魅力
時は少し遡る。これはまだ『インフィニティーズ』が緑級冒険者に昇格したばかりの時の話であり、優斗たち冒険者組は一度ダンジョンに帰ってきていた。
「それで、この森の全容はつかめたのか?」
「ある程度はね。少なくとも、東西南北の北以外は大体わかったわ」
フレイヤが優斗に森での調査結果を告げる。優斗たち冒険者組がルクセンブルクで冒険者ランクを上げたり情報収集をしている間、フレイヤを含めたダンジョンに残されたメンバーで森の調査とDP稼ぎ、そしてダンジョンモンスターの育成を継続して行っていたのだ。
「北はまだわからないか」
「そうね。私たちならともかく、ダンジョンモンスターたちがあそこを調べるのはまだ厳しいと思うわ。何体かはいけるかもしれないけど、やっぱりまだ危険がありそうね。あなたの基準からすると、まだ北の調査はできそうにないわ」
「そうか。他の森のこともあるし、それならまだやめておくか」
フレイヤたち『インフィニティ』組は非常に強い。彼女たちなら北の森を調査することもできるだろうし、事実本人たちもそう思っている。しかし、優斗の設けた基準によって彼女たちが北の森を調査することはできなかった。
優斗の設けた基準とは、そこに住むモンスターと交戦することになったときに、連れているダンジョンモンスターたちが足手まといになるかどうかというものだ。
森の調査に向かうときは、用心のため彼女たちだけでなく複数体のダンジョンモンスターをつけることになっている。これは万が一敵に不意打ちされたり、敵に厄介な状態異常にかけられたときの保険である。
森の中ではいつ誰がどのように襲ってくるかわからない。そんな時一人じゃなく複数で行動していれば対処できる幅も広がる。
優斗たちがルクセンブルクで冒険者になって活動しているため、ダンジョンに残っているNPCは八人しかいない。その上、八人中二人が生産職である。
森の調査も大事だが、何より大事なのはダンジョンの防衛である。未だに一度も侵入を許したことのないダンジョンだが、万が一の時のためにNPCは生産職の二人を抜いて最低でも三人~五人くらいは残しておきたいと優斗は考えていた。
そのため、森の調査はNPC一人と複数のダンジョンモンスターで組になって行われている。そして足手まといになる仲間というのは、場合によっては敵よりも厄介な存在になる。
もしダンジョンモンスターたちが足手まといになるようなら、一緒に調査にはいかないほうがいい。しかしダンジョンモンスターがいなければ一人で調査する羽目になり、万が一の時が心配である。
それを危惧した優斗が設けたのがその基準であり、フレイヤたちは北のモンスターが相手ではダンジョンモンスターたちは足手まといにしかならないと踏んで北の調査をすることができないでいた。
「なら北はとりあえず警戒しとくと言うことにしよう。それで、北以外の場所はどうだった?」
「そうねえ……」
フレイヤが森のついてまとめた情報を優斗に伝えていく。森での活動に優れたフレイヤは調査隊のリーダー的存在であり、今ダンジョン内でもっともガドの大森林のことを把握しているのは彼女であった。
「そうか。ならばまず西と南からだな」
優斗はフレイヤの報告を最後まで聞き終えてからそう言い放った。
「あなたが言うならそうなのかしら?でも、私的には東から行きたいわね。東にいる奴らをいじめたらさぞ楽しいでしょうねぇ」
フレイヤは嗜虐的な笑みを浮かべる。美しく、それでいて背筋を震わせるようなその表情に、優斗は一瞬引き込まれかけた。
「(自分が作っといてなんだが、いろいろな意味で危うく、それでいて美しい女だな)」
優斗がこう思うのも無理はない。フレイヤを含めNPCたちは、優斗が今まで現実で見たことがないほどの美貌の持ち主であり、その容姿は日本のアイドルやモデルとは比べ物にならないからだ。
それに優斗は自分が作った彼女たちに対して当然愛着がある。三次元ではありえないような美貌に自分の彼女たちに対する愛着、この二つは常に優斗の理性を溶かそうとしていた。
優斗が彼女たちに手を出さない理由は主に二つある。今はまだこの世界における立場を確立できていないこと、そして自分が作ったキャラにそういう感情を抱くのがいろいろと複雑だからだ。
優斗が求めれば彼女たちが断ることはないだろう。しかしその設定を作ったのは自分であり、それを利用するということに彼は多少の嫌悪感と罪悪感を抱いていた。
「どうかしましたか?」
「いやなんでもない。俺たち冒険者組はルクセンブルクでいろいろしないといけないから、基本的に西と南のことは居残り組に任せておくぞ」
優斗は自分に湧きあがった感情を抑えながら努めて冷静に振る舞う。
「わかったわ。冒険者組がいなくなってから行ってきた森の調査の時と同じように、私が中心になってダンジョンモンスターたちを動かせばいいのね」
「ああ。それと、シルヴィアたちを使ってもいいが……」
「わかってるわ!このダンジョンにはミアとエリアス以外に三人以上残しておけって言いたいのよね」
フレイヤが、何度も言われなくてもわかっている!という風に優斗の言葉を遮って承諾する。
「わかってるならいいさ。それと、一応報告書はちゃんと書いておいてくれ。たまに帰ってくるだろうから、その時に見せられるようにしておいてくれよ」
「わかったわ。それと、あなたたちも冒険者活動を頑張ってね」
フレイヤはそう言ってから優斗の頬に軽くキスをする。
「なにを……」
「そう驚くこともないでしょ。あなたが鈍いから少し教えてあげたのよ」
未だ固まっている優斗を尻目に、フレイヤは上機嫌にその部屋から出ていく。
「少し教えてあげた…ねぇ……」
優斗は少し赤くなった顔をごまかすように、誰もいない部屋でフレイヤにキスされていない側の頬を掻いた。




