高鷲警察署1
上坂中央ドームから脱出を果たした彼等は避難場所に指定されている高鷲警察署に向かっていた。しかし途中まで順調に進んだマイクロバスだったが、途中で大量の事故車両と放置車両が通行の邪魔をしていたのだ。特に高鷲警察署に続く国道は、最早通る事は困難と言える程玉突き事故によって塞がっていた。
「こいつは酷いな」
仕方ないので俺がバイクでマイクロバスが通れる道を探して行くしか無かった。それを電話で伝えたら何度も感謝と謝罪された。
(兎に角警察署までの道程を探さないと。それに敵は奴等だけじゃないし)
ヘルメットの後頭部を撫でながらバイクを走らせる。成人にもなっていない高校生が生きてる人に暴力を振るい物資を奪って行く状況だ。あの高校生だけでなく他の人達だって同じ状態になっててもおかしくない。寧ろ成って当然だ。
「後は道中で食料を調達しよう。それをバスに積めれば問題無いだろう」
幸いマイクロバスの席には余裕がある。本来ならもう少し席は埋まってた筈だ。
上坂中央ドームから脱出した人達は全部で33名だった。裏口までたった数十メートルの場所に移動するだけで半数近くが奴等になってしまった。確かに通路には奴等が居て通路が塞がってしまっていた時も有った。それでも被害はかなりの物だ。
だがこの結果は必然だったのかも知れない。何故なら彼等は武器を殆ど持って無かった。椅子やモップを武器にして戦ってた人は居ただろう。だがまともに戦った人達は何人居ただろうか?
「怖いんだろうな。まぁ、そりゃそうだ。俺だって奴等と目が合うと怖いもん」
多分この怖さのベクトルは他の人達とは違う気がする。周りを警戒しながらバイクを走らせる。そんな時ふと気が付いた。周りに奴等が殆ど居ないのだ。確かに倒れてる死体や壁にもたれ掛かってる奴等は居る。けどパッと見た限り一体二体しか居ない。
「奴等は何処に?」
バイクのエンジンとマフラーの音だけが辺りに響き渡る。まるでゴーストタウンだ。
「目の前の光景が信じられんな。まだ日は出てるんだぜ?普通なら車とか人がチラホラ居ただろうに」
悪態を吐く前にアクセルに力を入れる。兎に角警察署までの道程を確保しないとダメだ。
生活道路を走りながら通れそうな道を探す。生活道路でも事故車両が沢山有ったが国道よりはマシな状況だった。そのまま警察署に向けて走り続ける。
最初は思ったより奴等が少なく問題は無かった。だが高鷲警察署に近づき始めると徐々に奴等の数が増え始めた。
「此処から先はバイクだと無理か」
わざわざ音を立てて移動する必要は無いだろう。何せ俺は奴等に近付いても襲われないからな。音を立てなければより安全な訳だ。特に上坂中央ドームでの行動が全てを物語ってると言っても過言では無い。
バイクを止めて徒歩で高鷲警察署に向かう。奴等は此方には見向きもせずにフラフラと移動したり立ち続けたりしている。そんな中平然と歩きながら高鷲警察署に向かって行く。
「あ、スーパー見っけ。でもスゲー荒れ具合だな」
取り敢えずスマホ出して状況を伝える為にパシャリと。そのまま店内に入って行く。
スーパーの店内はかなり悲惨な状況だった。棚から商品が落ちてるのは当然として至る所に死体が転がってる。しかし死体の殆どは頭部が破損している。恐らく奴等が現れて少ししてから誰かが食料などを掠奪したのだろう。
周りを警戒しながら店内を散策すると弾痕と思われる跡が壁に多数残っていた。更に床をよく見れば空薬莢も転がっていた。落ちてた空薬莢を拾い見てみる。
「ショットガンだな。ていうか店内でヒャッハーした奴が居たんだな」
最早世紀末に真っしぐらだね。一応再度周りを見てみるがショットガンは落ちてはいなかった。残念である。
「まあショットガンなんてまともに撃てるとは思わないけどさ」
威嚇用には欲しいじゃん?後ちょっとカッコいいじゃん?
