合併
今日も二話投稿です。
「これでこの森にいるエルフの部族の代表は全部集まったわけね」
フレイヤは森の各地から集まったエルフの代表たちの顔を見てそう告げる。
「はっ!我々の知らなかった部族も一つありましたが、彼らもその部族を知っていた者たちによってここに呼ばれております。少なくともここにいる我々六部族の知る限り、この森には他のエルフの部族は存在していないと思われます」
この森にはエルフの部族が五つではなく六つあったようである。
エルフは非常に閉鎖的な種族であるため、同族だとしても違う部族と積極的に協力しようとは思わなかったのだろう。お互いに知らなかったのではなく、フレイヤの命を受けた部族は知らなかったが相手の部族はその部族のことを知っていたのだから。
「ならいいわ」
フレイヤはそう言ってから、目の前にいるそれぞれの部族の代表者たちを見渡した。
「あなたたちのことを知ってからずっと聞きたいことがあったんだけど、いい機会だから一度聞いておいてもいいかしら?」
フレイヤが急に言い放った言葉に、一同は戸惑いを隠せなかった。彼らはフレイヤが自分たちを支配下に置きたいと考えていることはあらかじめ知らされていたし、フレイヤがハイエルフであることからそれに反対するつもりもなかった。
この場はフレイヤが部族の代表者たちに自分たちの支配下に入れと言い、彼らはそれを了承するだけで終わるはずであった。
予定外のことを言われた代表者たちは少し戸惑ったが、それでもフレイヤのする質問に答えることには了承の意を示した。
「なら聞かせてもらうけど、あなたたちは今の現状で満足かしら?
森の中で一方的に虐げられる弱者でもなければ、反対に相手のすべてを奪い去れる程の強者でもない。森のモンスターたちを倒せたと思えば、反対にそれより強いモンスターに倒されたり、挙句の果てには人間たちに奴隷として女子供が時折狩られている現状で、あなたたちエルフは満足しているのかしら?」
フレイヤの言葉に対し、それを聞いているエルフたちは黙ったままであった。フレイヤの言う通り、この森でのエルフたちの生活は決して恵まれたものではなかった。その証拠にエルフの人口は少しずつ、しかし確実に減ってきている。
彼らだってこのままではいずれ自分たちが滅びることはわかっている。しかし現状ではそれを打開する策を思いつくことはできないため、現状に不満を抱きながらもそのままの路線で生活してきたのだ。
「あなたたちが自分たちの危機をわかっているようで安心したわ。もしそれすらもわからないような奴をよこしていたら、その部族の代表者だけは帰ってもらっていた可能性もあったわね」
フレイヤの言葉を聞いて、その場にいる者たちはヒヤリとした。ハイエルフである彼女と、その部下であるモンスターたちがエルフの部族たちを束ねるのだ。その輪に入ることができなければ、今後自分たちの部族が苦労することはわかりきっている。
しかもそれが代表者として出向いた自分が愚かなせいであったとしたら、それこそ自分の同胞たちに顔向けできない。
彼らは自分たちがそうならなかったことに心底安堵した。
「あなたたちの現状がよくない原因はいろいろあるけど、一番はやっぱり複数の部族に分かれていることよ。そもそも数が少ないくせに、同じ西側で複数の部族に分かれて生活していること自体がナンセンスだわ。
この森が外敵のいない平和の場所ならともかく、森の中はおろか森の外にも敵がいるのよ?それなのに複数の部族に分かれるなんて、正直愚かとしかいいようはないわ」
ここにいる代表者たちは若く(あくまでエルフの中での若さであり、全員が百歳どころか二百歳を超えている)、そして才気にあふれた者たちだ。
彼らはハイエルフが来ていると聞いて、自分たちの懸念していたことが叶うかもしれないと思っていたのだ。
年長者であればあるほど、他の部族との連携は最小限に住ませようとする。それはエルフが持っている閉鎖性に加え、頭の固くなった老人であるため簡単に変化を受け入れられないからだ。
若者たちの中にはこの森に棲む他のエルフとはもっと連携をとるべきだし、場合によっては部族の合併を主張する者もいる。他の種族相手なら彼らも躊躇しただろうが、相手は同じエルフだ。部族が合併することへの拒否感も強くない。
彼らは現状の危険がよく分かっているため、よくこのことを部族の議題に出していた。しかし、これに反対する勢力もまた存在しているのである。
特にそれが顕著なのが老人であり、彼らは断固としてその案に賛成しない。そして組織と言うのは若者よりも老人のほうが権力を握っていることが多く、彼らのいるところもこの例に漏れない。
若者が部族同士の連携強化を強く主張し、年長者になればなるほどそれに強く反対する。どこの集落でも、それとまったく同じことが行われていたのだった。
「あなたたちは期待していたみたいだけど、私も最初からその通りにするつもりよ。部族と言う壁を取り払い、この森の全エルフが同じ共同体として生活する。それが最善だし、そもそもそうするのが当たり前でしょ」
フレイヤが普通のことのように言ったその言葉、それは彼らがずっと言ってきた言葉であり、そして自分たちのトップにずっと言ってほしかった言葉でもあった。
「しかし長老たちが……」
「それはハイエルフである私の言葉よりも優先されるのかしら?」
「いえっ!決してそんなことはありません。長老たちも、ハイエルフ様のお言葉であれば従うと思われます」
エルフは閉鎖的でプライドの高い種族だ。特に年を重ねれば重ねるほどそうなっていく。そしてだからこそ自分たちよりも明らかに上位者であるハイエルフには最大限の敬意を払うのだ。
そういう意味では、若者よりも老人たちのほうがフレイヤの言うことを素直に聞くのであった。
「それなら問題は解決ね。それに、部族同士の連携をもっと密にしたほうがいいと思っていたのはあなたたちが思っているよりも多いかもしれないわよ」
「そうでしょうか?」
「そう思うわ。心の中ではそう思っていても、周囲の反応や変化を怖がるあまり意見を言えていない可能性は高いと思うわよ」
誰だって現状維持のほうが安心できるし、これまでと違ったことをするのは怖い。フレイヤの言うようにこのままではだめだと思っていても、怖がって意見を言わなかったり現状維持を支持していた者が一定数いることは事実であった。
「さすがに全部の部族の合併まで望んでいた者はほとんどいないだろうけど、それでもこれからのことを考れば必要なことよ。
反対する者がいたとしても、これを撤回することはできないわ」
こうしてエルフの部族同士が合流して、一つの部族にまとまることになる。さらにその部族のトップには、彼らの上位種であるハイエルフのフレイヤを置くことになった。
支配下に置かれたエルフたちにとっては、自分たちの部族がまとまることへの反感よりも自分たちがハイエルフをトップとする部族の一員になれたということへの誇りのほうが強く、今回の決定には大半が喜びを示していた。
長老たちは自分がハイエルフの配下になれたということが、若者たちにはそれプラス部族の規模が大きくなったことでできることが増えたことが、そして各長を含めた目端の利く者にはフレイヤと彼女の仲間という存在、さらにその配下のモンスターなどの強力な存在の庇護下にはいれたということに安心感を覚えていた。