東の森へ
「みんなご苦労だったな。おかげでこの森の西と南は俺たちの勢力下にはいった。次に狙うのは東、ここを取ればこの森の四分の三を手に入れたことになる。
森全体を支配下に置くにはまだ戦力が足りないが、まずは森の外から来る侵入者を寄せ付けないようにしておかないとな」
北を除く三方向を押さえておけば、とりあえず森に隣接する国からの組織だった侵攻に対処することができる。北にいるモンスターからの進行も厄介だが、それよりも組織だった侵攻をしてくる外の敵のほうが優斗たちにとっては面倒であった。
優斗が今一番守りたいのはダンジョンであり、そこへの侵入はもちろんその存在がばれることすら避けたいと思っている。
その場所を知られないようにするには、まずその場所に侵入する者が一人もいなくなるのが一番確実である。情報がなければそこを探すことはないし、そもそもそこにたどり着けなければ見つけることはできやしない。
優斗は森を支配し、さらにその周囲の土地にも影響力を持つことでダンジョンの存在を表に出さないようにしようとしている。
今回行ってきた西と南の制圧はその一環であり、ルクセンブルクから来た討伐隊のようにこの森を開発するために送り出された敵も安全のために殺したのだ。
今の優斗はまず自分たちの安全が第一だと考えており、ばれないよう森に隠れ棲むか今のように積極的に出てダンジョンのある場所に近寄らせないようにするかで迷った挙句、外からDP収入を得てダンジョンを発展させるためにも後者を選択したのだ。
優斗はいずれこの森を支配することは決めている。そのためなら、自分たちよりも先に森で生活していた生物とはいえ容赦する気はなかった。
「東の森にいる奴らはどうするつもり?ハイエルフの私からすれば、東の覇者を語る生意気なあいつらを思う存分いたぶってやりたいんだけど」
フレイヤは嗜虐的な笑みを浮かべる。
「エルフと仲が悪いのは知ってるが、ハイエルフも嫌いだったっけか?」
「そうでもないわよ。エルフたちは大嫌いみたいだけど、ハイエルフの私からしたら別にどっちでもないわ。向こうがどう思ってるかは知らないけど、私的には他の種族と変わらない感じね」
「つまり性格的な話か……」
優斗は、現在東の森を実質的に支配しているといってもおかしくないある種族のことを思い浮かべる。
その種族は優斗の知識通りこの世界でもエルフとは仲が悪いらしい。その証拠に、まだその種族とは一度もあったことがないはずの森に棲むエルフたちが、その種族のことを聞くと嫌悪感をあらわにしていたという報告は彼も聞いていた。
すでにエルフを支配下に置いた自分たちが彼らをどういうふうに支配するか、まだ支配できると決まったわけではないが、それでも向こうを降伏させたときにどうするかをダンジョンのトップとして優斗は考えておく必要があった。
「奴らをエルフと共存させることはできると思うか?」
「話を聞く限りじゃ無理そうよ。でも、あくまで感情的なものだからいずれ大丈夫になるかもしれないわ。スキルとか身体的な特徴で絶対に無理というわけじゃないんだから、できなくはないけど今はしないほうがいいっていう結論になるわね」
エルフたちは今もガドの大森林西側で暮らしている。エルフたちは現在全部族が集まって生活しており、そのために以前とは比べ物にならない程大きな規模の集落になっていた。
西側は、もとから住んでいたエルフと優斗が派遣したダンジョンモンスターが中心となって支配していくことになっている。なので当然エルフとダンジョンモンスターたちが会うことがあるのだが、今のところそれは問題になっていない。
これは優斗が派遣したモンスターのほとんどが言葉を発せられること、優斗によって自分の配下だという証が与えられているためエルフたちが間違って攻撃しないこと、そしてエルフたちがハイエルフのフレイヤとその仲間であり上司でもある優斗のことを信頼しているからだろう。
エルフが閉鎖的なのは事実であったが、それでも若者を中心にある程度は他者を受け入れる柔軟さも持ち合わせていた。
それが優斗のエルフ評であり、それならば東にいる種族とも何とか仲良くできないかと思っていたのだが、残念なことにエルフたちと一番交流が多いフレイヤが見てもそれは無理そうだという結論であった。
「なら東を支配した後はそのまま奴らを東に置いておくのが一番か。それと念のため聞いておくが、東の奴らが崇拝しているような種族に心当たりはないよな?
