一回戦 1
闘技場に試合開始のゴングが鳴り響く。これを合図に向かい合っていた選手たちが一斉に動き出し、会場からの声援も先ほどとは比べ物にならない程大きくなった。
「第十八王子!お前だけは僕の手で倒すと決めていた。お前のような奴が僕のような高貴な者の手にかかってやられること、光栄に思うがいい!!」
「ふん!妾だって王子だ!!身分的にはお主と変わらんのだから、お主にやられても何も光栄には思わんわ!」
一見すると王子同士が挑発しあっているようにも見えるのだが、よく見ると第十八王子に罵声を飛ばしている第十三王子のほうは完全に挑発ではなく心からそう思って言っていることがわかる。対する第十八王子のほうも彼を心底嫌っているようで、お互いの仲が険悪であることがよくわかるシーンであった。
「あいつら……そこまで仲が悪かったのか」
優斗はあらかじめ第十三王子についての情報をもらっているときに、それを話す王子の口振りから二人の仲が悪いのではないかと邪推していたが、その推測が当たっていたことで敵の実力をもっとちゃんと確かめなければいけないと思った。
なぜなら王子同士の仲が悪いということは、当然お互いに相手のことをよく思っていないということになる。優斗からするとそれ自体は何の問題もないのだが、もしかしたら雇い主である第十八王子のほうが敵である第十三王子を過小評価している可能性が高くなったのである。
人は基本的に嫌いな相手のことを高く評価することはなく、どこか現実より過小評価してしまっていることが多い。王子にそれが当てはまっているのかどうかはまだわからないが、もしそうであった場合敵の評価を考え直さなければならなくなる。
優斗は緊張を紛らわせるかのようにすぐ前に出て行ったユズとアシュリーの背中を眺めながら、万が一の時のために彼女たちを援護する魔法を準備していた。
「この臆病者め!悔しかったら直接向かってきてみろ!」
「お主は馬鹿か!?総大将である妾がそう簡単に出ていくわけがなかろう!」
二人が自陣深くから言い合いをしている間にも、前線では戦闘が続いている。第十八王子は後衛に王子と女騎士、そしてその少し前にクルスと優斗がおり、前線ではユズとアシュリーの二人が奮闘している。
対する第十三王子側は第十八王子よりも年齢が三つ上であるが、第一王子との年齢差の関係で配下の数は同じ五人の状態で戦っており、後衛に王子を含めて三人、前衛に残り三人を投入している状況である。
前線で戦いが繰り広げられてはいるのだが、その戦闘はまだ様子見の域を出ずお互い探りあっているような状況だ。第十三王子側も前衛に三人出しているとはいえ一人は後ろにいる優斗たちが魔法などで援護してくるのではないかと警戒しており、実質戦っているのは他の二人であった。
そのため現在は最前線で二対二の戦いが、そしてその後ろではお互い牽制しながら相手の出方をうかがっていた。
「あの二人……まだこの雰囲気に慣れていないようだな」
最前線で戦っているアシュリーとユズだが、本気を出せばもちろん後もう少し頑張れば前の二人くらいならおそらく簡単に倒せるであろう、ということは二人の力を知る優斗にはよくわかった。
最前線で戦っている敵二人は事前に聞いていた情報通り銀級冒険者であり、獅子王国にいる二人組の冒険者パーティーとして有名な兄弟だ。
冒険者というのは不測の事態がよく起こるものであり、どれほど警戒しても全く予測できないことが起こるような職業である。そのため冒険者はたくさんの情報を集めて警戒心を強め、様々な手段を用いて襲い来る危機を回避していくのだ。
しかし警戒するのならばともかく様々な手段をとって回避していく場合は、当然そのパーティーの構成人数は多いほどいい。もちろん人数が多過ぎると隠密行動がとりずらいとか報酬の分け前が減るなどあってむやみやたらにメンバーを増やすパーティーはほとんどいないが、それでもある程度の人数はパーティーに入れておくものである。
