上坂中央ドーム5
先ずは警備室に向かいマイクロバスの鍵を探す。警備室まで足音を抑えながら慎重に歩く。無闇に奴等を引き寄せる必要は無いからな。
警備室には二体の奴等が居た。何方も腕を噛まれていた形跡がある。恐らく奴等を抑えようとした時に噛まれたのだろう。フライパンを構えてドアを開ける。そのまま奴等の頭を叩き倒して行く。壁には様々な車の鍵が有る。そこからマイクロバスの鍵を三個貰い裏口から外に出る。
外に出れば奴等がチラホラ居るが無視して行く。周りを見渡すと少し離れた場所にマイクロバスが数台停まっていた。鍵に書かれてる数字とマイクロバスのナンバーを確認してマイクロバスに乗り込む。
「あらら。普通の車とはちょいと違うか?いやそうでも無いか」
一応普通車のマニュアルと大型バイクの免許は持っているが流石に中型、大型の免許は取ってない。しかし此処で止まる訳にも行かないので、勘でマイクロバスを動かして行く。取り敢えずマイクロバスで裏口を囲うようにすれば多分奴等は入ってこないだろう。後は動かす時に奴等が集まり過ぎない事を祈るだけだ。
「いざとなれば俺が奴等を引き寄せれば良いか」
やはりと言うべきか。奴等はマイクロバスの音には反応するが相変わらず俺の事は無視していく。それならそれで構わない。マイクロバスを裏口に停めていきながら脱出作業は順調に進んで行く。次の段階に入る為スマホを取り出し音響操作をする為に電話を掛ける。
「もしもし。マイクロバスの用意は出来た。裏口から案内してくれ」
「分かりました。先ずは其処から中央ステージに向かって下さい。そうしたらD-1と書かれたドアに向かって下さい」
「了解」
早足に目的の音響操作室に向かう為に指示に従う。奴等の合間を縫って行き遂に音響操作室に着く。ドアを開けて部屋を確認する。部屋の中にはやたらと色々な機械があるが気にせず電話を続ける。
「音響操作室に着いた。次はどうする?」
「はい。先ずは真ん中にある操作盤を」
其処からスマホからの指示に従いステージ中央にあるスピーカーから音楽を流す準備をして行く。
「後は音楽の選定か。MSSの新曲とか無いの?」
「有ります。その操作盤から確認出来る筈です。タイトルは【ミルキィーラブァ・貴方と一緒に】ですね」
「随分と甘ったるいタイトルだな。個人的にはデビュー曲の【カスタマーミラー】が好きだな。中々カッコいい曲だったし」
そのまま【ミルキィーラブァ・貴方と一緒に】の曲を選択して行く。
「そろそろ曲を流すけど再度確認をするぞ。曲が流れる場所はステージ中央だけだ。奴等が集まり次第裏口に向かえ。俺は西蓮寺 澪を回収して其方と合流する」
「分かりました。他の人達にも連絡しておきます」
「頼むぞ。生存者は合計67名だ。もしかしたら人数が減る可能性もある。その時は同室に居る奴に確認する様に」
「はい。因みに避難場所とかは?」
「スマホがあるだろ?其処から自分達で調べろ。それじゃあ十分後に曲を流すからな。其方の幸運を祈るよ」
スマホの電話を切り音響操作室の窓に近付きステージ中央の様子を見る。音響操作室は会場が良く見渡せる場所有る為、奴等がどの位居るが確認出来る。
「さぁて此処から本番だ。失敗は許されんぞ」
スマホで時間を確認しながら窓から見える奴等を見る。相変わらず彷徨う奴もいれば動かない奴も居る。だが此処から見える奴等の殆どは動き出すだろう。
俺は時間が来るまで奴等を暫く見つめ続けるのだった。
……
「時間だな」
俺は操作盤の方へ移動して音楽を流すスイッチを押す。そして遂に始まった。MSSアイドルの新曲リリース【ミルキィーラブァ・貴方と一緒に】が大音量で流れ始める。
上坂中央ドームに居る奴等の動きが一旦止まる。そして音楽が流れてる場所へ呻き声を上げながら移動して行く。中には走っている奴等も悲鳴とも言えない声を上げながら向かって行く。
「これは不味いな。このままだとスピーカーが壊されちまう」
窓から見ると奴等が音源となってるスピーカーを叩き続けている。上坂中央ドームの会場には大型スピーカーが六つ設置されている。ステージ左右に二つ。観客席中央の左右に二つ。最後尾に二つ。その全てのスピーカーに奴等が襲い掛かっているではないか。
「仕方ない。まだスピーカーを壊される訳には行かん」
俺はM37エアウェイトを装備しながら弾薬を確認する。弾薬はシリンダーに装填されてるのと予備を合わせても8発しか無い。それでも奴等を倒すしか無い。
急いでスピーカーの元に走って行く。道中奴等と出くわすが無視して行く。しかし一階の廊下は奴等で一杯になり進む事が出来そうに無かった。
「もし奴等が駆逐されて平和な時代になったら武勇伝を小説として書こう。そしてアニメ化、漫画化、果てにはアクション映画化して俺は大金持ちの仲間入り決定だぜ」
二階のドアを開けて会場に出る。そして下を覗き奴等が居る位置を確認する。そして奴等目掛けて二階から飛び降りる。
「しゃっ!成功だぜ!」
奴等の頭を踏み台にして着地する。ゴキリと何かが折れる音が奴等から聞こえたが気にしない。
「後方のスピーカーはもう駄目か」
スピーカーのカバーを破壊され最早スピーカーの役割を果たせそうに無い状態だった。だがまだ四つ残っている。
音楽に合わせカラフルなライトがステージを照らし煌びやか雰囲気を醸し出す。そんな中ステージに向かい武器になりそうな物を探す。
「はは。ギターとか定番だなぁ」
苦笑いしながらもギターを掴みながら奴等に向かって行く。そしてスピーカーを破壊しようとする奴等の頭目掛けて振り被る。奴等の脳髄が辺りを汚く撒き散らす。それを無視しながら次の奴等を叩き潰す。
「良いね良いね!盛り上がって来たじゃん!」
気が付けば中央のスピーカーも破壊され残りはステージにある二つのみ。奴等を叩き潰して行くがどんどん奴等は増えてくる。二階や三階からのドアからも現れては下に落ちて行く。
「間抜けめ!これでも喰らってろや!」
調子が乗って来たのか奴等の頭を次々とかっ飛ばして行く。煌びやかなライブステージは今や奴等の黒ずんだ脳髄と血液でとんでも無い光景になっている。つい先日まではMSSアイドル達のステージだと誰が信じられるだろうか?