取り敢えずタバコ、お酒、飴、チョコレートを回収してから再び高鷲警察署に向かう。
「さて、賄賂も手に入ったし急ごうか」
少し駆け足になりながら高鷲警察署に向かう。時間を確認するとPM15:00と表示されている。朝からずっと動きっ放しだが特に疲れとかは感じない。正確に言うなら感じる暇が無いだろう。
何故なら俺の後ろには33人の命が掛かってる。何としてでも高鷲警察署に避難させないと行けない。
再び気合いを入れて高鷲警察署に向かうのだった。
……
高鷲警察署
奴等が現れた当日、全国の警察官は非番も含めて全てが出動する事になった。それは高鷲警察署と付近の交番勤務の警察官も例外では無かった。
多くの市民から助けを求める電話や声が聞こえて警察官は現場に向かう。しかしそれでも人が足りなかった。奴等による事件は解決する事は無く徐々に被害が増えて行く。
そんな時だった。本庁からの指示を優先する様に各部署に命令が降される。つまり市民に対する対応を一時的に止めたのだ。それでも警察官の被害は尋常では無く、僅か一日で甚大な被害を受けてしまったのだ。
そして生き残った警察官は僅かな市民を高鷲警察署に受け入れながら消防との協力もあり立て籠もる事に成功したのだった。
だが悲しい事に問題は奴等だけでは無いのが現実だった。
「我々は感染被害者達の救済を求めます!貴方達警察官は罪無き人々に銃を向け撃ち殺した!これは犯罪です!警察官がその様な事をして良いとお思いですか!」
感染被害者の救済を謳う一部の人々は声高らかに言う。それに乗じる様に他の人々も口々に文句を言い続ける。
「私は会社に戻らないと行けないんだ!どうするんだ!」
「早く家に帰してください!子供が待っているんです!」
「彼奴らを逮捕しろよ!それがお前ら警察官の役目だろうが!」
「何の為に税金を払ってると思ってるんだ!しっかり働け!」
多数の避難民が玄関前に集まり抗議していた。しかし彼等の前には防護服と鉄兜に身を包みライオットシールドを構えた機動隊員が睨みを効かせており一歩下がった所で声を上げる事しか出来ていない。
そんな彼等を屋上で豊和M1500と双眼鏡を構えている銃器対策部隊の二人組が居た。
「彼奴らも飽きないよな。暇なら補強やらなんやら手伝って貰いたいぜ。やる事沢山有るってのによ」
「手伝ってくれてる人達も居るのにな。目に入って無いのか?」
「現実逃避してるだけだろ。そのくせ文句だけは一丁前だもんな。今は食事時になると私達の分が他の人より少ない〜とか言うし」
「当たり前だよな。手伝って貰ってる人達に多く渡してるし。まあ労働対価って奴だわな」
「働かざる者食うべからず…か。これから先マジでそうなりそうだな」
「もう生活保護は受けられそうに無いしな。しかし相変わらず連中の数が多い事で」
一人が双眼鏡で警察署の周辺をチェックする。時々現れる身体能力の高い個体を狙撃、若しくは早期警戒を兼ねているのだ。
高鷲警察署の塀は高いし有刺鉄線もある。それでも身体能力の高い奴等は登って来る。その対処もするのも狙撃班たる彼等の役割だ。
「今の所は………は?マジで?」
「どうしたよ?早速現れたか?」
相棒の一人が豊和M1500を構え直す。しかし予想は違った返事が帰って来た。
「いや、俺の目が可笑しくなったかな?連中の中を歩いてる人が居るんだが」
「んな馬鹿な事が有るかよ。冗談も程々に………嘘だろ?」
豊和M1500のスコープで覗いてた警官が目にしたのは黄色のヘルメットを被りフライパンで奴等を叩きながら此方に向かってる慧の姿だった。
そんな慧の姿を暫く呆然と見ていたが直ぐに無線機に手を伸ばす。
「警部補!野々原警部補!応答願います!」
彼等は慧の姿を見て希望を感じた。もしかしたら今の状況を打開出来るかも知れないと。
奴等の数は日増しに増えて行き災害用の非常食も限界がある。眠れぬ日々が続く中に現れた系の姿。彼等からして見れば一筋の希望の光だった。




