閑話ー ブルムンド王国の受難2
本日二話目です。
今回の戦争においての後始末をすべて終えてから五日後、王都に集結していた貴族たちもどんどん自分の領地に戻っていき、その数が半数以下になったことで王城がいつも通りの静かさに包まれたころ、二人の男がとある一室で頭を抱えていた。
「これでようやく気の重くなる仕事が終わったな。敗戦時の後処理などしていると胃が痛くなって敵わん」
華美ではないがそれでも見る者が見れば一目で高級品だとわかるよな服装を身に着けている白髪交じりの金髪を携えた初老の男が、顔のしわをより一層深くしてくたびれた表情を浮かべる。
「それは私のセリフでは?いつも通り今回の割り振られた仕事量はものすごかったですから。若いうちならともかくこのような老体には厳しすぎる仕事ですよ」
先ほど発言した男と同世代くらいの男が、笑いながらも皮肉気にそう言い放つ。
「すまんな。しかしこれだけの仕事を任せられるのは、余の知る限りお主しかおらんのだ」
「それは光栄です……と言いたいところですが、正確にはこのような貧乏くじを引くことができる貴族の中で引き受けてくれそうなのが私しかいなかっただけでしょう?
三大貴族なら引き受けるのに十分だけの格を持っていますが、彼らはこういう時に出てくることは一切ないですからね」
「それがやつらの歴史じゃよ……」
ここに座っているのは国王とその宰相だ。宰相も公の場ではなく二人きりのプライベートであるからこそ、普段公の場では決して言わないような皮肉も幼馴染である国王に言えるのであった。
「ですが、さすがに次やったらまずいですよ。今回も危なかったですが、次はそれこそ王都が危ないかもしれませんから」
「それくらい分かっておる。しかし、今のわが国ではそれに向けて行動する者はおらんのじゃ」
「奴らにとっては大事な時期でもありますからなぁ……」
現在国王は六十五歳、あと数か月すれば今年中に六十六歳になるほどの高齢であり、そろそろ後進への譲位も考えている時期であった。この国では国王が生きている間に王位を譲るのは珍しいことではないため、次の国王が生まれるのも後数年の間に起こるといわれている。
そして国王自身も後数年、場合によったら今すぐにでも譲位して隠居したいと考えるほどであり、本人もここ数年は常に譲位について考えてきた。
王位継承戦と言うのは二人目の王子が生まれた瞬間から、もっと言えば新国王が即位した瞬間から始まるものであり、もう何十年も前から次代の王を巡る争いは水面下で起こってきた。
現在は国王が高齢なこともあり、その王位継承戦も最後のラストスパートをかけてヒートアップしてきている。今三大貴族たちは自分の候補をなんとか勝たせようと必死であり、その派閥の貴族たちもそのためにいろいろな手を打っている。
国王と宰相が内政や軍事編成の見直しなどをして次公国が攻めてきた時のための準備をしておきたいのに対し、それを担うはずの貴族たちがそれどころではないためなかなか進まないのだ。
「貴族たちにももう少し危機感があればよいのだが」
「危機感ならありますよ。ただしそれが向けられているのは国内だけですがね」
二人は顔を見合わせてお互いに力なく笑いあう。王国が結んだのはあくまで停戦条約である。それに停戦条約を結んだとはいえ、今回の勝利に味を占めた公国がまた戦争を近いうちに仕掛けてくる可能性は高く、そのためにも王国としては様々な手を打っておかなければならない。
しかし今の貴族連中は外国との戦の準備より王宮での権力争いのほうに力を注いでおり、今回手ひどくやられたはずの公国に対しての対策を後回しにしている始末である。
二人からするとせめて自領の発展に注力してほしいが、残念ながら貴族たちはむしろ他者の足を引っ張りその力を削ごうとしている始末である。
戦争で実質的な敗北をしたくせにいまだ足を引っ張り合い他者の力を削ぐことしか考えていない貴族たちに対し、二人は呆れてため息をついた。
「まあこれもご先祖様が通ってきた道と言うやつだな。余とお前でできるだけ努力はしてみたが、結局奴らの力を削ぐことはほとんどできなんだな」
二人は宰相と国王として王権の強化を目標に邁進してきたが、その結果もむなしく効果はほとんどなかったといっていいレベルであった。とは言え少しは結果を出せたのだから、その健闘も無駄ではなかったといえる。
なんせ歴代の国王で同じことをしようとした者は様々な手で失脚させられてきており、彼らほど頑張れた例はほとんどなかったのである。
なぜなら王権の強化を前面に押し出した王子はまず継承戦の段階で三大貴族から支持されないため、どう頑張っても国王になることはできなかった。
次に今代の国王のように最初は前面に出さず王子時代から密かにそれを実行しようとし、そこからうまく三大貴族を味方につけて王になった者はいた。しかしその者も結局王座についてから色々と妨害にあい、それがまったく成し遂げられなかった。
二人のできた王権強化は僅かばかりであり、三大貴族も二人の、特に宰相の有能さに免じて見逃すことのできるレベルであった。二人はやりすぎにならないようなラインを探りながら少しずつ王権を強化してきており、国王が即位してからの目標を達成することができた。
国王は自分の設定した現実的で小さな目標は達することはできたのだが、それはあくまでも現実的なラインであり、本音ではもっと上の目標を設定したかった。そのため目標が達成されたことに満足しながらも、目標までしか達成できなかったことへの不満もまた大きかった。
「後は後進の問題でしょう。そこで陛下、そろそろ王太子を選定なされたらどうですか?」
国王はいまだに自身の後継者にあたる王太子を選定していない。もちろん三大貴族を無視して王太子を選定するのは不可能であるが、それでも三大貴族の支援を受けている者から王太子を指名すれば大きな騒動にならずに決められる。
