運の尽き
「お、おらたちは盗賊団だー!痛い目に遭いたくなかったらー、金目のもんさ置いてとっとと逃げるだよー」
優斗たちを取り囲んでいる者たち、その中でも最も背丈の大きい者が、この場では似つかわしくないようなのんびりした声で言い放った。
「盗賊団?そんななりして成功すると思ってるのか?今回は見逃してやるから、せめてもう少しいろいろ準備してから出直して来い」
優斗は自分たちを囲んでいる自称盗賊団を見て、彼らに対する敵意が大幅に削がれてしまった。
盗賊団のメンバーは優斗たちに見える範囲で二十人、そして草むらに隠れて様子を伺っているのが五人である。感知能力に優れているユズでもそれ以上は見つけられないので、少なくともこの場にいるのは二十五人で間違いないと確信することができた。
人数的には自称盗賊団の方がかなり多いのだが、彼らの容姿とその身に纏っているものを見れば大したことないのがすぐにわかってしまう。
彼らは全員が子供であり、先ほどの一番大きい子でも160センチにすら届かない。見たところドワーフなどの種族的に小さい者たちではなく、顔立ちや未発達の体などを見れば彼らが子供であると予想することができる。優斗の判断したところおそらく6歳~13歳くらいまでの子供たちの集団であり、どう贔屓目に見てもまったく力を持っているようには見えなかった。
そして彼らが身に纏っているものもほとんどただの布きれに近いものであり、ぎりぎり服と判断できるほどでしかない貧相なものでしかなかった。
万が一の可能性でこれが偽装であり本当は強い力を持っている可能性もあったが、だとしてもここまでする必要はない。魔力も少ないしユズの目から見ても戦闘力を偽装してないと思われるため、優斗たちの警戒はかなり薄れていた。
そもそも自称とは言え盗賊を名乗っているにもかかわらずその武器はほとんどがただの棒切れであり、数少ない金属も錆びていて使い物にならなそうなものしか装備していない。
ここまで悪条件が揃っていてはどう考えても馬車を取り囲んでいる自称盗賊はただの貧しい子供であり、いくら数で負けていたとしてもそんな子供たちにこの世界でもトップクラスの力を持っていると思われる優斗たちが負けるという可能性は万に一つもなかった。
「出直さないぞ!たとえ殺されたってしがみついてやる!!」
十歳くらいの男の子が、彼らを無視して馬車に乗り込もうとした優斗たちに向かって吠える。
「その目は……なるほど、やっぱり普通の盗賊相手よりたちが悪いな」
優斗はその少年の目を見て大きなため息をつく。
「なあなあ優斗、ここはひとまずわけくらい聞いてみいひんか?」
「そうだよな。俺だってこの子たちの格好には同情するぜ」
「僕も話くらいは聞いたほうがいいのではと思いますが……」
「お前らなぁ……」
優斗は『インフィニティーズ』に所属している他の三人の意見を聞いて、心底困り果てた表情を浮かべる。
優斗だってもちろん目の前の子供たちの姿に何も思わないほど人としての心がないわけではなく、できることなら彼らを助けてあげたいという気持ちが全くないわけではない。
優斗だって彼女たちが話くらいは聞きたいと思った気持ちはわかるし、彼らの姿を見て同情したというのもおかしい話ではないと思っている。
優斗も大なり小なり彼女たちと似た気持ちを持ち合わせてはいるが、だとしても今の状況では子供たちからわけを聞くことすらもしないほうがいいと思っている。
子供たちにどんな事情があるのかはわからないが、それでも彼らの様子を見れば貧困であることはまるわかりだ。どんな理由があるにせよ最終的に彼らの貧しさに話が収まるのは確実であり、それはゆるぎない結論である。
優斗たちが持つ戦闘力、さらに冒険者や商会として儲けた財力に何階層もあるダンジョン内部+ガドの大森林の四分の三と言う広い支配領域、そしてエリアスとミアの技術力やイリアの持つ回復及び蘇生魔法などの医療手段、これらが合わされば大体の問題を解決することが可能であり、おそらく目の前の子供たちの持つ問題も優斗たちならたちどころに解決してしまえるだろう。
しかし十中八九解決可能だからこそ、優斗たちが彼らの事情を聴くわけにはいかないのである。
仮に優斗たちがその問題を解決したとして、その後彼らがどうなるかまでの面倒を見ることは難しい。彼らの貧困の原因はわからないが、おそらく優斗たちの手にかかれば一時的には解決するだろう。しかし力を持たない彼らがその後結局また貧困になる可能性は高く、優斗たちもそれすら助けることは難しい。
もちろん彼らを強引にダンジョンや大森林に連れて行き生活させることもできるし、悪い奴からの介入を防ぎ彼らを救うにはそれが最も手っ取り早い方法だろう。それ以外にも多額の寄付や支援をしたりと言うこともできるが、そういうことをやってしまうとこれからの活動に支障が出るのである。
優斗たちがいるのはまだブルムンド王国内であるが、この国とは将来敵となるか味方となるかまだ決まっていない。もしブルムンド王国の民を勝手に自分たちの民にしてしまえば、後で色々問題になる可能性が生まれる。特に同盟国になった時にそれがばれれば色々譲歩しなければいけない可能性があり、例えその国で不幸になっていたとしても勝手に自分のところに持ってくることはしないほうが賢明なのである。
そして寄付や支援をする場合でも、それをどのくらいするかとか同じような状況になったらまたしないといけないのかとかいろいろ面倒になってくる。
彼らがとある村の子供だと仮定して、最悪なのはあの村にしたんだから今度はうちの村にもしてくれとか言われることであり、優斗としてはいちちそんなことを聞いていたらきりがない。そしてすでに優斗の持っている商会たちは孤児院への寄付などはしており、これ以上増やすのは負担にしかならない。
しかもその村を豊かにしたところで結局その地の領主が得するだけなので、民を貧困にさせた無能、もしくは悪徳貴族までもが豊かになるのはしゃくである。
結局こういう問題はかかわらぬのが吉であり、解決できる力がありなおかつその事情を聴いてしまえば、場合によっては嫌が応にもかかわることになってしまう可能性が高くなるので、優斗は彼らの事情を聴くことすらもしたくなかった。
「俺たちの決意は固いんだ!みんな!こいつらから金目のもんを奪い取るぞ!!」
「「「「「「「「「「おぉぉー!!」」」」」」」」」」
子供たちが優斗たちに向かって一生懸命に棒を振り回す。しかしこれほどの実力差があるのだから当然そんなものが効くはずもなく、隠れていた子供たちも含めて全員が簡単に無力化された。
「さてと……これからどうするかな?」
子供たちをこのまま放置すれば、この子たちは十中八九野良モンスターに殺されるか盗賊に攫われるかするだろう。優斗としてはそんなことになれば目覚めがよくないし、例え自分たちを襲ってきた相手が悪いとは言え、ただの子供がそんなことになる姿を想像するのはやはり不愉快である。
しかし子供たちが元気になればまた自分たちを襲ってくる可能性が高いため、彼らを回復させてから素直に解放してやるのも気が引ける。
優斗は慎重派でありなおかつ利益重視の考え方を持つ現実主義者ではあるが、良くも悪くもその心には少なからず慈悲が宿っていた。
「……こいつらに目をつけられた時点で、もうこのことは避けられなかったということか……」
面倒ごとを避けなるべく早く獅子王国に着きたかった優斗であったが、子供たちに根負けした形で彼らの事情を聴くことにした。