交渉前
里長は急いでいた。
彼だって最初里に侵入者が来たと聞いた時はいつも通りやっつければいいじゃないかと思ったし、報告に来た副戦士長を含めなぜすぐに攻撃しなかったんだと言いたいところであった。本来ならこんな話がわざわざ里長である彼に来ることはなく、『侵入者を倒しました』この報告だけが彼になされるはずであった。
彼らが住むのは生存競争が激しい森の中だ。そうなると当然武力が必要になり、里においても武力を持つ者は優遇される傾向にある。
今の里長もただ先代である父親からその地位を受け継いだのではなく、ちゃんとそれに相応しい力を示してから里長になった。
里長も副戦士長の力を信じているし、一人前の戦士である彼の勘を軽んじたりはしない。実戦において戦士はほとんど勘だけで敵の実力を想定することがよくあるのだ。これは同じ戦士である里長もよくわかっている。
その副戦士長が危険だと言った侵入者たち、報告してきた副戦士長を信じているからこそ、里長はそれらとむやみに交戦することは避けたかった。
彼の第一目標はあくまでこの里の存続である。そのためにも、今侵入者を取り囲んでいるという者たちが暴走する前に現場に向かいたかった。
「頼むから手を出さないでいてくれよ~。今は手を出さないでくれていたとしても、こちらが手を出せば向こうだって黙っちゃいないはずだ。俺が行くまで我慢していてくれ」
本当は武器を持って取り囲んでいる時点で手を出しているのとほとんど同義であり、その時点で敵に攻撃されてもおかしくはないのだが、余裕なのか楽観的なのか、幸いにも侵入者側はそのままでいいと言ってくれた。
とは言えダークエルフの中には我慢できず攻撃してしまう者がいるかもしれない。そしてそうなれば当然やられた方も黙っていないはずだ。特に今回の場合、すでに里長が来るまで手を出さないということを部下との間で約束済みである。
侵入者相手に約束を守るというのも変な話だが、それでも部下が現場の判断で約束した以上はできる限りそれを守りたいと考えていた。
里長は大変なことになる前に自分が直接対処しなければと思い、副戦士長を伴って現場に急行する。
少しすると目の前にたくさんの人だかりが見えた。取り囲んでいる者たちが無事に生きている姿を見て、里長は『間に合ったか』とそう一言呟いた。
「(やっぱり強引すぎたか?)」
優斗は周囲をダークエルフたちに囲まれている今の状況に対して、やっぱりこのやり方にしないほうが良かったかもと少し後悔した。
優斗は自分と数人の配下、それにクレアとイリアとヒルダの三人を加えた総勢十人でダークエルフの里に来たのだ。
優斗としてはなるべく身軽のほうが楽だし、もし不測の事態が起きて逃げることになっても少数のほうがうまくいくという理由でもう少し数を減らしたかった。
それにクレアたち三人はともかく、他の六人は優斗からするといざという時に足手まといとなる。なんたって優斗が逃げなければいけないような相手だ。いくら精鋭とはいえ、今のダンジョンモンスターたちではどれほど束になろうとも役不足である。
しかしアシュリーに数が少なすぎるとそれはそれで侮られるかもしれないと言われ、優斗も日本での会社員時代や冒険者としてルクセンブルクにいた経験上それがなんとなくわかったので、最終的にこの人数で行くことに妥協した。
クレアはパーティー内で最硬を誇り、イリアもパーティー内ではヒーラーとして並ぶ者がいない程の力を持つ。そしてヒルダは優斗と千代に次ぐ戦闘力の持ち主である。何かあればクレアが攻撃を防ぎイリアが回復、ヒルダが前衛で戦い優斗が後衛でサポートする。
それ以外の六人は囮や壁くらいにしかならないかもしれないが、それでも万が一がないようにちゃんと考えられている編成ではある。
「まあ向こうが仕掛けてさえ来ない限りは、俺たちに戦う意思はないんだけどな」
優斗の今回の目的は、東の森を支配するためにダークエルフの里を臣従させることである。そもそも東をほとんど支配しているといっていいのがこの里だ。ならばこの里さえ押さえておけば後は簡単であり、優斗も手っ取り早く済ますためにまずここに来たのだった。
優斗だってむやみやたらに武力を使おうとは考えていないし、それにこれからのことを考えれば滅ぼすよりも傘下に加えたほうが効率的だ。
傘下に加えれば当然この里のダークエルフたちの力が使えるし、彼らから税をとれればDPの足しにもなる。それに彼らの中には何百年も生きている者がたくさんいるので、優斗の知らない様々な知識を教えてくれるかもしれない。
エルフたちにも何百年と生きている者はいたが、そのほとんどが生きていくことに精一杯であまり優斗のためになりそうな知識は蓄えてはいなかった。
しかしダークエルフたちは違う。彼らは自分たちの里を作り、東の森でも強者としてふるまってきた。だとすれば優斗の必要とする知識、例えば東の森でしか取れないような貴重な物、そして外の都市国家群や北の森についての情報などを仕入れているかもしれない。
こういった観点からこの里のダークエルフは滅ぼすより従わせた方がメリットが大きいため、優斗はダークエルフの数を減らさないためにもなるべく戦闘行為はしたくなかった。
「(はぁー、しかしこれはどうにかならないのか?確かにこちらが悪いんだろうが、それでもさすがにここまで警戒されるとは思わなかったぞ)」
優斗はいまだ自分たちを囲み武器を向け続けるダークエルフたちを見て心の中でため息をつく。アポも取らずに来た自分たちが悪いとは思うが、それでもこの待遇はないと思っていた。
そもそも交流がなくその文化もわからないダークエルフ相手にアポを取る方法もよくわからなかったし、考えた結果この方法以外うまくいきそうもなかったのだ。
優斗だって社会人だ。アポも取らずいきなりそこのトップに会わせろというのが厳しいのもわかっているし、そもそもまるで交流のない里にいきなり入ってくることがよくないのもわかっている。
でも優斗だってアポを取ろうと努力はしてみた。しかしダークエルフたちの警戒心は予想以上に強く、使いを出してみてもそれが殺されそうになることが何度かあった。
優斗が使いを出しても聞き入れられず、手紙なども受け取ってもらえなかったという。それならばこうするしか方法がなく、優斗としてもあまり使いたくはない手段ではあったのだ。
護衛たちは警戒をしているが、警戒されてる当の本人たちがまるで気にしていないため行動に出ることはない。優斗はダークエルフたちに攻撃されても大したことはないとその武器や力量を見て確信しており、向こうから攻撃されない限りは何かするつもりはなかった。
「(偉そうだったのがよくなかったのか?)」
優斗はダークエルフの里に来てから、一度も下手に出ることはしていなかった。優斗がするのは交渉ではなく要求、しかもそれは対等な立場からではなく、相手に自分たちの下につけという要求だ。
これから自分の傘下に置く相手に対して下手に出ることはもちろん対等に出ることもおかしい、こういった経験をしたことがなかった優斗だが、それでもこれくらいのことはわかった。
優斗は今まで人生でこういう経験をしたことは当然なかったのだが、それでも自分なりに考えていろいろと行動はした。優斗の行動は間違ってはいないが、それでも彼は自分の行動が絶対に正しいと言えるほどの自信はなかった。
優斗は心の中では若干迷いながらも、自分が不安そうにしてると仲間や配下も不安に思うと考え、その迷いを表に出さないように努めた。
「やっときたか」
自分たちに里長を呼んでくるといった男が一人のダークエルフと一緒に来ているのを見て、やっと話ができると安心するのと同時に、これからがさらに大変だと一度気を引き締めなおした。