エルフと妖精に対してはそれができたおかげでずいぶん楽に支配が進んだようだから、東でもそれができるとスムーズに進みそうなんだが」
南と西の支配は優斗が想定していたよりもかなり早く終わった。その大きな原因の一つにフレイヤとその相棒である精霊がかかわっているのは事実であり、それによって向こうが簡単に忠誠を誓ってくれたことも聞いていた。
もし同じことができれば今回も早く済む。そう考えた優斗は意見を求めるために周りを、特に知識が豊富で自分の知らないこともたくさん知っていそうなエリアスを見た。
「僕に意見を求めてるみたいだけど、生憎僕も彼らの上位種や彼らの崇めている存在は知らないな。この世界ではともかく、少なくとも『インフィニティ』ではそうだったよ」
「そうだよな……。そもそもここは『インフィニティ』じゃないんだ。だから向こうの常識がこっちにも当てはまるとは限らないよな」
優斗は基本的なことを思い出す。確かにエルフや妖精は『インフィニティ』の設定と似ているところが多くあったが、それがこの世界に住む全員に当てはまるかはわからない。
西と南が予想外にうまく行き過ぎたため、優斗はそんな基本的なことも忘れてしまっていたのだった。
「次は向こうとの接触方法だ。問答無用で武力行使か、相手に支配下に入るよう要求しその後話し合いなどによる交渉を行うか、俺は主にこの二つを考えている」
東で一番の勢力を持つ者たち、彼らはそれ相応の戦力を持っているが、それは優斗たちの持つ戦力には遠く及ばない。
ここが森の中でなければ、他国との関係などを考慮してこんなに簡単に攻めることもできなかった。しかしこの森の中には他国の厄介な戦力もなく、もし向こうを力ずくで支配したとしてもそれがばれるとは考えにくい。
それに森の中では弱肉強食という原理が強く働いていて、攻めるのが悪いのではなく負けるのが悪いんだという文化が根付いている。
そんな状況だからか優斗は回りくどい裏工作もせず、彼らに自分たちの支配下に入るよう正々堂々と要求するつもりである。
もちろん自分たちとこれから自分たちの支配下にはいる戦力をなるべく減らさないためにもできるだけ戦争にならずに済ませたいと考えているが、それでも相手の態度によっては戦争をするつもりだ。西と南とは違いある程度の数がまとまり組織として機能している東の覇者たち対しても、優斗は何一つ引く気はなかったのだった。
「やっぱり問答無用で武力行使でしょ!」
「……私もそれで」
「拙者もそれがいいでござる!」
「うむ。私もそれに賛成するぞ」
フレイヤにヒルダ、それに千代やクレアといった比較的武闘派な面々は武力行使を主張する。四人は普段からダンジョンで訓練をしたり、外に出てモンスターを狩っていることが多い者たちである。彼女たちはたとえ自分に劣っていると分かっていたしても、東にいる者たちと存分にやり合ってみたいと考えていた。
「いや交渉したほうがいいだろ。別に戦いだけがすべてじゃないからな。せっかくいざとなればすべてをひっくり返せるほどの力の差があるんだ。だったら、とりあえず交渉してみてだめなら戦いと言うことでいいんじゃないか?」
「うちも賛成やなぁ~。やっぱ商人としては、一方的じゃなくてウィンウィンの関係のほうが長続きすると思うんや」
「わたくしもそう思います。わたくしたちは蛮族ではないのですから、戦いだけがすべてではありません」
「ええそうです!神は戦いではなく話し合いを求めております!!」
アシュリー、ユズ、イリアにシルヴィアといった逆に武闘派ではない面々が後者の案を推す。四人とも平和主義というわけではないが、それでも安易な武力行使をよく思わない者たちである。
神がどうとか言っているイリアだけは方向性が少し違うが、それでも四人とも様々な観点から考えてまずは話し合ってみるということを支持していた。
「僕はどっちでもいいよ~。どうせ支配下に置くんでしょ?だったら好きにしたらいいさ。あっ!でももし実験に使ってもいい奴がいたらもってきてね。それ以外は特に興味ないから」
「ミアはよくわかりません。だから、優斗がいいと思う方にすればいいと思うです!!」
「アコもそう思う」
エリアスにミア、そしてアコは中立派だ。エリアスとミアは生産職であり、それに全く関係ないことについてはあまり詳しくもないし興味も薄い。
そしてダンジョンの成長によって少し大きくなったアコだが、それでもまだその知能は高いとは言えないし、そもそも彼女はまだまだいろいろと経験が浅い。さすがにこのようなことを決められるような経験も頭脳も持っていないのだ。
「前者が四、後者が四、そして中立が3か………ちなみに、一応今のところ幹部候補に置いているお前たちはどう思う?」
優斗はケンシンとベリアルの二人に意見を求める。幹部候補として育てているモンスターは他にもいるが、今のところその中で会議に出せるほど育っているのがこの二人しかいないのだ。
以前の会議では二人以外の幹部候補も出席させたのだが、まだ知能がそれほど高くないそれらは一様に役に立たなかった。
優斗によって出席を許された二人が、それぞれの意見を述べる。
「私は武力行使に賛成でございます」
「吾輩はまずは交渉をすべきだと愚考します」
「見事に正反対の意見だな……」
二人が正反対の意見を述べた。結局前者と後者の比率が変わることもなく、どうやら多数決で決まるような状況ではないようであった。
「……まあ元々多数決をするつもりもないんだけどな」
ダンジョンモンスターは優斗の命令に逆らえない。つまり優斗はこのダンジョンで絶対的な存在であり、彼がこのダンジョンのトップであることに異論をはさむ者は一人もいないだろう。
優斗は民主主義国家の日本出身だが、だからと言って異世界に来てまで何でもかんでも民主主義にしようとは思っていない。
今の優斗は周りの意見を聞きつつも最後は自分で判断を下すスタイルを取っており、この会議でも最終的にはそうするつもりであった。
「みんなの意見はわかった。その上で結論と向こうに行くメンバーを決める。どっちを選ぶにしても、何人かで行って万が一の時に対応する必要があるからな」
優斗が考えている間も意見を戦わせていた面々は、優斗の選んだ答えを聞いてからそれに向けての準備に動き出した。