パーティーでもっとも多いのが四、五人だ。それ以上だと少し大きめと言われ、十人以上だと大規模パーティーと言われることも多い。また冒険者のランクは個人ではなくパーティー単位で与えられる。そうなれば当然数の多いパーティー程ランクが上がりやすく、そういった観点からも冒険者というのは複数人でのパーティーを組みたがるものである。
しかし彼らは二人組の冒険者パーティーであり、いくら実力のある冒険者でもたった二人というのは珍しい。いくら兄弟で仲がいいといっても、普通は同じぐらいの実力を持つ冒険者を二、三人いれるものだ。
彼らが有名なのは二人だけで銀級まで到達するということ自体が稀であり、なおかつそれを兄弟でなしたということで銀級ながら隣国まで名が知れているのだ。しかも彼らが二人だけで銀級まで行ったということは、つまりたった二人で四人五人いる銀級冒険者パーティーに匹敵するということである。
それはつまり個人の実力だけなら金級冒険者に届くかもしれないということであり、事実一部では彼らの個人的な実力は金級冒険者並だという声も出ている。
そんな金級冒険者並の力を持つかもしれない者が二人、しかも四六時中一緒に行動していることによる高度なコンビネーションはこの国でもかなり上位にはいることであろう。
しかしいくら彼らがこの国でトップレベルの実力やコンビネーションを有していようが、所詮それも井の中の蛙だ。この国で上位どころか都市一つ相手にしても勝てるんじゃないかと思えるほどのユズとアシュリーの二人は、コンビネーションで負けていたとしても素の実力で楽勝のはずである。それこそ二対一だろうが関係なく勝負を決めることができるだろう。
だが現在戦いの天秤はどちらの側にも動いていない。これは実力差からいって二人が意図的にやっていることは明らかであり、そこには何かしらの狙いがあると考えるのが妥当であった。
「そろそろ慣れてもいいころだろうに」
二人はけっして敵をいたぶっているわけではない。にもかかわらずいまだ勝敗がつかないのは、彼女たちがこの会場の雰囲気にまだ慣れていないからであった。
二人とも一流の戦士だ。そのため命がけの本気の戦いとなればどんなプレッシャーがあろうが戦いに集中することができるのだが、今回の場合は少し事情が違う。
相手は確実に勝てる相手であり、試合方式も決闘ではなくあくまで模擬戦方式である。ルール上敵を殺しても反則にはならないのだが、だとしてもわざわざ敵を殺したいと思う者は少ない。そのうえ自分たちが敵に負けることはありえないだろうと考えられるこの状況では、どうしても邪念が入ってしまい完全に集中することができないでいた。
優斗のように会場の雰囲気に慣れてしまえばよいのだが、二人ともましになってきているとはいえまだ少し硬さが見え、もうちょっとならしておきたいようであった。
それからまた少し戦い続けた後、もうそろそろいいだろうと思った優斗は二人に声をかけた。
「二人ともさすがにもういいだろう?硬さは取れてきたし、動きもよくなってきた。それに周りを見てくれ、王子様は両方とも我慢できなくなってきているようだぞ」
前線で四人の戦いが長引いたことにより、両陣営の王子たちはお互いにしびれを切らし攻勢に出たがっていた。
また観客たちも普段は見れないようなレベルの高い戦いとはいえ、もうすでに三試合見ているからこんなじっくりな展開ではなくもう少しスピーディーな戦いを見たがっていた。さすがにまだブーイングや野次などは飛んでこないが、それでも観客たちがじれったくなってきているのも確かであった。
「せやな。うちらもそろそろ勝負をつけなあかんよな」
二人がこれまでより少し真剣な、それでいて硬さのない表情を浮かべ、それを見た戦いを知っている一部の観客は期待と緊張感を抱き、その表情を向けられた兄弟はこれまで以上に気を引き締めた。