冒険者ギルド
『カラン』
ギルドの扉を開ける音がする。ギルド職員やたまたまギルドに居合わせていた冒険者たちが、今入ってきた人物を見て少し戸惑った表情を浮かべる。
いくら肝が太くて想定外の事態にも慣れている冒険者とそれらを普段から相手しているギルド職員とはいえ、いきなりローブを身に纏い仮面をつけた人物が現れれば多少なりとも戸惑うのは当然であった。
「この戸惑いを初対面の相手から受けるのは……もはや恒例行事だな」
魔法使いに優斗のような格好をする者は少ないながらもいるのだが、だとしてもそれが珍しいということには変わりない。ギルド関係者はもちろんそのことを知っているので優斗が魔法使いだと聞けば大抵理解を示してくれるのだが、やはり珍しいということで知識として知ってはいてもいざ見ると今のように戸惑ってしまう人は多い。
実際初めて行った街のギルドでは何度も同じような光景は目にするし、これまでそうならなかったのはすでにその街に仮面をかぶった魔法使いがいたところだけであった。
「……まあどうせここにも長居しないのだから、慣れられようが慣れられなかろうが問題はないけどな」
ほとんどのギルド関係者はこの格好にも理解を示してくれるが、中にはどうしても慣れない人もいる。それにギルド関係者じゃない街の人たちはもっと慣れないので、新しい街に行けば周り中から奇異の目で見られる事も多い。
ルクセンブルクには一年以上過ごしてきたため住民たちも慣れてきているのだが、そうなるまでに結構時間がかかった。なので長期滞在した街以外では慣れられる前に出ていくことが多いので、数日しか滞在予定のないこの都市でも同じようになる可能性が高かった。
この視線は決して気持ちいいものではない、しかし優斗もすでにこの格好にもそれが原因で自分に向けられる視線にも慣れたため、そのことについて特に気にすることはなかった。
優斗は自分に注目が集まっていることを感じながらも、ゆったりした足取りで受付まで向かった。
「な……何の御用でしっ、ししょうか?」
緊張していたのか、優斗が来た窓口にいたまだ十代半ばぐらいの比較的若い受付嬢が言葉を噛んでしまう。優斗はそれを見て少しかわいそうに思えたが、それを態度にはおくびにも出さず用件を伝える。
「俺は連れと今日この都市に来たばかりなんだが、どこかおすすめの名所とかはあるか?」
「あのですねえ、ここは冒険者ギルドであってこの都市の観光案内所ではないんですから、そういうことはどこか別のところで聞いてもらえますか?」
受付嬢はその端正な顔に半ば怒りをにじませながら答える。彼女としては自分が噛んでしまったことへの羞恥心から目の前の仮面をつけた人物に逆切れしており、どんなことを言われても丁寧に処理するつもりはなかった。
「(なんか当たりが強いな。王国のギルドではこう言えばうまく進んだんだがな)」
優斗が王国のギルドにいたときは、まず初めに同じように声をかけ、それを聞いた受付嬢が「冒険者の方ですか?」と聞いてくるので、その人に冒険者としての身分を提示することでその街のことをいろいろ教えてもらえたのだ。
目の前の受付嬢が怒っているのは優斗のやり方がここでは通用しないからであると考えた優斗は、確かに自分のやり方は少し回りくどかったかもしれないと反省し、自分の持っていた金級冒険者の証を見せた。
「えっ……き、金級冒険者なんですか!?」
「その通りですが……少し声が大きくないですか?」
「ご……ごめんなさい」
受付嬢が大声を上げたことで、その場にいた冒険者たちが優斗への注目をさらに強めた。元々仮面で注目を浴びていた人物が冒険者の中でも上から二番目に位置する金級であると知って、彼らはより優斗に対して興味を抱いた。
「まあばれる可能性をまるで考えていなかったわけじゃないから別にいいけど……。それで、この街について簡単な注意点とかあったら嬉しんだけど」
優斗は先ほどの反省を生かし、今度は自分の知りたい情報をストレートに伝えることにした。この国にある商会とスパイから情報はもらっているが、それでも彼の手はまだ冒険者ギルドまでは伸びていない。
冒険者ギルドが優斗の知らない情報を持っているかもしれないし、金級冒険者にならそれも教えてくれるかもしれない。
どうせ情報をもらえなくとも挨拶にくらいは出向くつもりであった優斗だが、こんなことなら別に来なくてもよかったかもと少し後悔した。
「注意点ですか?そういえばもう少しで王位継承戦が始まるんですが、良ければ見ていかれればどうですか?」
「王位継承戦とは?」
「王位継承戦を知らないということは他国の方ですか?」
「ああそうだ。隣にあるブルムンド王国から来た」
「なるほど……だから私も知らなかったのですね。えー、王位継承戦ですが、これは簡単に言うと王子たちが次期国王の座を狙って戦いあうトーナメント戦です。王子本人とその決められた数の配下が一つのチームとして出る大会で、国民全員が最注目の大会なんですよ」
「(そりゃそうだろうな)」
自分たちの国の次期国王を決める戦いである。単純に戦いを見たいというだけでなく、自分たちの次の王がどんな者になるかに対しても注目が大きい大会のはずだ。
国民なら誰しもが注目するだろうし、むしろ注目されないほうが問題であると言えた。
「そういうわけで、今は国中その話題でいっぱいですね。気を付ける点を挙げるとしたら、王位継承戦を見に来る貴族が多いということですね。冒険者と貴族の間にトラブルが起こることは珍しくないですが、ベテランの方曰く特にこの時期は多いみたいですよ。実際前回の王位継承戦があった三十五年前もそうだったみたいですから」
「それは怖いですね」
「ええ。でも、気を付けていれば大丈夫だと思いますよ。それにこの国の貴族は強い方に敬意を抱く傾向が強いので、金級冒険者なら多少の無礼は許してもらえるはずですよ」
極力トラブルを起こしたくない優斗は受付嬢の言葉に安心しながら、王位継承戦以外のことも聞いてみた。
優斗が金級冒険者だとわかったからか先ほどよりも丁寧に対応してくれる受付嬢にいろいろ聞いた後、簡単な依頼を一つ受けてからアシュリー達に合流した。