一騎討ち
ダークエルフの里はこの日、いつもは感じられないような静けさに包まれていた。そして家から出ることのできない病人やけが人以外のほぼ全員が里の中央に集結しており、これから行われることを固唾を飲んで見つめていた。
「来たぞ」
その声に従って里の入り口方向に目を向けると、そこから先日里に侵入した集団が一人の男を先頭にして現れた。
その姿を見た者たちの反応は様々であり、明確な敵意を向ける者もいれば恐怖のあまりその姿を直視できない者もいる。
「約束通り来たぞ。それで、先代里長のオルガとはどいつかな?」
集団を率いてきた優斗が代表してそう告げると、ダークエルフたちの集団の中からガンカと似た雰囲気を持っていて、なおかつそれよりもかなり年を取っているように見える老人が出てきた。
「儂がオルガじゃ。先日は儂の息子たちがお主らの世話になったようじゃの。痛い目を見たと泣きついてきおったわ」
オルガは人の良い笑みを浮かべながら話す。ダークエルフたちが優斗に向かって向けてくる感情は恐怖や怒り、諦めや疑いなどであり、優斗の目の前にいるガンカも含めて彼らは皆睨めつけたり複雑な表情をしたりしている。
オルガのように笑顔を向ける者はもちろん、自分の抱いている感情を全く表に出していない者も他にはいない。年が上である者ほどなるべく自分の感情を表には出すまいとしているが、それでもこれほどうまく行えているのは彼だけである。
まさかオルガが今の現状を喜んでいるとは思えないため、単純に感情を隠すのがうまいのだと優斗は判断した。
「今日はあなたにも痛い目を見てもらうかもしれませんよ?」
「そうじゃろうなぁ」
優斗は自分の挑発を意に返さないオルガの姿を見て、彼の評価を心の中で少し上昇させる。
「自分が勝てるとは思わないのか?」
「息子たちの話が正しければ、少なくとも儂ではお主の部下であるお嬢さんには勝てないじゃろう。そしてお主がその少女よりも強いというのであれば、儂が勝てる可能性は限りなく低いと言わざるを得んじゃろうからなぁ」
「それでも戦うのか?」
「そうするほかないじゃろう。それにこれは里だけでなくお主らのためにも良いことじゃろ?」
里の民に優斗が力を見せつけることで支配下に入ることに反対する勢力を押さえつけ、なおかつ彼らがむやみに優斗に逆らうことがなくなるため支配がしやすくなる。
オルガはガンカの狙いも優斗の狙いもすべてわかったうえでこの場に立っており、その姿は堂々としたものであった。
「……亀の甲より年の功か」
「何か言ったかの?」
「いやなんでもない。それより、戦う準備はできているか?」
「もちろんじゃ。昨日里長に言われてから、万全の準備を整えてこの場に立っておる」
オルガはそう言って手に持つ槍を掲げる。そうするとダークエルフたちから大きな歓声が上がり、優斗は彼の持つ槍が里を象徴しているように感じた。
優斗が見たところその槍はVRに匹敵する力を持った武器であり、昨日戦士団が使っている武器を見ていた優斗としてはそのことに少し驚いた。
昨日戦士団が使っていたのはすべてC~UCまでの武器装備であり、里長のガンカでさえUCのものを使っていたのだ。
優斗の潜入しているルクセンブルクでもそのほとんどがダークエルフたちと同じグレードの武器装備であり、Rを使っていたのは『ルクセンブルクの華』と『スネークヘッド』の各パーティーリーダーと『暁の星』のメンバーだけであり、VRに相当するものはまだ見たことがなかった。
街に潜入する前に捕まえた『ウルフファング』たちの装備がRとUCの組み合わせであったので、Rもそこそこは出回っていると思って優斗たちだったが、銀級冒険者の地位の凄さをよくわかっていなかったためにRの装備を最初からつけていて目立っていたことに気づいたのは、優斗たちが街に入ってから二週間後のことだった。
ルクセンブルクでも見たことがなく、金級冒険者でさえ持っていなかったグレードの武器が森の中にいるはずのダークエルフにわたっていることを知って、優斗はそれにも驚かされた。
「俺はアークウィザード、まあつまり魔法使いだ。だから武器は今身に着けている装備だな」
「杖はいらないのか?」
「いると思うか?」
本気で戦うときは当然魔力増幅や魔法の効率化及び威力上昇などの効果を持つ杖を使う優斗だが、今回はそれを使う必要がないという判断をした。
この戦いは優斗の力を見せつけるのが目的であり、ダークエルフたちに自分には勝てないと思わせる必要がある。そのため自分が勝った要因が武器装備によるものだといういちゃもんを極力避けるため、優斗は杖を使わない。装備もCのものしか使っておらず、こと装備に関してはオルガのほうが上であった。
「驕りか……いや、強者であればそれは驕りにも油断にもならんということじゃな」
強い武器や装備というのは、それ相応の力を持つ者のもとに集まりやすい。オルガは自分がこの槍を持っているのは運が良かったこともあるがそれと同時にこの槍が自分に引き付けられたということもあると考えており、自分よりも強いと思われる優斗たちには当然この槍以上の武器装備が流れていると考えていた。
それにもかかわらず自分よりも明らかにグレードの劣る武器装備を使おうとする優斗に一瞬怒りを覚えたが、それでも優斗が強い武器装備は使わないのはそれだけ実力差が離れていると向こうが判断しているからだと納得して怒りを収めた。
「戦う準備をしようか」
優斗たちに注目しているダークエルフたちは今まで以上に距離を取り、優斗の後ろにいるヒルダたちも後ろに下がって少し距離を取った。
「間合いはこれくらいでいいか?」
「お主がよいのであれば構わんぞ。儂にとっては有利すぎる間合いだからの」
二人の距離はオルガの持つ槍の間合いから一メートルほど離れた程度であり、オルガが一度踏み出すだけで優斗に攻撃できるほど彼にとってベストな距離であった。
「構わない。開始の合図は……そうだなあ、ここの里長にでもしてもらおうか」
「わかった。なら開始の合図は俺がさせてもらう」
優斗とオルガ、二人が戦闘態勢に入っていることがわかったダークエルフたちに緊張が走る。その息苦しくなるほどの緊張感は、ガンカが開始の合図が行うまで続いた。