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百識の魔女と雑学男

作者: のーまっど

こういう短編のジャンルが分からなくて困る。

 丹巴駅で降りて駅前通りを歩く。どこでも見るようなチェーン店と、個人でやっていそうなお店が半々。いや、個人店にシャッターの閉まりっぱなしの店舗を合わせてトントンくらいだろう。

それでもどっこい行きている店たちの間を通り、たいやき屋の前で止まる。中にあるカウンター席ではご年配の女子会の真っ最中のようだ。外に面したガラス窓をノックすると、女子会に参加していた店主が慌ててこちらにやってきて小窓を開いた。

「いらっしゃい。なんにしますか?」

「こし餡とクリームを三つずつ。」

「はい。少し待っていてくださいね。」

 良ければどうぞ、と紙コップに暖かいお茶を頂いたところで、頼み事をし忘れていたことに気づいて顔を上げる。

「あのー。」

「あぁ、こし餡とクリームで別袋に入れるんですよね?

いつもありがとうね。」

 どうやら顔を覚えられていたらしい、一言お礼を言ってお茶に息を吹きかけて冷ます作業に取り掛かることにした。


 商店街の本筋通りから一本、二本と外れると小さな道と住宅が並ぶ通りになる。

見通しも悪ければカーブミラーもないのに、バイクや自転車が商店街へ、あるいは駅を目指して通り抜けていく。そんな通りの最奥。どん詰まりにレンガ造りの2m近い塀と蔦の絡まる門が立っている。

そういえば、あの門が開いたところを見たことがないな、と思う。そしてここに来る度そう思っていることを思い出して小さく吹き出した。

他の家と塀との間にある小さな鉄製の黒い扉に足を当てる。力を込めて二度三度ほど蹴飛ばすとようやく錆が落ちたように扉が開いた。

日本人の平均身長より低い背を曲げて扉を潜り抜けると、荒れ果てた庭園が出迎えてくれる。

 門から屋敷までの石畳道は雨と日によりヒビ割れ、健気な植物によって貫かれてしまっているし、生け垣はもはやちょっとした森だ。薔薇のアーチには枯れた枝が巻き付くだけとなっていて、地面では名前の知らない草花が競うように伸びあっている。

 全力を込めてようやく動く鉄扉を引っ張って閉めると屋敷から迎えがやってきた。

「よぅ、元気してたか?」

 その生き物が何と言うのかは知らない。縦に伸びた毛で覆われた手足のないのっぺりとした体。縦に裂けたような目と、顔を横断するほど大きな口に、腕くらい長い舌。誤解を恐れずに言うのなら毛の生えた蛇がそこにいた。

そいつはいつものようにこちらに向かって頭を下げる。たい焼きの入った紙袋を咥えて目の上に生えた小さな突起物に捕まり頭に跨ると、そいつは鎌首をもたげて屋敷へと向かっていく。

乗り心地は良いとはいえないが、文句はない。ちょうど、視界の端でどこからかやってきた猫がバッタに噛み付こうとしている。その猫に別のバッタが飛び掛かり、あっという間に真っ黒い塊になったかと思えば、崩れた。後からは大量のバッタが飛び去っていき、白い骨は地面の下の何者かが持ち去り、何もなくなった。

 乗り心地にどこにも文句はない。


 器用に舌を使って屋敷の扉を開くとそいつが頭を下げて降ろしてくれた。

そのまままっすぐ、この屋敷で一番広い部屋へと向かう。埃一つ落ちていない廊下を歩き、磨いたばかりのようなドアノブを回して開く。

 開けた瞬間、鼻に古本の匂いがした。天井からぶら下がる数個の電球が風もないのにキイキイ揺れて室内を照らす。壁を床から天井まで本棚が立ち並び、通路を作る壁のように本棚が部屋を区切っている。

 本棚の間を進んでいく。ついでに本棚で見つけた気になっていた漫画の続刊を五冊ほど掴んでまた歩き出す。そうして本の迷路を五分ほど行くと、ようやく目的の場所にたどり着いた。

 本棚に囲まれていない開けた場所で、真っ白な髪をした誰かが安楽椅子に座っている。誰かの横には丸テーブルがあり、その上には読み終わった本と、これから読む本の山。その間に湯気を立てるティーカップ。テーブルの中央には何も乗っていない豪奢な皿と、いつも満たされているティーポット。

一歩その空間へ踏み出そうとすると、バネ仕掛けの人形のように、その誰かが顔を上げる。

「きみ。また来たのかい?」

 白い髪の下には左目を覆う眼帯と、ガラス玉のように光る右目があった。声は年寄りにも、若くも、男のようにも、女のようにも聞こえる。

「僕としては、貰うものさえ貰えればいいけれどね。」

 そう言って片目だけでこちらを見つめた。

そいつが自分の顔に手を当てると、音もなく顔面が取れて手に残る。空っぽの真っ暗な空洞をこちらに向けたまま、どこにもない口から流暢に語り出した。

「さぁ、僕の知らないことを教えておくれ。

出来ないなら代わりにきみの魂を貰うよ。」

「塩と、砂糖を同じ量混ぜて舐めると。」

「………舐めると?」

「しょっぱい。」

 室内を、沈黙が支配する。

そいつは再び自分の穴に手を当てて顔を戻すと、読みかけの本を紐を挟んで机に置くと音もなくどこかへと消えた。

 そして数秒後、そいつは戻ってきた。開けっ放しの口を透明な涎で満たしたまま、ガラスの片目を輝かせている。

「ほんとに、ひょっぱいぞ!

これは知らなかった……いいだろう、きみの願いを聞こうじゃないか。」

「じゃあ紅茶淹れてくれよ。

お茶請けも買ってきたぞ。」

 そう言って空っぽの皿の上にこし餡のたい焼きを落として、もう一つの安楽椅子へと腰掛けた。

「何だ、最近の人間は欲がないな。

いいだろう、茶を淹れてやろう。そして誇るがいいさ。少なくとも、この僕にこう何度も茶を淹れさせたのはきみがはじめてさ。」

 ひとりでに動き出したティーポットがどこからか現れたティーカップに褐色の液体を注ぎ入れる。

丸テーブルを挟んで隣同士。そいつと同じように本を積んで、腹の辺りに置いた紙袋からクリームのたい焼きを取り出して咥える。片手で本を持ったまま、もう片方の手でたい焼きを掴み、カップを持ち。

 行儀が悪いとでも言うようにそいつはため息をついたが、それ以上は何も言わずに自身もたい焼きを掴んだ。


――丹巴町には、魔女が住む屋敷がある。

近所の住人はそこについて語ろうともしないが、誰でもその屋敷のことは知っている。

そこには、見たこともない怪物と、あらゆる知識を備えた魔女がいる。そして。一度魔女に見つかれば、魂を奪われいなくなってしまう。

助かるには唯一つ、魔女の知らぬことを伝えてその知識欲を満たすことだけ――。


「雑学系に弱いよな。」

「……きみ、今僕のことを褒め称えたかい?」

「いや、別に?」


 最も、とある男は無料の漫画喫茶として使っているのだが。

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