高鷲警察署2
「このフライパンもそろそろ壊れそうだな。さっきのスーパーでなんか貰っとけば良かったぜ」
奴等の頭を叩きながらフライパンを確認する。もう取っ手の付け根部分がグラグラと揺れてしまっており壊れる一歩手前だろう。寧ろ逆に良くここまで持ち堪えたと言うべきだろうか。
奴等の合間を縫って歩い高鷲警察署に向かう。そして漸く辿り着くことが出来た。しかし高鷲警察署の周辺は絶望感溢れる光景になっていた。
高鷲警察署の周辺には人員輸送車と消防車がバリケードとなって正面の入り口を封鎖。パトカーも奴等が近付いて来ない様に周辺に配置されていた。更に一般車も道路一杯に停まっており、その間に多数の奴等が腕を伸ばし生者を求め続けていた。だがこの状態ではマイクロバスが高鷲警察署まで移動出来るスペースが無い。
「おいおい、ここまで来てこのオチはないだろうよ」
物語の中ならスムーズに警察署の中に行けるだろう。いや物語だとパトカーの中にゾンビが居たりするし、最終的に感染したトラックの運ちゃんがトラックで突っ込んで来るからな。どっちも同じだな。
若干現実逃避してると消防車のハシゴの上に消防士が乗り込みハシゴが動き出す。そして此方に向けて手を振って来た。だから此方も手を振り返す。
俺が手を振り返したのを確認するとノズル部分を奴等に向ける。
《放水始めええ!!》
号令と共に2台の消防車から放水が始まる。放水の勢いは奴等を吹き飛ばし辺り一帯を綺麗にする。
《君!今の内にこっちに来るんだ!急いで!》
その声と同時に俺は消防車に向かって走り出す。周りには奴等が居るが放水によって倒れている。奴等が倒れている間に一気に駆け抜ける。そしてハシゴの上から腕を伸ばしている消防士に向かってジャンプしながら掴む。消防士はそのまま俺を引き上げて行く。
「此方生存者1名確保!繰り返す!生存者1名確保!」
そしてハシゴがゆっくりと動き出す。
「ふう、危なかったね。よくあの中を無事に歩いて来れたもんだ」
「ええ何とか。それより有難うございます」
「礼はいいさ。それより君は…怪我や噛まれたりはして無いか?」
消防士は此方を不安そうに聞いて来る。だから安心させる様に袖を捲りながら言う。
「怪我も噛み傷も無いさ」
「そうか。なら良かった。さあ疲れただろう。一度休むといい」
こうして俺は高鷲警察署の中に入る事が出来た。後は此処からどうやって西蓮寺さん達を迎い入れるかだ。ハシゴの上から奴等を見る。奴等は放水の事を知らんと言わんばかりに徐々に集まり始める。
この後、俺は最初の絶望を知る事になる。警察組織は市民を守る組織だ。だからこそ警察に頼る選択を選んだのだ。
だが時代が変わってしまったのだ。今の状況下では他者を救う事が如何に難しいか。それを改めて痛感する事になったのだった。
……
まず最初に消防士の人に自己紹介をする事にした。
「自分は織原 慧と言います。どうぞ宜しく」
「私は高木 健介だ。織原君は中々度胸がある様だね。これから宜しく」
お互い握手をする。そして俺はリュックの中の物を見せる。
「取り敢えずコレ皆さんにどうぞ。特に警察や消防の人達は色々大変でしょう」
「おお!これは嬉しいよ!有難う。でも先ずは野々原警部補に渡して欲しい。其処から色々分配されるからね」
高木さんは本当に嬉しそな笑顔になる。常に緊張感を保たないと危ない場所に居るのだから当然の反応だろう。
「それから此処の責任者に会いたいんです。まだ30人以上の人が助けを求めています。今もバスの車内に居る状況なんです」
「それは…そうか。分かった。それなら今から責任者をやって貰ってる野々原警部補にコレと一緒に伝えると良い。唯、余り期待はしないで欲しい」
「どう言う事です?」
高木さんは諦めと申し訳ない感情が混ざった様な表情で言う。
「直ぐに分かるさ」
こうして俺は高鷲警察署内に案内される。高鷲警察署の中には防具をしっかりと身に付けた警官や制服を身に付けてる警察官が多数居た。しかし署内には一般人の姿は無い。
「一般人が居ないのが不思議かな?」
「え?えぇ、まあ。外には結構居るのは見えましたが」
「簡単だよ。署内は関係者以外立ち入り禁止にしてるんだ。以前に銃を窃盗しようとした輩が居てね。結果として一般人の立ち入りを止めたのさ。今は必要な連絡事項はまとめ役の人が我々に伝えに来る時だけ入って来るかな」
確かに武器を窃盗しようとするのは駄目だ。けど老人や子供くらいなら入れても良いのではなかろうか。
「老人や子供はどうしてるんですか?それに体調が悪い人も」
「一般人には離れの場所を提供しているよ。其処に入りきらなかった方達には申し訳ないがテントか車内に寝泊まりして貰ってる。僕はね、織原君には今の現状をなるべく理解して欲しいと思っている」
高木さんは此方に向き直り真っ直ぐに見て来る。
「先程の織原君の行動は決して簡単に出来る事じゃない。とても勇気ある行動だと思っている。だからその行動力を我々にも貸して欲しいんだ」
「多少なりとも協力するのは構いません。しかし先ずは此方の方を何とか助けて欲しいんです。彼等はずっと上坂中央ドームに居たんです」
「上坂中央ドームから脱出したのかい?よく脱出出来たね。我々の方でも上坂中央ドームの事は知っているよ。あの日はイベントがあって大勢の人達が居たからね。つまり…」
「確かに沢山の奴等は居ましたよ。でも今避難している人達は感染してません」
「勿論疑ってる訳じゃないよ。唯、用心は必要だからね」
それから暫く署内を歩き第二会議室と書かれた部屋に着く。そして高木さんはドアをノックして声を掛ける。
「野々原警部補、先程救助した方をお連れしました」
「入って来てくれ」
「それじゃあ自分は此処で。後は織原君次第だ。説得が上手くいく事を祈ってるよ」
高木さんは俺の肩をポンと叩きながら戻って行く。俺はそのままドアを開けて中に入る。
「失礼します」
第二会議室の中に入ると壮年の男性と防具と銃を持った警官が二人居た。
(え?俺尋問されるん?)
俺はつい動きが止まってしまったが野々原警部補此方に声を掛ける。
「武装した警官が居るのは気にしなくていい。兎に角楽にして欲しい。私は野々原 純也。階級は警部補だ。君の名前は?」
「お、織原 慧です。あの、これ、つまらない物ですが。皆さんでどうぞ」
俺は先にリュックの中身を机の上に置いて行く。
「助かるよ。他の署員や避難してる人達も喜ぶ。尤も今は必要な物が沢山有り過ぎるがね。さて、織原君は何故此処に来たか教えて貰えるかな?」
「はい、実は…」
この後上坂中央ドームでの出来事と現在33名が助けを求める事を伝える。更に救助した人の中にはMSSアイドル達も何人か居る事も伝えた。
だが野々原警部補の反応は俺が求めていたのとは違っていた。
「残念だが、これ以上の避難民の受け入れは出来ない。一人の警察官として力になれず本当に申し訳ない」
「……え?」
野々原警部補は俺に対し深く頭を下げる。だが俺が求めているのは謝罪では無く西蓮寺さん達の受け入れだ。にも関わらず野々原警部補は唯々深く頭を下げるのだった。