この国は貴族の力が強いため、王太子が選定されるのは王子たちがある程度大きくなってからであった。そうでないと幼くして王太子になった子供への接触が過激化し、早く王太子を選定することで逆に国内が不安定になるからである。
しかしもう王自身もいい歳であり、その子供たちも大きくなってきた。ならばそろそろ王太子を選定するべき時であり、宰相も王位争いをやめさせてもっと他のことに貴族たちの関心を向けさせるためにもそれをしたほうがいいと提案した。
「確かに王太子を選定すれば貴族たちも公国のほうにもうすこし目がいくやもしれんな」
「はい。決まり上王女様は無理なため現実的に考えると候補は三人おりますが、陛下はこの中で誰を推すつもりですか?」
この国の王は先代の王から生まれた男子が即位することになっており、女王が生まれないのはもちろん王女の息子が即位することも基本的にはできない。これは王女と結婚しその子供を王位に据えてから摂政として貴族(実質的には三大貴族)の当主が幅を利かせすぎないようにするための王家の悪あがきであり、この条件によって歴代の王は三大貴族の令嬢を妻及び婚約者に持つ者のみがなるようになった。
幸いなことにこれまで王家に男子が生まれなかった例がなく、例外的に王女の息子を王位につけずに済んでいる。そして今代の王には十人の子供がおり、その中で王位継承権のある男子が六人、さらに三大貴族の支援をそれぞれ受けている王子が三人いる状況である。
まずは現在四十三歳でありすでに子供も数人生まれている長男のユーリットだ。文官肌の彼は内政面でもある程度の成果を挙げており、その能力や内面、長男でありすでに複数の子供がいることも含めて王に推す声は多い。また彼のバックにいるのはペンドラゴン侯爵家であり、現当主の妹がユーリットの妻となっている。
ペンドラゴン家は財政的に最も優れている貴族家であり、その総資産額は王家をも上回るのではないかと噂されるほどである。
彼らは領内に複数の鉱山を持ち、しかもその中の一つは貴重なミスリル鉱山と言うおまけつきだ。その鉱山で得た金属を売ったり加工したりして金を稼ぎ、さらにその金を使い領地を活性化させることで更なる利益を生み出す。
恵まれた資源とそれを上手に生かす術を持つ彼らは、財政面においては敵なしと言われるほどの大貴族であった。
次の候補は最近結婚して第一子が誕生したばかりの三男バルドだ。彼はその生まれつき恵まれた体格を生かして騎士としても活躍し、騎士団でもトップクラス、冒険者で言うところの銀級程度の力を持っている実力者であった。
そんな兄弟たちの中でも最強を誇るバルドはロンバルキア辺境伯家がバックについており、現当主の娘が彼の妻であった。
ロンバルキア辺境伯家は最も武勇に優れた貴族家であり、兵の数や錬度は貴族家一である。今回の戦でもその騎士団はそこそこ活躍して貴族家の中では高い評価を得ており、戦えば王家の騎士団よりも強いかもしれないといわれるほどである。
ロンバルキア家の男子は伝統的に幼少から鍛えられるため軍でも活躍する者が多く、まさに王国における武の名門と言える家でもあった。そんな家であるから武闘派のバルドはものすごく馴染んでおり、ロンバルキア家もバルドへの援助を惜しむことはなかった。
最後の候補はまだ十四歳の六男ペーターであり、彼を支持しているのは現王妃の実家でもあるパロム侯爵家だ。まだ幼いためその実力は明らかになっていないが、それでもまだ三大貴族に支持されていない三人の兄ではなく最年少のペーターをパロム侯爵が支持したのは何かあるんじゃないかと貴族たちは注目しており、今回の王位継承戦の台風の目とも言われている。
ペーターは現パロム侯爵の孫であり、彼の従弟でもある令嬢と婚約している。二人はペーターが十八になった時に結婚する予定だ。
パロム侯爵家は王国で最も広い領地を持つ貴族であり、その広さは王家直轄領よりも上である。その広い土地を使い農業などの食糧生産に励んでおり、王国の食料の二~三割をパロム領が担っているといわれるほどである。
現在この三家に支持されている三人が有力な王太子候補であり、選ぶとすればこの三人以外はあり得ないとされていた。
「やはり決めるべきだと思うか?」
「ええ。それにそうしなければ、近々完全に国が割れる可能性もありますれば」
現状では三大貴族をバックに持つ王子たちが権力争いを繰り返し、それに忙しい貴族たちは公国に負けようが内部で争うことをやめない。
このままでは近い将来国が完全に割れて公国に攻め込まれ、最悪ブルムンド王国と言う名が歴史から消えることになってもおかしくはない状況である。
それが強く分かっている宰相は何とかそれを防ごうとあがいているし、王も宰相のその気持ちはよく分かっている。
「わかった……王太子は近々発表する。しかし今の状況でそれはできないから、後少なくとも一年は待ってもらうぞ」
「それはわかっております。さすがに今の状況で王太子を発表することはできますまい」
現在は実質的に戦争に負けた状態であり、それによって貴族たちの不満がたまっている状態である。そんな中三大貴族のうち二家が絶対に負ける王太子選定をするのは悪手であり、王が心の中で王太子を誰にするか決めるならともかく、それを正式に発表するのは今は時期が悪いと言わざるを得なかった。
「決めてもらえたのなら何よりです。ではそれをしかるべき時に公表しましょう。できれば早く新王に誕生してもらい、私も息子に家督を譲って隠居したいところです」
「そうだな。余もこの多大なストレスのかかる位をできるだけ早く息子に譲るとしよう」
長年王国を支えてきた二人もすでに引退する心を決め始める。そして王が考える王太子が誰か教えてもらった宰相はその理由を尋ね、答えを聞いて深く納得することになった。