再交渉
「ダークエルフの里長ガンカ!今一度聞く、今からこの里を俺たちの支配下に置くことに賛成か?」
優斗がガンカの目の前で先ほどと同じ要求をもう一度する。前回この要求をしたときは凄い敵意のこもった目で睨んできたダークエルフたちであったが、ヒルダによって気を失わされたり戦意を折られたりしたダークエルフたちの中に同じ目を向けてくるような者はいなかった。
優斗の目の前にいるガンカも悔しそうな顔をしているが、だからといって優斗の言葉に逆らえるほどの戦意はすでに失せており、悔しさの中に諦めも含んだ表情をしていた。
「お……俺はこの里の長を務める者だ。先代の長でありなおかつこの里を作った英雄でもある親父には遠く及ばないが、それでも俺が今代の里長であることには変わりない」
「それがどうした?」
「里長にはこの里にいるダークエルフたちの安全を守る義務がある。だから一つだけ聞かせてくれ。お前たちは俺たちダークエルフのことをどう扱うつもりだ」
ガンカはヒルダの力によって半ば心を折られていながらも、なんとか奮い立たせて質問をぶつける。
すでにガンカは自分たちが目の前の者たちの支配下にはいることからは逃れられないということは悟っている。しかしそれでも将来里のダークエルフたちが奴隷のように扱われるのなら勝ち目がなくとも最後まで戦うつもりであり、どんな状況でもできる限り里のためになるように行動するのが彼なりの里長としての務めであった。
「……強い目だな」
里の者たちのために己の命を投げ出すことすら厭わないという覚悟がこもった目、それを見た優斗はガンカの持つ精神的な強さを見せつけられたように感じ、心の中で彼のことを称賛した。
「質問に答えてやろう。俺たちは別にお前たちを奴隷としてこき使うわけではないし、当然いたずらにダークエルフを殺すようなこともしない。そんなことをするくらいならそもそもこんな風に正面から堂々と入ってきて交渉などはせずに、外からの奇襲で強引に落としている。
こちらはあくまでこの里を傘下として支配下に置きたいだけであり、最初からお前たちをいたずらにいたぶったりするつもりはないぞ」
ガンカは優斗の答えを聞いてもまだ安堵した顔をしていない。その顔は優斗たちのことを疑っている表情をしており、その眼にはまだ力が残っていた。
「それは本当か……?」
「俺の答えにはある程度理屈が通っていたと思うんだがな……。だがこれで信じてもらえないなら、後は実際に生活してみて答えを出してもらうしかない。まだ行われていないことに対してどれだけこちらが保証しても、肝心のお前たちがそれを一切信用しないのでは話にならないだろ?
それならばお前たちが経験するしかそれを示す方法がないし、現にそうしてもらうつもりだ。これで答えとしては満足かな?」
優斗としてはガンカが自分たちのことを信用しないのはあらかじめ分かっていたし、彼の問いは予想通りのものであった。
一応最初に話し合いの形をとったとはいえ、彼らにとっては里に無断で侵入してきておいてさらに自分たちの支配下にはいるよういきなり要求してきた無礼で野蛮な存在だ。それをした優斗たちがどれだけ誠意や力を見せようが簡単に信用するはずがないし、優斗だってそんなことくらい最初から織り込み済みだ。
もちろん穏便に支配下に入らせる方法はいくつも考えることはできたが、それらはすべて時間がかかる上に確実性に欠けるものでもあった。
今回のように早く、そして確実にダークエルフたちを支配下に置くにはこの方法が一番であり、それをすれば相手からの信用は得られないともわかっている。
優斗は時間をかけて穏便に支配下に入れるよりもすぐに支配下に置いてそのあとゆっくり信用を得ていく方法をとったのだ。
だから優斗は自分を疑うガンカに対して何の怒りも覚えることはなく、むしろそれが当然とばかりの態度をとっていたのだった。
「こちらの疑いや敵意をものともしないか……」