奴等を叩き潰して行く中で苦しそうな呻き声が聞こえた。声が聞こえた方向へ視線を向けると巨体を揺らしながらステージ裏から現れるファットマンの姿が居た。
「お前…死んだんじゃ無かったのか。面倒な奴だな!」
ギターを奴等の方にぶん投げでM37エアウェイトを取り出し構える。しっかりと両手で持ち照準を合わせ発砲。弾はファットの頭に直撃する。距離は10メートルも無いので外しようが無かった。更にもう一発撃つ。ファットマンは一際苦しそうな声を上げる。
「これで終わりだ!」
再度撃とうとした時、右腕を奴等に掴まれる。首の半分が噛みちぎられた奴等は呻き声を上げながら俺の邪魔をする。
「離せこの野郎!離せ!」
腕を振るうも離れる気配は無い。更に腰の辺りにも奴等が掴みかかって来る。
(動けない。と言うか…腕イッテェ!)
奴等の腕力はまるで機械に掴まれてる様でビクともしない。俺が奴等を振り解こうとしてる時だった。ファットマンの様子が可笑しい事に気付いた。
先程まで苦しそうな声がより大きな声になっているのだ。
「ゔぇあ!ゔぼあぁぁあ!!ゔえああぁあああ!!!」
「あ、なんか嫌な予感」
俺はしがみ付いてる奴等をファットマンの前に移動させて後ろに倒れる。そして俺が倒れ様としたのと同時にファットマンの一際大きな声を上げた瞬間。
ドバアアァァアアン!!!
ファットマンの上半身が破裂。そしてヘルメットに何か当たった感触を感じながら倒れ込む。
「な、何なんだよ。畜生め」
ファットマンが破裂したのと同時に俺に掴みかかってた奴等から力が抜けていた。其奴らを見ると白い何かが頭やら身体に突き刺さっていた。俺はヘルメットに何かが当たった所を触れるとヌルリとした感触があった。それを掴み引っ張って見ると白い骨と赤黒い血が付着していた。
「おいおい。まさか他に刺さってる場所とか無いだろうな」
慌てて自身の身体を確認するが特に痛みも無く問題無かった。もし奴等が俺に掴み掛かって来なかったら…。
「いや、爆発する前に逃げれた筈だわ。全く悪運が良いにも程があるぜ」
動かなくなった奴等を退かしながら周りを見る。ファットマンの近くにあったスピーカーには骨が多数刺さった状態で壊れていた。それと同時に何体かの奴等も巻き込んでくれていた様だったが、焼け石に水状態だった。最早最後のスピーカーに奴等は群がっており壊されるのも時間の問題だった。
「そろそろ西蓮寺さんの所に行こう。じゃないと避難場所行きの最終バスに乗れなくなるし」
俺は足に力を入れて走り出す。とは言うものの奴等の群れの中を走るのはかなり骨が折れそうだけど。自分自身に気合いを入れながら西蓮寺さんの所まで走るのだった。
……
*西蓮寺 澪
音楽が聞こえていた。それは間違い無く織原さんが奴等を引き寄せる為に流したのだろう。だけどその曲には聞き覚えがあった。今日のイベントの為に何度も仲間達と一緒に歌った曲。まさかこんな時に聞けるとは思わなかった。
「ーーー♪」
歌詞も振り付けも覚えている。奴等を引き寄せない様に小さな声で歌う。誰も居ない埃まみれの場所。けど目を瞑っていると沢山の観客が其処にいた。全て私の妄想だが私にとっての大切なステージになっていた。
「ーー〜♪」
何でだろうか。涙が出て来る。もう二度と歌う事も聴く事も出来ないと思っていた。けど今私は歌っている。確かに歌っている。アイドルとして私は…西蓮寺 澪は歌っているんだ。
徐々に曲のテンポが速くなっていく。観客達が歓声と手拍子を挙げている。それに合わせて歌い踊り魅了させていく。私達は熱く激しい想いを乗せて全身全霊を込めて歌い踊る。
そして曲が終盤に近付いて…。
バタンッ
「っ!」
ドアが開く音で瞼が開く。其処にはステージも観客も仲間達も居ない。
「西蓮寺さん時間が無くなった。スピーカーが最後の一つだけになった。もう奴等を惹きつける物が無くなる。今が最初で最後の脱出のチャンスだ。さあ」
黄色のバイクのフルフェイスヘルメットを被り血塗れの軍手を付けた手を差し出して来る慧さん。
(あぁ…そうか、そうだよね。全部…夢だもんね)
そう…コレが現実。この絶望的な世界が今の舞台なのだから。私は生きる。生きてまた世界を取り戻してみせる。
その為に私は慧さんの手を握る為に腕を伸ばすのだった。