熱気
「ありがとうございました」
王子を先頭に女騎士が舞台に向かう。それに続いて『インフィニティーズ』の面々も舞台に向かうのだが、最後尾にいる優斗に対して皆を見送っていた執事が礼を言った。
「なんのことですか?」
「とぼけられる必要はございません。私は皆様と共に戦うことができないただの老体ですが、それでも老体であるからこそ気づくこともあるのです。情けないことですが、私は緊張している主に対しどのような声をかければよいか見つかっていませんでした。
あなた様が声をかけ王子の緊張を解こうとしてくれたことは当然気づいておりますれば、そのことに対して礼を言うのは当然でございます」
執事は優斗に感謝を示すとともに、本来は自分がするべきことを他の者にされてしまったことに強い後悔を抱いていた。
「こちらの仕事は王子が優勝するために貢献することですから、あくまでも我々が勝つために気を回しただけです」
「それでもですよ。おかげで王子もいいメンタルで挑めそうです」
王子はいい緊張感を持ち、これまでのプレッシャーに押しつぶされそうな顔ではなくやる気に満ちた真剣な顔をすることができていた。
もちろん王子が勝つかどうか現時点では誰にもわからない。しかしもし次期国王になれなかったとしても後悔のないよう戦ってほしい執事としては、王子が後悔せず挑めそうなその表情を見て安心することができた。
「まあ勝てるよう頑張ってみますよ」
「よろしくお願いします」
舞台に向かう優斗の背中に対し執事が恭しく礼をする。優斗は前を向いたまま手を挙げてその礼にこたえると、これから来る戦いのため先ほどまでよりも少し気を引き締めて向かった。
「すごい熱気だな」
優斗たちの前には対戦相手と審判たちがおり、その周りには大勢の観客がいて皆優斗たちのことを注目している。
優斗たちの試合は第四試合であり、一回戦最終戦であると同時に今日の最終戦でもある。これまでの戦いにより闘技場のボルテージは最大限まで上がっており、舞台にいる優斗たちにもその熱気は大いに感じることができた。
「すっ……すすすごいですね。い、今からこんなところで試合するんですか?」
会場のすさまじい熱気を受けて、こういうことに全く慣れていないクルスがビビりまくる。彼女は会場の熱気に完全に呑まれており、舞台上で非常に委縮していた。
「確かにこの熱気はすごいな」
「うちもこんな熱気は初めてや」
クルスほどではないが、アシュリーとユズの二人も会場の熱気に呑まれている。三人とも控室では非常にリラックスしていたにもかかわらず、いざ試合するとなると今まで感じたことのない熱気を受けて萎縮してしまった。
また優斗にとってもこれほどの熱気は初めてであり、彼も今までの余裕の態度が崩れかけていた。
「会場にいるのは数万人、いや下手したら十万人を超えるか?まさにサッカーのワールドカップとか、オリンピックの注目種目の決勝とかがこうなんだろうな。そう考えると、こんなプレッシャーの中でも本来の力を出せる一流スポーツ選手というのはすごいな」
優斗はこれまでスポーツ観戦をしているときに選手が時折凡ミスをする事に対してなんでそんなことになるんだよと思っていたが、そう思っていたことに関して申し訳なく思うと同時に、どうやってこのプレッシャーを和らげようか、そして自分以上にプレッシャーに呑まれている三人、特に萎縮しすぎてただでさえ男にしては小柄な体がさらに小さくなっているクルスをどうしようかと考えていた。
「ついにこの時が来たな……」
「はい王子。絶対に勝ちましょう」
三人とは反対に控室で非常に緊張していた王子と女騎士は、いざ本番になって舞台に立つと熱気に呑まれず対戦相手を一心に見つめていた。
王族である王子とその配下であり王子と共に育ってきた二人はさすがにこういうたくさんの人に注目されるという状況には慣れているようで、控室から出てくるときにいい緊張感になることもできたからか二人はまったく動揺していなかった。
「三人とも、そこまで緊張しなくてもいいぞ」
優斗は自分の動揺を隠しながらも、自分以上に動揺している三人に話しかける。
「何言うてんねん。うちは全然大丈夫やで」
「俺もだぞ。あんな獣人どもに見られた程度で緊張するわけがないだろ」
「僕はやばいです……」
アシュリーとユズは強がり、クルスは素直に自分の緊張を吐露する。しかし三人とも大なり小なり緊張している様子は隠しきれておらず、その様子を見て優斗は不安がると同時に自分の心はどんどん安らいでいった。
人は緊張しているときに自分よりも緊張している人を見ると、反対に自分は落ち着くことがあると言われる。もちろんそれとは反対に緊張が移ってしまいさらに緊張してしまうこともあるが、今回の優斗の場合には緊張が和らぐほうが当てはまった。
それにより優斗は控室にいた時のような余裕を徐々に取り戻していき、自分に余裕ができたことで三人のことがより心配になった。
「まあまあ落ち着け。一回戦は最悪俺一人でけりをつけるから、三人ともこの会場の雰囲気になれることを優先してくれればいいさ」
優斗は金級冒険者という地位にはあるが、彼の本当の実力はそれより上の白金級冒険者パーティー全員で向かっても歯が立たない程である。優斗が王子から事前に聞かされた情報通りなら、おそらく今回の相手は優斗が本気を出さずとも一人で事足りる程度の実力である。
しかし今回はそれで済むかもしれないが、準決勝、決勝と上がっていくうちに優斗一人では対処しきれない相手が出てくる可能性もある。そのため三人には早くこの会場の雰囲気に慣れてもらい、この次の戦いでは力を出してもらえるようにしないといけない。
慎重な優斗は情報通りなら問題ないとしても、試合中に予想外のことが起こったり対戦相手に王子たちが虚偽の情報をつかまされている可能性も考えて内心では少し心配しているのだが、三人が自分が心配していることでさらに緊張しないために気楽な感じで提案した。
「大丈夫だ!むしろ俺一人で戦ってもいいぐらいだぞ!?」
「うちもや。逆に今すぐ戦いたい気分やわ」
「僕はお言葉に甘えてもよろしいでしょうか?」
戦うことを希望した二人は、強がりではなく本心から戦いたいようであった。
「(なるほど……。戦うことによって緊張を紛らわせるつもりか)わかった。なら俺とクルスは後衛で二人をサポートしつつ王子の護衛もするから、二人には前線での攻撃を主に任せればいいな?」
「それで構わない」
「うちもかまへんで」
優斗たちが話している間にも、実況による両王子の紹介やもう三度も聞いた大会のルールが説明されている。
本来なら控室で作戦を決めてくるところを王子と女騎士は緊張のし過ぎで、逆にクルス、ユズ、アシュリー三人はリラックスのし過ぎで立てられなかったのだが、舞台上、しかも王子と女騎士が知らないところで大まかな作戦が立てられていった。