「それくらい普通のことだろう?それとも何か特別なことがあったか?」
ガンカの覚悟には称賛したが、だからと言って優斗はそれに恐れをなす程柔じゃない。またガンカの敵意や疑いのまなざしは当然のことであり、それに怒りを覚えるほど愚かでもない。
優斗からすると本当に心当たりがなく、当たり前のことのように答えた。
「……これが俺にはない王者の器かというものなのか?」
「(王者の器?いったい何のことを言ってるんだ!?)」
ガンカが独り言のようにボソッと呟いた言葉、この世界に来てから身体能力の高くなった優斗には十分聞こえる声量であり、それを聞いた優斗は戸惑いのあまり少し面食らってしまった。これまでの言葉や戦闘より、今の独り言のほうが優斗にとっては衝撃的なものであった。
「そもそも我々はそちらに完敗した身、俺を含めたいまだ健在のダークエルフたちもすでに戦う気はない。だがどう説明してもここにいない者たちには当然不満だろうし、あなた方の力を見ていないから素直に従う可能性は低い。
なのでそちらの代表である野村優斗殿、あなたには里の英雄である先代里長と一騎討ちをしてもらいたい。そこで勝利してもらえれば、ここにいない者たちもきっとあなた方の支配を受けるだろう」
「一騎討ちか……」
ガンカは自分たちの攻撃を優斗が魔法で防いでいたことはわかっているし、ヒルダが素直に従っていることからも考えて優斗に自分の父親であるオルガが勝てない可能性は高いとも思っている。
敵の配下の一人に戦士団がここまでコテンパンにやられた上に、敵である自分の敵意や疑いすらも平然と受け止める優斗のことを見て、ガンカは自分たちでは絶対に勝てないと言うこともすでに悟っていた。
正直ガンカからすれば素直にこの場で降伏して支配下にはいりたいぐらいである。力でも長としての器でも負けたガンカは、これ以上優斗たちと争いたいという気持ちは微塵もない。しかしそれでは納得しない者たちがいることも事実であり、ガンカは負けを宣言こそすれ支配下にはいることを明言はできなかった。
今回の戦闘に参加しなかった者たちは、戦士団の戦意を奪い去ったヒルダの力を見ていない。そんな者たちからすればどうして自分たちが他勢力の支配下に入らなければいけないのかと不満を持つのは明らかである。
里の年寄りたちはガンカに反対し、血気盛んな若者は暴走して優斗たちに戦いを仕掛けるかもしれない。やはり優斗たちの力を直接見なければ彼らは納得しないだろうし、逆の立場ならガンカ自身もそうなっていたと断言できる。
里ではいまだに初代里長であるオルガの影響力は強く、隠居してはいるがそれでも彼がこの里最強の実力者であることは老若男女すべてが知っていることである。
そのオルガを一騎討ちで倒すことは里の者たちに優斗の力をわかりやすく誇示するには一番手っ取り早い手段であり、それを見れば里の者たちがむやみに逆らうことはあり得ないと断言できた。
ガンカもすでに引退した自分の父親にそんな役を負わせることは気が進まなかったが、それでも里のためにその役ができるのがオルガしかいないこともまた事実である。
ガンカは心の中で自分の父親に謝りながらも、内心では優斗に一矢報いてくれることも若干期待していた。
「いいだろう。ならその一騎打ちは明日で構わないな?開始は明日の午後、俺たちは一度自分たちのところに帰るから、時間になったらこの場所にもう一度来る。今度はアポを取っているのだから取り囲まないでくれよ?」
「了解した。アポというのは何か知らんが、明日来るときは今日のような対応はしないと誓おう」
「なら明日、その先代にはちゃんと準備しておくように伝えておいてくれよ」
「当然だ。親父には万全の準備をしてもらう」
優斗たちの帰っていく後姿を、敗北したガンカたちは複雑な表情で見送る。優斗たちが見えなくなってからガンカたちは急いで行動に移り、今回の一部始終を余すところなく里の者たちに伝えたのだった。