道中
「はぁ~、こういう時ホント『インフィニティ』の転移サービスが懐かしいな。行ったことない街にも金さえ払えば簡単に行けるあの頃はこんな無駄な時間とる必要はなかったのに」
優斗は移動のため馬車に乗っている自分たちの現状に対してその不便さを嘆いている。一度も行ったことのない場所とは言え国から国への移動をわざわざ時間のかかる馬車で行うのは優斗にとっては時間の無駄であり、自分がそうしなければならないことに大きな不満があった。
『インフィニティ』では街ごとに運営による転移サービスが網羅されており、行ったことがない街でも金さえ払えばすぐに行くことができた。それに日本にいた時も飛行機を使えば大体の国に半日以内で着くことができたことを考えると、その何十倍もの時間かかる馬車での移動がものすごく不便で非効率に感じていた。
しかしこの世界では転移魔法の使い手は希少なのでそんなサービスは行われていない、と言うよりすることができない。もちろん飛行機や新幹線のような物もないため、この世界の移動の格差はものすごい開いていた。
例えば転移魔法が使えれば行ったことのある街に一瞬で行くことができ、大きい鳥のような人を乗せて飛ぶことができる生物を支配している者はそれに乗って移動することができる。馬車に使われる馬にも何種類かあり、普通の馬を使っている優斗たちと強い馬型のモンスターを使っているものではその速度や安全性も段違いである。
もちろん優斗だってダンジョンモンスターとして強力な馬型のモンスターを作ることができる。しかし世間一般的に見れば馬型のモンスターを手懐けることができる者は少なく、そんなモンスターを飼っているのは王家及び力を持つ貴族家、もしくは歴史も金も権力もある大商会くらいであり、勢いがあるとはいえできてからまだ一年くらいの新興の商会が持つには不自然極まりないものである。
また『インフィニティーズ』が支配下に置いたモンスターということにしようかとも考えたが、そうするとこれまで発見されなかったようなモンスターをどこで捕まえたのか怪しまれるになるうえに、これからその馬を常に連れていなければならなくなる。
発見場所はガドの大森林でごまかせるかもしれないが、そこはまだ立ち入り禁止のためどうして入ったのかと突っ込まれることになる。もちろん金級冒険者の威光で何とかすることもできるのだが、なるべくギルドに借りを作りたくない優斗はその方法も取りたくはない。そしてそんなモンスターを常に連れ歩くとなると行動が制限される危険があるだけでなく、宿代でも馬の分でかなり使うことになってしまう。
商会には転移の魔道具があり、それを使えばもっと簡単に移動することもできるのだが、顔や名前が売れている『インフィニティーズ』がそれを簡単に使うことはできない。行ったことのある街なら転移魔法でも説明がつくが、そうでない街に一瞬で行ったとなれば怪しまれる。それにもし商会から出てくるところを見られたら、その商会に何か秘密があるんじゃないかと疑われかねない。
ただでさえ今波に乗っている商会ということで他から嫉妬を買っているのに、これ以上何か突っ込まれそうなことをするつもりもなかった。
転移の魔道具は優斗たちの商会の要である。それをおいそれと公表することは絶対にしないし、その便利さを求めて優斗たちの商会に対するちょっかいがこれまで以上に多くなることは簡単にわかる。
そしてこれまでならあくまでライバルの商会やその街の裏組織などで済んでいたちょっかいが、それこそ国の中枢である王や貴族にもされる可能性が高い。
武力的にはともかく、さすがに現段階で権力的にそれらからの干渉を跳ね除けるのは難しく、そうなればこちらが折れるかその国からは撤退するしかなくなる。
現在転移の魔道具は非常に重大な警備のもと、それらを保有する各商店の地下に隠されている。警備も優斗が信頼できる者しか行っておらず、そもそも現地採用の者にはその魔道具の存在はもちろん、それ以外の中枢部分についても一切教えていない程の徹底ぶりである。
