蘇生
「言っておくが、いくら里の支配者になられるお方とはいえ、さすがに親父の死体を渡すわけにはいかねえ。里の英雄である親父は、この里でずっと安らかに眠っててもらいたいからよ」
優斗がオルガの死体に近づいた結果、そこにいたガンカが強い敵意のこもった目で見てきた。言葉にもどこか棘があり、絶対に勝てないと分かっているであろう優斗相手でもことを構えそうな雰囲気があった。
「よせ。俺は何もお前が勘違いしているようなことをするわけではない。俺だって動かなくなった死者をそれ以上何か害しようとは考えていないさ」
優斗は肩をすくめてそう言い放つ。優斗からすると自分がオルガの死体を回収して何かしようとしているのではないかと邪推されたことは甚だ遺憾であった。
「ではなにを?」
「まあ見てればわかるさ。ただ一つ言えることは、これからすることは決してお前たちにとって損になるものではないということだな」
優斗はそう言って杖を取り出す。この杖には超級の蘇生魔法が付与されており、これを使えばオルガを生き返らせることができるのである。
「その杖を使ってどうするつもりだ。まさかこれ以上親父に何か魔法を使って痛めつけるのではないだろうな?」
「だからそんなことはしない。俺は死体蹴りなんて悪趣味な人間じゃないし、そもそもまったく恨みがない人間にそんなことはするもんじゃない。それにもし俺が魔法で何かするつもりだったとして、お前がそれを止められるのか?」
「それは……」
「俺が魔法で何かするとしてもお前では止められないことを理解したなら、邪魔にならないように離れて見てろ。失敗はしないと思うが、気が散って近くにいる者に対象が変わってしまうと何も起こらんからな」
優斗は自分をまるで信用していないガンカに鋭い目を向け、自分の言うとおりにするようプレッシャーをかけた。
「……ぐぅ……やっぱり何かするつもり……ではないか!」
「しつこいなぁー」
優斗のプレッシャーに負けずオルガのそばからどかないガンカ、その姿を見た優斗はいい加減飽きれて実力行使に出ようとした。
「父親が死んだんだから色々と大目に見てはいたが、さすがにここまで聞き分けがないとどうにもならん。無理やりにでもどいてもらうぞ」
優斗も我ながら色々とひどいことをしているという自覚はあるのだが、それでもこれが自分たちに必要なことであると信じ動きを止めることはなかった。
「優斗様、我々にお任せください」
「ああ任せた」
優斗の連れてきたダンジョンモンスターたちが、オルガの死体から離れようとしないガンカを無理やりどかす。
「完了しました」
「よくやった。これでよみがえらせることができるな」
ガンカを含めたダークエルフたちが優斗たちに騒がしく文句を言う声を聞き流しながら、優斗は手に待った杖をオルガに向け、その杖に込められている超級蘇生魔法〈完全なる蘇生〉を使った。
「ゴフッ、ゴフゴフ」
蘇生魔法を受けてオルガが息を吹き返した。先ほどまで文句を言っていたダークエルフたちは、事態が理解できないのか喜びや驚きを通り越して完全に声を失って立ち尽くしており、唖然としながらその状況を見ていることしかできなかった。
「気分はどうだ?」
優斗が息を吹き返したオルガに声をかけた。
しかし目を見開いたままオルガはずっと黙ったままであり、優斗の質問に答えることはなかった。
「なぜ何も答えない?実験したところ〈蘇生〉をかけられた場合はレベルダウン、レベルやステータスの見られないこの世界では生命力の消失といったほうが正しいのかもしれんが……によって蘇生した直後は色々と戸惑いがあってうまく声を発せなくなることもあるようだが、その上位であり今回使った〈完全なる蘇生〉では生命力の損失がないため戸惑いもほとんどなかったはずだ。
そうなると……オルガは蘇生したという事実によって戸惑っているということか?」
優斗は独り言を言いながら、目の前でいまだ戸惑っているオルガを観察し続ける。
「おそらくその通りだと思いますよ。誰でも蘇生された直後は大なり小なり違和感がありますから。慣れてくれば問題ないかもしれませんが、それが最初ともなれば、しかも彼は自分が復活するとは予想していなかったようですから、こうなってしまうのもおかしくないのではないですか?」
「それもそうだな。そういえば俺も最初は少しばかり違和感があったような気がする」
