高鷲警察署7
ほんの一瞬の出来事だった。先程までブルドーザーに轢き殺されかけたが、突然変異種型の奴等が現れて一気に運転手に喰らい付いたのだ。然も頑丈に鉄板で溶接して防御していたにも関わらず、腕力一つで破壊しながらだ。
俺はM37エアウェイトの弾をリロードして、警戒しながら未だに咀嚼音が聞こえる運転席に近づく。そして変異種の背後に回り込む。変異種は此方に気付く様子は無い。
変異種の後頭部に向けて引き金を引く。銃声と共に後頭部に穴が開く。変異種が此方を振り向くが更に撃ち込む。それでもまだ動こうとしている。
「いい加減にくたばれ」
続けて3発を変異種の頭に撃ち込む。距離は1メートルも離れてはいないので全弾が頭部に当たる。そして変異種は少し痙攣をした後、漸く動きが止まったのだった。
「後は…運転手だけか」
運転席に目を向ける。其処には作業着姿の男性が居た。手にはドリルが握られており最後まで抵抗をしていたのが分かる。
「この人、社長さんか?」
首と胸辺りが酷く抉れてしまっているが顔は判別出来た。表情は苦痛で歪んではいたが間違いないだろう。その時、社長さんの手が動く。いや手だけでは無い。身体全体が痙攣し始めていた。
「畜生。結局こうなるのか」
M37エアウェイトの弾をリロードする。そして頭部に狙うを付けて引き金を引く。その瞬間、身体の痙攣は止まったのだった。
……
あの後ブルドーザーのエンジンを切り鍵を抜き取った。これで改造ブルドーザーは手に入ったが他のブルドーザーの鍵も探してみた。
しかし何処を探しても鍵は見つからない。
「やっぱりあの建屋の何処かに有ったのかな?」
整備工場の裏手に回り込む。すると真新しい掘られた後のある土と鉄板があった。彼処に隠されてると思い近くで見てみる。だが其処には別の者達が居たのだ。
石井 和也
山下 正樹
南 水穂
松下 楓
原田 純平
真崎 香織
西野 聖也
徳永 一馬
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鉄板には40名近い人の名前が刻まれていた。それが何を意味するのか直ぐに理解した。そして鉄板の最後の部分には言葉が書かれていた。
【この地で、この場所で散って行った名誉ある大切な社員達の名を刻む。彼等の死は私が守り続ける。
坂口整備株式会社 代表取締役社長 坂口 輝明】
「これは…墓標か」
この文を見て全てが納得した。此処に死体が無かった理由。あの社長さんが此処で暴れてた理由。
それは全てこの墓標を守る為だったのだ。あの社長さんからしたら、俺は完全に墓荒らしに来た余所者だ。
あの人が狂ったのはきっと社員達を守り切れなかったからだ。目の前で大切な仲間達が次々と襲われて奴等と化す。更に追い討ちを掛けるかの様に奴等と化した社員が他の社員に襲い掛かる。
あのブルドーザーもそうだ。あれだけ大掛かりに改造されてるのは社員さん達と一緒に改造してたのだろう。此処が危険だと分かっていたから。全員で安全に逃げる為に。
だが結果はこの墓標が全てを物語っていた。
「マジかよ。クソったれ」
ヘルメットを取り頭を勢いよく掻き毟る。そしてヘルメットを被り直し壊れた建屋に向かう。こんなのを見てしまっては満足にブルドーザーを借りる事なんて出来る訳がない。せめて俺に出来る事は社長と社員達が写されてた集合写真を回収する事だけだ。
一度首を振ってから写真を探す為に建屋に向かうのだった。
……
写真は直ぐに見つかった。まるで見つけてくれと言わんばかりに地面に落ちていたのだ。そして近くにスコップが置かれていた。俺は写真を見ながら言う。
「はあ、分かったよ。分かったよ!掘ればいいんでしょう。アンタ達の社長の墓穴を掘らせて頂きますよ。だから…あのブルドーザーをお借りします」
そして彼等が眠る近くに墓穴を掘る。しかし人一人を埋める穴は意外に大きく少し時間が掛かってしまう。それでもしっかりと穴を掘り終える。そしてブルドーザーの車内で眠ってる社長さんを降ろして墓穴の中に入れる。
「俺に出来るのは貴方を社員さん達の近くで眠らせてあげる事だけです。どうか安らかに眠って下さい」
死体を埋めてから写真立てを置こうとするが風で倒されてしまう。なので風に飛ばされない様にコンクリートブロックで周りを囲って置く。そして近くに咲いていた花を一輪添える。
「それではブルドーザーをお借りします。俺も33人の人達を助けたいんです。助ける為にはブルドーザーが必要なんです。ですから」
これ以上の言葉が思い付かない。だから俺は静かに黙祷をしながら手を合わせる。そして再び目を開けて歩き出す。
ブルドーザーまで近付きドアを開けて中を見る。
「しまったぁ…これ血塗れだったわ」
最早殺人現場の運転席は血塗れで中々キツイ光景だったのは言うまでも無かった。
……
ブルドーザーの運転方法は掲示板に写真を貼り付けて教えて貰う。この時血塗れに付いて聞かれたが曖昧に答える事しか出来なかった。唯、一生懸命守りたかった人が乗っていたとだけ言う事だけを伝えた。
一応工場内を探索したら有刺鉄線の代わりに成りそうなのを見つけたので幾つかを載せて持って行く。
ブルドーザーの鍵を挿してエンジンを掛ける。エンジンはアッサリ掛かり重厚なエンジン音を響かせる。
俺はブルドーザーをゆっくりと動かしながら後ろを振り返る。嘗ては活気ある場所だったのだ。仲間達との仲も良好で楽しい職場だったに違いない。しかしあの日、全てが壊れた。壊れてしまったのだ。
「必ず元の世界を取り戻してみせる。もし全てが元に戻ったら此処に来て鍵を返しに来ます」
前を向きブルドーザーを加速させる。燃料も最初から満タンで入っており燃料切れの心配は無い。ブルドーザーのエンジン音をゴーステタウン化した街に響かせながらマイクロバスとの合流を急ぐのだった。




