妖精と精霊
フレイヤが自分の相棒である風の四大精霊シルフを召喚する。シルフが出てくると、周りにいた妖精たちが一斉にシルフの前に出てきた。
「四大精霊のシルフ様にお会いできて光栄です。まさかこんなところで出会えるとは、露ほども思っておりませんでした」
一体の妖精がそう言って跪くと、他の妖精もそれに倣って跪いた。
「これから私の相棒であるフレイヤと、その仲間や配下の方々がこの森を支配します。もちろんあなたがた妖精を虐げることはさせないと約束しますし、あなた方も基本的にはこれまで通り自由にしていればいいと思います。
それで、この件は了承していただけますか?」
シルフは透き通るような声で尋ねる。
「当然でございます。ここには来れていないこの森にいる我々の同種たちも、あなた様に言われれば必ず了承すると思われます」
「それならば心配はいりませんね。安心してください。何度も言うようですが、私の相棒であるフレイヤを含め彼らは自分の味方にひどいことをするような方ではありませんから」
シルフの言葉を聞いた妖精たちは、彼女たちの配下になることを誓い去っていった。
「これで南側の侵略はほぼ完了ね。シルフと一緒にこの森を回って妖精たちを支配下に置いた後は、この森を統括するダンジョンモンスターを配置しておけばいいわね」
フレイヤは自分の作戦がうまくいったことを確信して、気分よくこれからの予定を告げる。
「フ…フレイヤ様……、なぜ彼らはあんな簡単に従ったのでしょうか?」
この結果に一番驚いたのはケンシンである。自分がどうやって支配しようか考えていた相手が、フレイヤの相棒であるシルフを見ただけで簡単に降伏してきたのだ。
彼としては当然納得できないし、これまでの苦労もあってその理由を強く求めたくなった。
「それは簡単なことだわ。私の知る限りでは元々精霊と妖精は近い種族であり、彼らはお互いに尊重しあう仲だわ。そしてここにいるのは普通の妖精、つまり国家でいう平民に当たる存在よ。逆に四大精霊のシルフは精霊王のすぐ下にいる、いわば公爵のような存在になるわ。
他国とはいえ、平民たちの住む村に来た公爵がその村を支配すると言った。ここに妖精王やそれに準ずる存在がいれば別だけど、そうでないなら彼らはシルフの言うことには基本的に逆らわないわよ」
「そういうものなのですか……?」
ケンシンとしてはすっきりしない部分もあったのだが、実際に妖精たちがシルフに従う姿勢を見せている以上それも妖精たちの生態と言うことで納得することにした。
「理解しようがしなかろうがどうでもいいわ。今はとにかく、シルフのおかげでうまくいきそうだと言うことだけわかっていればいいのよ」
「そうですね。細かいことを調べるのは後にして、今は任務の成功が優先させるべきでしょうな」
フレイヤはシルフを伴って森を歩く。そのおかげでそれを見た妖精たちはシルフとその相棒であるフレイヤに従うことになり、フレイヤたちは簡単に南側の約半分を支配することに成功した。
「後はもう半分を占めるモンスターね。モンスターに限らずこの森の生物は力に従うところがあるから、私や千代、戦闘スタイル的には千代が力を示したほうがスムーズに従いそうね。
まあ仮に従わなければ殺してDPにすればいいのだから、モンスターたちに関してはあまり心配はいらないわね」
フレイヤとシルフの活躍により、南側はすでに支配がほとんど完了しかけていた。
「フレイヤ様、一つよろしいでしょうか?」
「あらどうしたの?」
「はっ!そのモンスター討伐、できれば我々にお任せいただけませんか?」
ケンシンがそう言って頭を下げる。今回指揮権が与えられながらもほとんど活躍できていないため、せめてこれくらいはしなければいけないという焦りがあった。
フレイヤはそんなケンシンの姿を見て、少し考えてから彼に許可を出すことにした。
「まあいいわよ。でも、それならあまり狩り過ぎるのはいけないわね。DPを恒久的に得るためにはそうしたほうが効率的だわ」
ケンシンたちの力では、たくさんのモンスターを力で従えるということはまだ無理だろう。そのためフレイヤは、モンスターたちは統治の邪魔にならない程度まで狩ってそれ以外は逃がして繁殖させて数を増やしてもらおうと考えたのであった
獲物が絶滅しないようにあえて数体見逃して繁殖を待つのは狩りの常套手段である。ケンシンもその意図を見抜いたのか、フレイヤの言葉に対して素直に頷いた。
「この地にはダンジョンで生まれた妖精たちとモンスターたちを派遣すればいいわね。DPを使って強めの妖精を出してくれれば、その子に他の妖精たちの指揮を任せればいいわ」
ダンジョンではモンスターだけでなく精霊や妖精も生み出すことができる。当然DPはそれなりにかかるが、それもこの場所を支配することによる価値に比べれば安いものである。
フレイヤだけでなく優斗もそう思っていたため、すでに何体かの妖精を生み出しダンジョンで鍛えていた。
「結構苛烈にやっているようね」
フレイヤに許可をもらってからすぐにダンジョンモンスターたちを率いてモンスターと罰に向かったケンシンが、森の中で激しく戦闘を行っている様子が聞こえる。
並外れた聴覚を持ちなおかつ森に精通しているフレイヤには、多少離れていてもどのような戦闘をしているのかは大体わかってしまうのであった。
ケンシンは今回自分がほとんど役に立てていなかったので、モンスター狩りには特に精を出している。妖精のサポートがあったときは優位に進めることができていたモンスター側だが、妖精がシルフに従ってからというものそのサポートが一向になされることはない。
妖精による妨害がなくなったケンシンたちは、先ほどとは打って変わって優勢である。おかげでここに棲むモンスターたちは、ケンシンによってさらに強化された精鋭たちに無残な敗北を繰り返していた。
「羨ましい」
ケンシンたちがモンスターを倒している傍ら、それに参加することを許されずフレイヤのそばにいるのが千代だ。
彼女が手を出すとケンシンたちの出番がなくなるため、しょうがなくフレイヤのそばでおとなしくしているのであった。
「あら、千代にしては珍しくヒルダみたいなことを言うのね」
「あの戦闘狂とは違う。ただ、拙者は今回本当に何もしていないでござる。そのため、少しくらいは体を動かしたいのでござるよ」
千代がしたことはみんなと一緒に森を歩いて一度モンスターを斬っただけであり、今回に関してはそれ以外にはなんの成果を上げていなかった。
千代は戦闘狂ではないが、それでも戦闘は嫌いではなくむしろ好きなほうである。そして味方が戦っているのを、何もせずにただ見ているだけと言うのが合わない性分でもあった。
「それを言ったら私だって似たようなものだわ。シルフを出したのはいいけど、それ以外は何もしていないんだから」
「そういえばそうでござったな」
結局二人ともほとんど何もしていなかった。その事実を確認し、二人は顔を見合わせて笑いあった。
「とにかくこれで南側の支配はできそうね。次は西側だけど、ここはなるべく早いほうがいいんだったかしら?」
「そうでござるよ。そこに隣接するルクセンブルクとやらで何らかの動きがあるようで、西はできるだけ早いほうがいいと言われたでござる」
もう南側を支配できる気でいる二人は、次のターゲットである森の西側に目を向ける。
これはまだ西側に冒険者の大規模討伐隊が来る前の話である。何かと動きのある西側に、南側の支配に成功したフレイヤと千代を中心とする部隊が向かうことになっていたのだった。