高鷲警察署4
再び第二会議室に向かう。其処で野々村警部補と話をしようとするがドアの前に誰かが居た。
40代前半と思われる女性がそこそこなヒステリック声で警官二人に抗議していた。
「ですから、もう少し配給の量を増やして欲しいのです!子供や身体の不自由な老人も居るんですよ」
「申し訳ありませんが野々村警部補は現在周辺警戒の確認中です。お引取りを」
「そうやって逃げるんですね!もう結構です。そうやって逃げ続けると後悔しますからね!」
捨て台詞丸出しの台詞を言い残し鼻息荒く去って行く。途中目が合うがフンッと鼻を鳴らして行ってしまう。
女性を見送ってから俺も第二会議室に向かう。
「すみません。野々村警部補に先程の救助の件について提案があります。其方には特別何かをして欲しい訳では無い事を伝えて欲しいんです。どうかお願いします」
俺はしっかりと頭を下げる。
「なあ、頭を上げてくれ。俺達はアンタの事を結構尊敬してるんだぜ?なぁ」
「あぁ。この状況下でも誰かを救おうとするなんて普通は出来ない。然も一般人がだ。本来なら俺達警官の仕事なんだがな…」
警官二人は悔しそうな表情になる。その表情を見て色々考えさせられる。彼等とて好きで見捨ててる訳では無い。見捨てざるを得ない状況に陥ってるのだ。
「少し待っててくれ。こっちに被害が出ないなら野々村警部補もきっと承諾してくれるさ。一応俺からも推薦しとくよ」
「じゃあ俺の分も追加しておいてくれ。一般人ばかりにカッコつけられたら敵わんからな」
そして暫く待機していると野々村警部補に呼ばれる。其処でブルドーザーを使った作戦を説明する。
野々村警部補は目を瞑り考える。
「織原君。君が奴等に襲われて無かった事は聞いている。けどね、それで危険な場所に行かせる訳には行かんのだ」
「野々村警部補。でもこれ以外方法は」
「分かっている。だが奴等は音に引き寄せられる。それはつまり変異種にも群がられると言う事だ」
「野々村警部補は変異種について知ってるのですか?」
俺は上坂中央ドームで遭遇したファットマンを思い出す。思った以上に防御力があり、更に破裂して周囲に骨やら何やらを撒き散らす。
「無論だ。塀の上に設置されてる有刺鉄線が無ければ今頃奴等に侵入されてただろう」
野々村警部補は奴等の変異種について説明してくれた。
奴等は基本的には早歩きで行動する。しかし中には走って迫って来るのもいる。そしてその走る奴等の中に更に身体能力の高い個体が居ると言うのだ。
「その変異種は兎に角素早い。更に跳躍力も高い。あの高さの塀を乗り越えられる程にな。更に耐久力が高くもなっている。狙撃班が頭に直撃させたがまだ動いていた。2発目の狙撃で何とか倒したがな。然もこの変異種は一体二体では無い」
聞けば五体程と遭遇しているのだ。だからこそ今まで以上に有刺鉄線の強化が必要だと言う。
「ブルドーザーを使うと言っていたな。なら工事現場か整備工場の何方かに向かうのだろう。その時に有刺鉄線の代わりになりそうな物も取って来て貰えんだろうか」
「それはつまり…」
「君の熱意には負けたよ。とは言え此方に其処までデメリットは無い。寧ろメリットは大きいだろう。後は変異種が入って来ない様に厳戒態勢を敷いておけば大丈夫だろう」
野々村警部補立ち上がり窓から外を見る。
「作戦は何時始めるか?」
「明日の朝一には」
「分かった。なら今日はしっかりと休むと良い。後は此方でも近場の工事現場と整備工場を探しておこう」
「あ、有難うございます!」
「例には及ばんよ。それから田所君。織原君に防具一式と警棒と38スペシャル弾を用意して上げてくれ」
その言葉を聞いてビクッと身体が動いてしまう。まさか、俺が警官から取った銃がバレたのか?
「私はご覧の通り警部補だ。ただ拳銃を隠した程度なら直ぐに分かるさ。それに君は銃を使って脅す事もしなかった。それだけで充分信用出来るさ」
その時の野々村警部補のドヤ顔は中々様に成っていた。
「野々村警部補はな現役時代には麻薬組織と対決してたらしいからな」
田所さんと呼ばれた警官が小さな声で教えてくれたのだった。
……
あの後、銃器対策部門の防具一式とタクティカルベストを用意して貰った。実際に身に付けてみると結構な重さだったのだが思った以上に動けていた。
(俺こんなに体力有ったっけ?まあ、いいか!)
