ばれてるとの事です。現在病院との中継が繋がっています。橋田さん」
画面が病院から少し離れた場所に写り変わる。病院の周辺にはサイレンが鳴り響く救急車や一般車が多数映し出されていた。そしてマイクを片手に持った女性が状況を説明する。
「はい。現在病院で確認されてるだけで1000人以上もの方達が意識不明になっています。またこれらは家族や友人が気付いて病院に連絡が入ってる事です。つまり独り暮らしの方とかが意識不明になっている可能性は高いとの事です」
「橋田さん。此方から現場を見る限りかなりの一般の方の車が多い様に見えますが」
「そうなんです。救急車を呼ぶのですが現在の様に救急車自体が足りない状況です。ですので身内の方達が病院に連れて来ている状態となっています。また交通整理を行なっているのですが間に合っていないのが実情です」
「この意識不明の重体については何か分かってる事は有りますでしょうか?」
「いえ、今の所は回答は有りません。原因が不明の為私達報道陣は全員マスクを付けてる状態です。果たしてマスクをして意味があるのか分かりませんが念の為と言った感じです。またこの状況は世界規模で同時に起こってるとの事。ですので伝染病によるパンデミックの可能性も示唆されてます」
「分かりました。また何か情報が出次第お願いします。では続いてはスポーツニュースです。山上さんお願いします」
「はい!今年は初戦から野球シーズンが非常に熱い展開となっております!」
ほんの少し違う朝のニュース。だが直ぐに誰も気にはしなくなる。何故なら自分達とは然程関係が無いからだ。
AM8:00
謎の意識不明の重体が若干世を騒がしてはいるものの朝の通勤ラッシュは変わりは無い。しかしこの日の通勤ラッシュはより更に混雑具合が激しいものとなっていた。何故なら何本かの電車が運休となっていたのだ。
《現在運転手が原因不明の意識不明となっており大変混雑しております。恐れ入りますが御協力お願いします》
駅のアナウンスからはこの様な声が流れているが通勤する人達からすれば勘弁して欲しいと思うだろう。だが中には開き直る人達も居る訳だ。
「はい、はい、そうです。すみません。もう二時間位遅れそうでして。え?今日は休み?はい!分かりました。では失礼します。よっしゃ!」
この様に今の状況を上手く使い休みを掴み取る強者も居る。だがダイヤの遅れはそれだけが原因では無い。
前方から大きな声で道を開ける様に指示が出ていた。何事かと見ると怪我をしている警察官が口から血を出しながら暴れてる人を取り押さえていたのだ。
「さっさと歩け!」
「はあ、はあ、イッテェ。おい!真っ直ぐに歩かんか!」
手錠されてる人は呻き声を上げながら警察官に連行さてパトカーに連れて行かれる。更に駅構内では暴行による怪我人が出たと騒ぎになり更にダイヤの乱れに拍車が掛かるのだった。
「今日が休みになってラッキーだな」
サラリーマンの男性はスマホを仕舞い休みを満喫する事を躊躇無く選ぶ。仕事の事は職場に居る同僚達に任せる事にしたのだった。尤も男性が休みを満喫出来たかは不明だが。
AM10:00
高鷲私立学院は私立高校として中々の大きさを誇る学校だ。昨今の少子化に対応すべくクラブ活動の大幅な軽減、特待生を増員、更に学費の見直しが行われ私立としては少し割安となった。これらの事柄が功を奏して新入生の低下は免れていた。
また学院自体の見た目も中々綺麗な物で塀はしっかりと学院の敷地を囲っており不法侵入を防いでいた。
そんな平和な学院に数名の人影が迫る。最初に気付いたのは学院の体育教師だった。
「ん?何だ彼奴らは?」
数名の人達は校門に寄り掛かりながら音を立てていた。その音は授業中の生徒達の耳にも入る。
「島津先生、あの人達は一体?」
「分からんな。だが対応はせんとな。お前達私が戻るまで一旦自習にする」
体育教師である島津先生は生徒達に指示を出して大股で校門に向かう。そして体育教師は校門前に居る人達に問い掛ける。
「ウチの学院に何か用で?」
目の前に居る人達に問い掛けるも返事は無い。不審に思い体育教師は近付く。
「おい、聞いているのか」
「島津先生、何か有りましたか?」
島津先生が振り返ると教頭と他2名の先生が刺股を持ちながらやって来た。
「いやいや、さっきから何しに来てるのか聞いてはいるんですが返事が無いんですよ。こりゃ警察呼んだ方が早いかも知れませんね」
