力の差
優斗対オルガの近接戦、それは先ほどとは違いオルガが優勢に戦いを進めており、オルガの攻撃が次々防がれ意気消沈していたダークエルフたちは、一部を除くと打って変わって元気になった。
「さっきよりアウェーに来た感じがするな。俺が活躍したら静かになるのもアウェーぽいけど、やっぱり敵が活躍して観客が盛り上がるほうがアウェーぽいよな」
優斗はオルガに押されているにもかかわらず、終始余裕の表情を崩そうとしない。その余裕の原因は彼の持つレベル相当の体力にあり、オルガ程度の攻撃ならもっとたくさん食らっても負けない自信があった。
「近接戦闘は大したことないようじゃな」
オルガは多少息を乱しながらも、少しがっかりした様子をにじませながら戦いを続ける。オルガは優斗が近接戦闘でも強い男であることを密かに祈っていたが、残念ながら優斗の近接戦闘は彼が思うほど強くはなかった。
確かに優斗の体力はオルガを優に超えていることは認めるし、筋力や敏捷性が自分より高いことだって認める。しかし優斗が持つ技術と経験はオルガには遠く及ばず、何百年も戦い続けてきたオルガには筋力や敏捷性の差を埋めるだけの技術と経験が備わっていたのだった。
優斗は魔法関係のステータスは高いが、反対にそれ以外のステータスはレベルのわりにかなり低いと言わざるを得ない。それでもオルガより上回っているのはさすがだが、この戦いでは体力以外のステータスの差はオルガの老練さによって押さえつけられていたのだった。
「さすがに魔法やスキルなしの近接戦闘じゃ勝ち目がないか」
これ以上続けても近接戦闘で勝つことは難しいと判断した優斗は、剣をしまって再び魔法中心で戦うことにする。
「さっきと同じ形にしてきたか」
自分が手が出せなかった時と同じ戦闘スタイルに戻った優斗を見て、オルガは強い焦りの表情を浮かべた。
「肉体のステータスに圧倒的差がない限り、俺のにわか仕込みの剣ではさすがに何百年も槍を使って戦ってきた者に勝てるはずもなかったからな。
近接戦闘に関してはお前と戦えたことで学べたことも多い。だが俺もここで負けるわけにはいかないからな。これからは確実に勝たせてもらうぞ」
「遊びは終わりというわけじゃな」
優斗が勝負を決めに来ていると感じ取ったオルガは、さらに気合を入れて槍を持つ手に力を込める。
オルガだって普段なら優斗みたいな絶対に勝てないと思わされるほどの強敵と遭遇すれば一目散に逃げるが、今回の戦いは仮に負けるとわかっていても逃げることが許されない戦いである。
どうせ逃げられぬのならば最後まで全力で戦う、これが先代里長である前に武人オルガとしての信念であり、オルガは今回も最後まで気を抜く気はなかった。
「終わりだ。〈地獄の炎〉」
優斗が魔法を唱えたのとほぼ同時に、オルガの体を黒い炎が包み込む。
「親父!」
「じいちゃん!何でいきなり燃えてるんだよ!?」
オルガが急に燃え出したのを見て、ダークエルフたちは彼の家族を筆頭に驚いて目を見開く。彼らはオルガが急に燃え出したことに驚いているのだ。
〈地獄の炎〉はターゲットとなった相手の体から直接黒炎を出す魔法であり、躱すには魔法が来ると思った瞬間に移動するしかない。
オルガが今まで知っていた攻撃魔法はすべて術者及び術者が示した場所から攻撃が飛んでくるものであり、〈地獄の炎〉のようにいきなり自分の体が燃えるような魔法は経験したことがなかった。
オルガはどんな魔法が飛んできても対処できるように神経をとがらせていたが、まさかそれが直接自分を攻撃できるような魔法だとは思っていなかったため、躱すどころか反応することですらできなかったのである。
「終わったか」
オルガを包んでいた黒い炎が収まり、そこから出てきたオルガは完全に息を引き取っていた。
「親父!なに寝てんだ!!早く立ち上がってくれよ!!!」
「無駄だ。もうすでに彼は死んでいる」
「はあ!?よく見てみろよ、親父の体は火傷の一つもねえじゃねえか。これでどうして死んだって言えるんだよ!?」
ガンカの言う通り、炎に全身を包まれていたにもかかわらずオルガの体には火傷一つない。それを見て普通に考えれば炎が効いていなかったということだし、オルガの強さからしても炎を受けて火傷一つないということは十分にあり得る話であった。
ガンカだけでなく、オルガの姿を見たほかのダークエルフたちも声援を送り始めた。
「どれだけ声援を送ろうが無駄だぞ。こいつはもうとっくに死んでいるんだ」
オルガの身を包んでいた黒い炎は、実体ではなく魂や精神といった内面的なものを焼く炎である。つまり外傷がなくともオルガにはダメージが与えられており、その炎が自然と消えたことがオルガの死んだ証明である。
炎が消える条件は三つ、一つは魔法を使用した者、つまり今回で言えば優斗がその炎を消すことである。これは簡単な方法であり、単純に消えろと願えば炎が消えることになる。
二つ目はそれ以外の人物が何らかの手段をもってして消すことである。燃えている本人やその仲間の装備やアイテム、スキルに魔法などで炎を消すことができる。
そして三つめは、決められた制限時間が過ぎるか炎を受けた対象者が死ぬことである。この魔法が開発された当時は後者だけだったのだが、それだと対処する手段がなかった場合に炎を食らった瞬間負けがほぼ確定してしまうので、運営によってすぐに改良されたという経緯がある。
その代わり最初は炎を食らっている時間ごとに一定のダメージ量が与えられていくシステムだったが、改良された結果食らった瞬間に大きなダメージを一度受け、その後は従来通り時間ごとに一定のダメージが与えられる仕組みになった。
この三つのうち一つ目は優斗が炎を自分から消そうとしなかったので当てはまらず、二つ目はオルガ及びその周囲から炎を解除するために何かした気配を感じなかったので当てはまらない。そして炎が消えたのが規定時間よりも早かったため三つめも当てはまらない。
結論としてオルガが死んだと考えるのが一番妥当である。オルガが何らかの手段を使い炎を消した可能性はゼロではないが、優斗が予想したオルガの残体力と〈地獄の炎〉によるダメージ量を考えると、オルガが生きている可能性は限りなくゼロに近いと断言できるのであった。
「ならば確かめてみればいい。それで死んでいれば満足だろ?」
優斗はそう言ってオルガから少し距離を取ってダークエルフたちを促す。誰が行くか見合っていたダークエルフたちだったが、ガンカが意を決したようにオルガのもとに歩みを進めた。
「親父……ほんとに死んだのかよ……」
ガンカがオルガの脈を測ったが、その脈は一向に動く気配がなかった。心の中では父が死んだことを否定したかったが、自分は見た結果は確実に死亡であり、今それを偽ったところで何の意味もないことはガンカが一番よく分かっていた。
「親父は死んだ!野村優斗、いや野村優斗様によって先代は負けた!!」
ガンカがそれを言った途端、ダークエルフたちは悲しみと諦めの表情を同時に浮かべた。