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控室で

  第四王子の圧勝で始まった王位継承戦は滞りなく進み、その後第二試合を終えこれから第三試合が始まろうとしていた。

  この日最後に行われる第四試合の出場者である優斗たち第十八王子側は、第二試合が終わった時点で試合の準備をするために観客席から出ていき、次の試合を行う者のために用意される控室で気持ちを落ち着かせたり軽食を挟んだりして思い思いに過ごしていた。


「ついに始まるのだな……」


  第十八王子側の控室にいるのは七人。まずは王子である第十八王子とそのお付きの女騎士、そして王子に雇われた優斗たち『インフィニティーズ』の四人と、試合には出ないが王子たちがリラックスできるようにいろいろと動いている、王子付きで宿では優斗たちの案内もした老執事である。

  この七人のなかで現在最も動いているのがその執事で、七人の中でもっとも緊張しているのが王子であった。この大会で勝てば次期国王になれるのだから、この中の誰よりも当事者でありなおかつ誰よりも緊張するのは当然であるといえばそうなのだが、彼女は緊張しすぎているようでその顔色はだんだんと悪くなっていっていた。


「お、王子……その……あの……」


  王子の緊張を感じ取った女騎士は王子を励まそうと声をかけようとするのだが、幼いころから共に過ごし忠誠を誓っている、それでいてなおかつ心の中では密かに妹のようにも思っている大事な王子が次期国王になれるかどうか決めるという大事な大会にあたり、彼女自身もこれまで以上に緊張しているためかける言葉が見つからず一人慌てていた。

  執事は年の功か緊張しているさまを表には出さないのだが、それでも自分が仕える方にとって最も大事な場であるため表には見せずとも内心ではひどく緊張していた。彼が緊張を表に出さないのは年の功だけでなく自分は実際に戦わないからなのかもしれない。しかしだとしても彼が緊張していることには変わりはなく、所作は見事なれど王子の緊張を解くような気の利いたセリフや行動は浮かんでこなかった。


  王子が一番の当事者であることには変わりがないが、それに本当の意味で仕えている二人にとってもこの件に関して当事者である事に変わりはなかった。そのため三人の周りには緊張により重い空気が流れており、その空気を感じ取ってさらに気分が沈んでくるという悪循環に陥っていた。


「どうすっかなぁー」


  優斗はそう言ってため息をつく。優斗も王子たちにかかっているプレッシャーはすごいものだというくらいわかるし、緊張するのは当然だということも理解できる。優斗もこれから人前で戦うということで多少なりとも緊張してはいるのだが、優斗と彼女たちの緊張はまったく違うものであった。


  優斗たちが今回大会で優勝することによる賞品は王子からもらえる爵位だけだ。もちろん下級とはいえ男爵というのは立派な貴族の一員であるし、その一つ上の子爵も当然社会的にかなり高い地位であることは間違いない。

  しかもこの国は実力者主義の面が非常に強いため、新参だろうが古参だろうが優秀な者が重用され無能な者は重要なポストに就くことはできない。そのため新しく貴族になる者も珍しくないので、新参者だからといって軽視されることも少ない。隣国のブルムンド王国は新しく貴族になるにはハードルがすごい高い上に、実力があっても新参の成り上がり者ということでかなり軽視されることになる。しかもこの国では実力主義の名のもとに獣人以外も国に貢献してきた者を貴族にすることは珍しくなく、獣人以外が貴族になっても特に問題にはならない。

  一応新しく貴族になった者は獣人の貴族の子供を妻か夫にする、もしくはその者の子供で将来家督を継ぐ子供が他家の貴族の子供と婚約するという決まりはあるが、それだって貴族なら当然のことだ。それどころか家を興した者の妻や夫が貴族でなくともよいのだから、それだけで十分に譲歩しているといえる。


  こういったこともあって、獅子王国で貴族になりたいという平民は多い。少なくともどれだけ貢献しても既存の貴族たちが出世を妨害してきたり、人族以外は絶対に貴族として認めないようなブルムンド王国と比べると、誰だってそっちに行きたくなるというものである。