優斗は自分が『インフィニティ』で最初に蘇生してもらった時も、ゲーム内であるにもかかわらず違和感をぬぐい切れなかったことを思い出し、生身ならもっと違和感があるのもしょうがないかと思いオルガを見続けた。
「しかしそれにしても……オルガはもちろんだが周りの驚き具合もすごいな。ここでも蘇生魔法というのは凄く貴重なものなのかもしれんな」
優斗がルクセンブルクで得た情報の結果蘇生魔法が存在することは確認されているのだが、それを使える使い手はこの大陸に片手で数えるほどしかいないと聞いた。そしてブルムンド王国にはその使い手が存在しておらず、実在はするがめったにお目にかかれないものすごく貴重な魔法であるという認識であった。
優斗はこのダークエルフの里においても蘇生魔法が貴重なものなのだろうと考え、それが使える(本当はマジックアイテムによるものだが)優斗に驚きすぎたのだと考えた。
「……儂は……儂はなぜ生きておるんじゃ……?」
オルガは今だに自分が生きていることが信じられないようであり、自分が本当に生きていることを確かめるように何度もそう呟いた。
「信じられないか?」
その声を聴いたオルガはようやく優斗のほうに顔を向け、信じられないものを見るような目で優斗を見ていた。
「何か言いたいことがあるようだな」
「儂はお主の魔法によって殺された……。それは間違っておらんな?」
「ああそうだ。自分が死んだと勘違いして気絶したわけでも、俺が魔法やスキルを使って仮死状態にしたわけでもない。
信じられずにいた者たちのためにお前の息子にも確認させたが、彼もお前が死んでいることを断言していたぞ」
「そうじゃろうな」
オルガは優斗の言ったことを頭の中で反芻し、しっかりと整理したうえで次の質問に移る。
「ではどうして儂はお主や里の者たちの姿が見えておるのじゃ?お主が死神で儂だけでなく里の者たちも死後の世界に連れて行ったということか?」
「フハハ、なかなかおもしろい発想だな。しかし違うぞ。俺は死神じゃないし、お前以外のダークエルフを殺してもいない。当然俺は現世と死後の世界を自由に行き来できるような存在でもないぞ」
「どうやら……儂に死後の世界で幻術をかけているわけでもなさそうじゃ。だとすれば、ここが正真正銘の現世ということになるようじゃな」
「まあそういうことだ」
オルガは質問しながら徐々に冷静さを取り戻していく。このころには彼を戸惑わせていた違和感も徐々に薄まってきており、会話くらいなら問題なくできるようになっていた。
「じゃがなぜお主が儂を生き返らせることができたのじゃ?まさかそなたが神だとでもいうのか?」
「ん?蘇生魔法の存在を知らないのか?使い手がいないのはわかるが、書物や口伝、噂などで蘇生魔法の存在を聞いたすらないのか?」
「蘇生魔法?なんじゃそれは?」
蘇生魔法は確かに貴重だが、それでも優斗が情報を得られた通り存在自体は確認されている魔法だ。優斗はダークエルフの里でも聞いたことくらいはあると想定していたのだが、先代里長でありなおかつ里の者たちの中でもかなり高齢に当たるオルガの反応を見た限り、どうやらこの里の者たちは蘇生魔法の存在を知らないようであった。
「蘇生魔法は使い手が少ないが、それでも確かに存在している魔法だ。それは今のお前が一番身に染みて感じていることじゃないのか?」
「つまりあなた様方は、死者の蘇生すらもできる方々なのですか?」
オルガは優斗に尊敬のような、崇拝のような目を向ける。
「使えるのは俺じゃなくその仲間だがな。まあ俺もそれに匹敵する魔法は使える。それは身をもって知っているだろう?」
「ならば……ならば!」
オルガは縋るような目を優斗に向けるが、「言っておくが、肉体のない、及び肉体の損傷が激しすぎる者を蘇生することは不可能だ。それと、もし蘇生条件に合致したとしても本人がそれを拒否した場合には復活しない」と聞いた瞬間、目に宿した光は急速にしぼんでいった。
「さて、もう何度目かわからなくなってきたくらい言ってきたことだが、今度こそ最後と思いもう一度だけ言わせてもらおう。
これからこの里は俺たちの支配下にはいってもらう!よいか?」
「「「「「「「「「「はいっ!!」」」」」」」」」」
優斗がこの里に来て何度も発してきたその言葉、今度は何の文句も条件もなく了承されたのであった。