恐らく火事場の馬鹿力と言うヤツだろう。そしてヘルメットも新しいのを被れる。
「悪いけどPOLCEのマークは消させて貰うよ。織原君は警官じゃないからね」
「分かりました。でも警察も防弾チョッキなんてあるんですね。昔はそんなの無かったと聞いてましたが」
「昨今は犯罪が凶悪化してるからね。機動隊の防具も防弾チョッキを採用してるからね。靴のサイズも大丈夫そうだね。それじゃあ後は銃の扱い方も教えるよ」
「え?良いんですか?」
「構わないよ。弾を譲るんだ。しっかりと奴等に当てて倒して貰わないとね」
そして田所さんから銃の正しい撃ち方、扱い方を教えて貰う。更に整備の仕方も色々と教えてくれた。
「どうして此処まで教えてくれるんですか?」
「ん?そうだね。君はサバイバリストスレ主なんだろ?」
「ま、まさか…」
田所さんはニヤリと笑う。
「織原君は何れ北海道に向かうだろう?なら道中何が起こるか分からない。奴等だけじゃなく人間だって相手にしないと行けない時もある。だから織原君は死んでは駄目なんだ。君を生かす為に教えるのさ」
それからと田所さんは一言区切りこう言った。
「それにだ、何であんなに密着したのか是非聞く必要がある。聞く必要がある」
「に、二回も言わなくても…」
「とっっっても重要な事だからね」
田所さんの笑顔を見ながら頬っぺたが引き攣るのを感じた。このまま逃げるのは無理だろう。だから諦めて上坂中央ドームでの出来事を話す事にしたのだった。
尚、その話を聞いた後でも密着するのは許さんと真顔で言われたのだった。どないせーっちゅうねん!
北海道石狩市役所 臨時政府
北海道は比較的安全が確保されていた。理由は自衛隊による早期に青函トンネルの封鎖と港での検問が行われた。しかしこの処置は政府からの命令では無く現場の司令官による無断での行動だった。
結果として北海道内地にも奴等は出現したものの被害の拡大が未然に防ぐ事が出来た。特に自衛隊駐屯地全ての安全が確保されたのは大きな戦果と言えた。
そして北海道が安全だと理解した天皇陛下と親類、総理大臣他大臣と議員はこぞって北海道へ向かった。但し、道中感染被害者となった議員の乗る船一隻分が駄目になってしまったが大半が無事に北海道へ到着し一息吐く事が出来た。
そんな中、総理大臣宛に思いも寄らぬ連絡が来る。それはプライベート電話から鳴り響いたのだった。
「それは…此方としても理解出来ます。しかし」
「私はね日米同盟を続けたいと思っているよ。今尚沖縄には我々米軍が残っている理由は其処にある。更に在韓米軍の一部ですら沖縄に向かわせたのだよ」
「その配慮には充分感謝しております。ですが」
「君の立場は分かっているよ相沢首相。けどね、今の日本が希望を持って良いと思うかね?日本と言う国には思いの外、敵が多いのだよ。そんな中でだ…国民を守り切れますかな?」
「大統領…私は」
相沢首相の表情は苦虫を噛み潰したようになっている。相沢首相の手にはある書類の束が握られていた。
「それにだ。この状況下でスキャンダルは不味いと思うがね。その書類はこれから行う作戦を黙認して貰う対価だ。それ以上は求めはせん」
「……」
相沢首相の握る書類。それは多数の議員による不正が事細かに記されていた。今は国全体が混乱している。そんな中でこのスキャンダルが暴露されたらどうなるか。想像するだけでも恐ろしい。
「分かりました。但し此方は一切の設備も弾薬も援助致しません。そしてこの作戦はこの一回のみにして下さい。此れは我が国日本が完全に無関係な状況だと言う事を理解して下さい」
「良いだろう。相沢首相、貴方とは良き友人としてこれからも続けて行けそうだよ。それでは」
電話は一方的に切られる。相沢首相は暫く受話器から手を離す事が出来ない。その表情には諦めしか出ていない。
そんな時だった。ドアからノック音が聞こえる。
「相沢首相、田辺です」
「田辺君か。入って良いぞ」
ドアを開けて部屋に入って来た人物。特徴らしい特徴の無い極めて普通の人の顔の男性だった。だがその雰囲気は普通の人とは余りにも掛け離れていた。