  なので獅子王国の貴族になるということは十分メリットがあることだし、普通ならそれによってもっと緊張するはずである。しかし優斗たちはそれほど緊張しておらず、『インフィニティーズ』の中では一番緊張しているクルスも王子たちに比べればすごい平気そうであった。


「なあなあ、このお菓子めっちゃおいしないか?」

「確かにそうだな。だが、そっちよりもこのサンドイッチのほうがうまいぞ」

「僕はこのお菓子大好きです」


  三人は女子トーク?を続けている。食べ物以外にもこないだ行った観光スポットの話などで盛り上がっており、クルス以外の二人はまったく緊張している様子がなかった。


  優斗たちが王子たちと違い全然緊張していないのは理由がある。もちろん勝てば次期国王になれる王子と勝てば貴族になれる権利を得る優斗たちではその重さが全然違うということはあるが、それ以上にこの大会に対する重要度や思い入れで大きな違いがあった。


  まず王子は小さいころ、今でも十分小さいのだがそれ以上に小さいころから国王になることを目標としてきたのだ。何年も前からこの大会に出られるように、そして優勝できるように頑張ってきた王子と、つい最近この大会のことを知り、三日前に王子に依頼されて参加を決めた優斗たちとでは、この大会への思い入れが全く違うことは明らかである。


  また優斗たちからすればこの大会で優勝できなくても別に構わないのだ。優勝できれば儲けものというくらいであり、死に物狂いで勝ちに行く必要はまったくないのだった。

 

  彼らにはダンジョンという非常に便利なものがあり、その利用価値はそこいらの国とは比べ物にならないほど高い。なんせダンジョンはDPさえあればその土地をいくらでも大きくできるし、作物や家畜、そして鉱石などの資源もDP次第でいくらでも入手することができる。

  土地をいくらでも広くできる上に資源が尽きることはないのだ。優斗たちが外で活動している時にいつもある程度余裕があるのはダンジョンがあるからであり、それは今回も例外ではない。


  今彼らの控室では緊張し重たい空気を放っている三人と、まったく緊張せずリラックスできている四人という正反対の構図ができていた。


「……このままじゃまずいか?」


  優斗たちのチームは六人、そのうち三分の一にあたる二人が緊張しまくっている状況は好ましくなかったし、彼女たちの緊張が自分を含めた他の四人に移ってしまうことはもっと好ましいことではなかった。


  彼女たちは曲がりなきにも今回のチームメイトであり、その総大将はどう転んでも第十八王子だ。優勝するためには彼女にもある程度は、少なくとも敵から自分の身を守る程度は頑張ってもらわねばならない。

  それにもかかわらず、肝心の王子がプレッシャーで自分から潰れてしまってはたまらないのである。


「えーと、王子様。大丈夫でしょうか?」


  優斗も大人である。緊張しすぎではないですか?などと直接聞くようなことはしない。もちろん王子が子供だからと言って子ども扱いするようなこともない。子供とはいえあくまで一人の大人として接するし、ある程度気も遣う。

  彼女は王子であり優斗の雇い主でもあるのだから彼が気を遣うのは当然であり、そのスタンスを崩すことはなかった。


「だ、大丈夫だ!妾が緊張でだめになるわけがなかろう!!」


  王子は動揺しながらも優斗に返事をする。


「ならばいいのですが……。やはり王子には頑張ってもらわねばなりませんから」

「あ、当たり前だ!妾もこれくらいのプレッシャーは余裕だ!そんな戯言は良いから、お主は試合のための精神統一でもしておれ」


  王子は早口になりつつも、先ほどよりは緊張した様子が見受けられない。緊張しているときは他人と話したほうが紛れることがあるというのは優斗も経験上知っていたため、ここは大人の対応を見せた。


「おっしゃる通りですね。そういえば次の対戦相手の情報などは持っていますか?事前に訪ねておかなかったこちらが悪いのですが、できれば知っている情報を教えてもらえるとありがたいです」

「そういえば教えておらんかったの。ならば妾たちが知っている情報を教えておくとするか」


  王子と女騎士、そして老執事たちが『インフィニティーズ』に自分たちの持つ次の対戦相手の情報を教えていく。それをしていくうちに三人の緊張もほぐれてきて、出番が来る頃にはいい具合の緊張感を持つことができていた。


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