島津先生は振り返りながら答える。だが次の瞬間、門から腕を伸ばしていた1人が島津先生のジャージの袖口を掴む。そして一気に引き寄せたのと同時に島津先生の腕に噛み付く。
「え?イッ!?離せえええ!!!」
島津先生が慌てて腕を振り解こうとする。だが腕を噛む力がどんどん強くなる。そして遂に。
ブチリ
肉が引き千切られる音が聞こえたのと同時に島津先生の悲鳴が響き渡るのだった。
この騒動の後、教頭が校内放送で生徒達を体育館へ避難させる。だが校内放送とチャイムの音は奴等を引き寄せるのに充分だった。音に引き寄せられた奴等は徐々に校門に押し寄せる。数人の教師が校門を補強しようと試みようとするも、タイミングが悪い事に感染した島津先生が他の教員に襲い掛かるという悪循環を招く事になった。
結果として高鷲私立学院の生徒達は体育館に閉じ込められてしまったのだった。だがこの状況を打破すべく一部の生徒達が奔走するのは別の話である。
AM12:00
街のあちこちから火の手が上がり悲鳴と絶叫は途絶える事は無い。特に都心部の混乱具合は酷い物だ。車で逃げようとする人達が国道や高速道路が溢れて渋滞となる。更に国道に続く道も同じ様な状況になる。
クラクションが鳴り響き、車の横を走って逃げる人々。そして徐々に迫り来る感染被害者達。
「わああーーん!!ママァーー!!」
一人の子供が母親と逸れたか。泣きながら母親を探す。だが迫る感染被害者が子供に襲い掛かる。子供特有の甲高い悲鳴が一瞬だけ聞こえた後直ぐに静かになる。後は咀嚼音だけが辺りに響く。だがそれも直ぐに終わる。感染被害者は新たな獲物を捕食せんと立ち上がる。
「ちょっとこれマジヤバくね?てかチョーピンチじゃない?」
「ピンチっていうかー、絶体絶命ッスね」
「意味同じじゃん!何も変わってないし!てかアンタ何やってんの?」
今時のギャル風の女子学生の一人がスマホの動画機能を使い周りを撮影していた。
「だってさー、こんなネタを放り捨てて学校に行くとか有り得ないッスよ」
「意味分かんない。ほらサッサと逃げよう。多分高鷲私立学院なら大丈夫だし。彼処塀とかめっちゃ高かったし」
二人のギャルは近場に放置されてた自転車を拝借する。そして生き残る為に行動を開始するのだった。
場所は変わり国会議事堂にて官房長官よる会見が生中継が始まろうとしていた。
「今回の暴動に関してはテロなどの関連性は今の所ございません。また感染被害者の方達に対する対応も現在早期検討中であります」
そこから沢山のマスコミからのフラッシュと質問が飛びまくる。その中の一人の質問が官房長官の耳に入る。
「北海道封鎖についてはどの様な考えでありますでしょうか!お答え下さい!」
「北海道封鎖に関しては我々国会からの指示はございません。全て現場による対応と判断しております」
「北海道への避難が出来ないと言う事についての考えは!!」
「現在北海道に駐屯している自衛隊の基地司令による独断行動だと判断してます。また一部自衛隊が主要施設の防衛に当ってるのも現場の独断であります」
更に其処から怒号の様な質問が出る。やれこの責任はどうするのか?何故こうなってるのか?世界中が同じ状況だがどう対応するのか?
そんな中官房長官は一言だけ口にする。
「私は今回の自衛隊に対する非難は一切行う事は有りません。彼等は職務を忠実に遂行しているに過ぎません。以上で会見を終了します」
僅か数分の質疑応答で会見は終了する。そしてマスコミ達が騒ぎ出してる中、官房長官と一部高官は足早に移動する。更に武装した護衛も随伴した形だ。
「ヘリの用意は?」
「準備完了です。ですが報道ヘリが居ますが?」
「放っておけ。後で騒ぐだろうが自分達も同じ立場だと突き付けてやれば大人しくなる。それより陛下と首相は?」
「既に北海道にフェリーで向かってるとの事です」
「そうか。感染被害者は居ないだろうな?万が一居たら洒落にならんぞ」
「大丈夫です。入念にチェックしました。また北海道に上陸する際もチェックされます」
そして言葉少なく脱出用のヘリに向かう。そんな中一人の高官が官房長官に質問する。
「マスコミは放っておいても良いので?」
「邪魔したら邪魔したで報道の自由の侵害と言われる。逆に放置したらしたで薄情者呼ばわりされるだろう。なら私は後者を選ぶ。今は民よりも国を維持させる事が重要だ」
官房長官は残酷な選択をする。だがその表情は暗い。彼は馬鹿ではない。そうしなくてはならない状況だと理解していた。だから選択するしかない。
今の苦境を打破し未来の為に。