「単刀直入に言わせて頂きます。先程の電話ですが正直言って不味いかと」
「流石日本の公安部局長だな。もう情報が漏れてるとはね。一度公安部の人と情報漏洩対策でもした方が良いかね?」
「構いませんよ。その時には私もご同伴させて頂きますがね」
相沢首相の皮肉を平然と返す。そんな田辺局長を見て溜息を出す。
「それでどうしろと?自衛隊やSATの協力は無理だぞ。もう作戦は始まってるだろう。でなければこの様な事を」
「そうですね。我が国の軍事組織は全て使えないと判断しても良いでしょうな」
「ではどうするのかね?私が蒔いた種とは言えこうするしか日本を維持出来ん」
「ええ。私でも同じ事を選ぶでしょうな」
「なら」
「ですので、此処は私に任せて頂けませんでしょうか?」
相沢首相の言葉を切り田辺局長は言う。
「何が策でもあるのか?」
「御安心下さい。仮に失敗したとしても問題は有りません」
相沢首相は暫く田辺局長を見る。そして溜息を一つ吐いて言う。
「君に任せる」
「有難うございます。それから溜息を出すと幸せが逃げますよ?それでは」
田辺局長はサッサと部屋から出て行く。そんな彼の背中を見て一言呟く。
「幸せならとっくに底を付いたよ」
相沢首相は椅子に身体を預けて窓から見える夜空を見上げるのだった。
……
とある高級ホテルでの一室にシャワーを浴びてる人が居た。曇りガラスからは誰かは分からないが置かれてる赤色の派手で色っぽい下着を見ると女性だと分かる。そしてその下着近くに置いてあるスマホに着信が来る。
女性はドアを少し開けてスマホの画面を見る。電話番号に見覚えは無い。しかし女性はシャワーを止めてバスローブを羽織る。そしてスマホの応答を押す。
「はぁい。何方様かしら?」
「日本公安部局長の田辺です。以後お見知り置きを」
女性の動きが止まる。何故こんな時に公安の、然も局長から電話が来るのか。
「単刀直入に言いましょう。ある人物を救助して貰いたい」
「救助?フフフ、Mr.田辺は面白い冗談がお好きな様ですね」
「いやいや、こう見えて結構お笑いには詳しいんですがね。それでこの依頼を受けて貰いたい」
女性は大きなタオルで髪を拭く。そこから見えるのは白髪だ。
「もし受けなかった場合は?」
「構いませんよ。他の方に依頼するだけですので」
「あら?随分とアッサリしてるのね。どんな人物を救助するか教えて下さらないのかしら?」
タオルを洗面所にある籠に放り込む。そこから見えるのは白い肌に赤色の瞳。所謂アルビノと言われる体質の人だった。
「サバイバリストスレ主と言う名前に聞き覚えは有りますよね」
その名前に女性の動きが止まる。今や時の有名人と言っても過言では無いだろう。
「救助ならお得意の自衛隊でも使えば宜しいのではなくて?」
「我々日本はアメリカの隷属ですからね。おっと、今の言葉は聞かなかった事でお願いしますよ」
「ふーん…成る程ね。其方も色々ある訳ですか」
「ええ、色々ある訳です。それで依頼は受けて頂けますかな?」
「報酬は?」
女性は高級ワインを一本取り出す。そしてコルクスクリューを回転させる。
「サバイバリストスレ主の協力です。それから北海道での永住権を。今や北海道は数少ない安住の地となってます」
「サバイバリストスレ主の協力…ねぇ?本人からの了承は?」
「身体をバラバラにされた挙句フラスコの中で生き続けるのと狙撃による暗殺のプロに扱き使われる。何方が良いと選びますかな?ああ、後は美人の使いっ走りも追加しときますかね」
「確かに協力は受けられそうね。良いわ。受けて上げる」
赤ワインをワイングラスに入れて持つ。そして窓へと歩いて行く。
「それは助かります。では成る可く早く行動して下さい。後はサバイバリストスレ主の個人情報と電話番号も送っておきます」
「ええ、そうして頂だっ!?イッタアアァァ〜」
「…如何されました?」
狙撃による暗殺のプロは膝拙く。そして左足の小指を抑える。何故ならたった今足の小指を机の脚に打つけたのだ。
「くううぅぅ…あ、ワインが」
「……人選間違えたかも」
この時田辺局長の声は芝居かかって無かったとだけ記載しておく。