そういうこともあって名の知られている優斗がこっそり商会の魔道具を使って移動することもできず、力のある馬型モンスターも使えないため行ったことのない場所には今回のように普通の馬車で行くしかないのであった。
「たしかに『インフィニティ』のときは移動が楽だったな。馬車で一日や二日ならともかく、今回のように一か月以上かかるとなると面倒に感じるのは当然だな」
「せやなー。タイムイズマネーっちゅうやつやな」
「タイムイズマネーってどういう意味ですか?」
地球のことわざ?格言?を知らないクルスが不思議そうな顔をして尋ねる。
「まあ簡単に言うとな、時間とお金は同じくらい大事やっちゅうことや」
「なるほどー。でも、お金で時間が買えるならそのほうが安いものかもしれませんね」
「まあ時間の値段にもよるけど、人によったらその通りかもしれへんな」
四人は談笑しながら馬車での旅を続ける。転移魔法の便利さを知っている四人はわざわざ馬車で向かうことをめんどくさがってはいたが、少なくとも今は大自然を見ながらの移動を楽しんでもいた。
「こういう時って大概盗賊が出るもんだよな。物語とかだとなぜかよく出……てきたのか?」
盗賊かどうかまでは分からないが、それでも自分たちの馬車を数人が取り囲んでいることに気づいた優斗が警戒を強める。
「馬車も止まったか」
優斗たちは今回御者として、ダンジョンやガドの大森林から支配下にあるモンスターやダークエルフたちを連れてきていた。 当然彼ら(特にダンジョンモンスター)を街に入れることはできないのだが、街道を走る時くらいは彼らがやっていても問題ないだろうし、街が近づけば転移魔法でダンジョンなりガドの大森林に送れば済む話である。
優斗たち四人もこの世界に来てから練習したので一応はできるのだが、それよりも集中的に練習させたダンジョンモンスターと、都市国家と行っていた交易の関係で御者としての能力に長けていたダークエルフのほうが格段にうまいので、彼らに任せるほうが移動にかかる時間や馬車での快適さが段違いなのであった。
馬車が止まったところから見てその御者をしていた彼らも自分たちが囲まれていることに気づいたのだと悟った優斗は、馬車にいるユズたちと顔を見合わせてから外に出た。
「それで……うちの馬車を囲んでいる命知らずはまだ出てこないのか?」
優斗たちのあまり大きくない普通の馬車には、その外観からは想像できないほど強力な戦力が積まれている。ただの盗賊が相手なら後れを取る可能性は皆無であり、国の騎士や高位冒険者すらどうすることもできない程の戦力であった。
「この馬車を取り囲んでいるお前たちに告ぐ!!俺たちと戦いたくないのならばこの包囲を今すぐ解け。そしてもし戦いたいのならば今すぐ出て来い!五分だけ待ってやる、だからその間に答えを示せ!!」
優斗が馬車を取り囲んでいる者たちに聞こえるよう大声で警告する。優斗の地声の大きさだけでなく音を増幅させることのできる魔道具によってより大きさの増した声は、少し離れたところにいた者たちにもしっかりと聞こえた。
「まったく……どんな用があるにせよ、用があるなら早く出てきてくれよな……」
優斗はただでさえ時間のかかる馬車移動なのに、その移動時間をさらに遅れさせてくる者たちに向かって苛立ちを覚えた。
今回の旅は急ぎではないが、それでも面倒事に時間を取られたくないのはいつでも同じである。これが自然災害などの悪意のない偶然ならまだ我慢できるが、それが人為的なものとなると怒りをぶつけたくなってしまう。電車でいう雨風による遅延なら許せるが、酔っ払いが線路でふざけたりしたせいで遅れたとなるとその酔っ払いに怒りをぶつけたくなるような感情である。
そして優斗たちが待つこと五分、彼らの前に現れたのは彼らが全く予想もしていなかったいで立ちの者たちであり、その者たちの姿を見て「これはある意味盗賊よりもたちが悪いかもしれん」と優斗は思ったのだった。