ルクセンブルク一の冒険者
本日二話目です。
ルクセンブルク一の冒険者パーティー、その座には数年前から『ウルフファング』が君臨しており、彼らが行方不明になった段階で一度空座になった席だ。
『ウルフファング』が台頭する前にその席に座っていた冒険者パーティーも当然おり、その席は空座の期間こそあれ、たいていの場合空座になってから数か月以内にどこかのパーティーがその座に就くことが常であった。
そして今回、以前その席に座っていた『ウルフファング』が行方不明になってから数か月後に、また新たなパーティーがその座に就くことになった。
「いやー、ほんとすげーな。まさか俺たちが他の街に行っている間に、ナンバーワンルーキーどころかナンバーワン冒険者になっているなんてな」
「確かにそれ自体はすごいかもしれないが、その経緯は誇れるもんじゃない。実力でその座に就いたと言うより、不戦勝を繰り返してその座に収まったと言う方が正しいからな」
優斗は今、ルクセンブルクのとある酒場でグレイと食事を共にしていた。
「それは聞いたぜ。しかし災難だったな。そこまで冒険者を投入した依頼が失敗しちまったんだろ?正直、最初に聞いた時は何かの間違いかと思ったぜ」
「俺もびっくりだよ。この街の腕利きはおろか、他の街から金級冒険者まで引っ張ってきてこの様なんだからな。誰もこんな結末は予想できなかったろうぜ」
優斗たち討伐隊の失敗はすでにいろいろな者に知られており、その結果は人々に驚きをもって迎えられていたのだった。
「そう考えると、ノームたちの班はある意味本当に運がよかったよな。お前らは強いモンスターに襲われたりはしなかったんだろ?」
「ああ。まったく苦戦しなかったとは言えないが、それでも危ない場面は何一つない討伐だったぞ。おそらく、ほかの班は運悪く強いモンスターと交戦してしまったんだろうぜ」
「それは気の毒だったな」
「そうだな。って、料理がなくなっちまった」
「ほんとだ。おーい、店員さーん」
優斗たちは追加で料理を注文する。
「だが西の森にそんな強いモンスターがいるなんて聞いたことないよな。いったいどうしたんだか」
「まあ理由ならいろいろと考えられるよな。北から強モンスターが移住したとか、ガドの大森林に外からモンスターが移住してきたとか、後は強いモンスターが西の森で生まれ育ったとかだな」
「それを今調査中ってわけか」
現在ガドの大森林に入ることは許可されておらず、冒険者ギルドが必死になって原因解明に力を注いでいる。
当然伯爵からの依頼も終わっており、今西側からガドの大森林に入れるのは冒険者ギルドに調査を依頼された冒険者だけになっている。
「どんな理由なのかはまだわからないが、どうであったとしても厄介なことになっているだろな」
「そりゃそうだ。ところで、ノームたち『インフィニティーズ』は森の調査はしないのか?」
「そもそも依頼が来ていないからな。依頼が来たら考えるさ」
冒険者ギルドは今冒険者を雇って調査をしており、すでに何組かの冒険者パーティーが調査のために森に入っている。
「今ノームたちに死なれたら大変だもんな。わざわざ危険な依頼はしてこないか」
現在『インフィニティーズ』はルクセンブルク一の冒険者パーティーであり、この街唯一の青級冒険者パーティーである。
そのため今『インフィニティーズ』が危険がある森の調査に行き行方不明になってしまえば、ルクセンブルクの冒険者ギルドには緑級以下の冒険者しかいなくなってしまう。
ただでさえ最近は銀級冒険者一組と青級冒険者四組、そして経験を積んでいる赤級及び緑級の冒険者パーティーが大量にいなくなったのだ。今優斗たちに抜けられては、この街の冒険者ギルドの弱体化がひどいものになってしまうのである。
「そういうことだろうな。俺たち、いや緑級以上の冒険者は今までよりもいっそう大事にされるんじゃないか?」
「かもな」
二人はそう言って笑いあう。そして話題はまた別のところに移っていった。
「そういえば知ってるか?最近この街の冒険者ギルドと伯爵の仲が悪いんだぜ。いや、もっと言えば冒険者ギルドが伯爵家の言いなりになっているらしいぜ」
「らしいな。でも、それはある意味当然なんじゃないか?」
グレイが言うように、今この街の冒険者ギルドはルクセンブルク伯爵に逆らえなくなっている。
依頼を失敗しただけならまだよかった。しかし、この街の冒険者ギルドはそれ以上の災難が降りかかっていたのである。
今回の討伐隊にいたメンバーのうち、約八割が行方不明になっている。彼らはいずれもこの街を代表する冒険者たちであり、これまで冒険者ギルドを支えてきた者たちでもあった。
その彼らがいなくなったのだ。この街の冒険者の質が低下してしまったことは明らかであり、それは同時にこの街にある冒険者ギルドの持つ戦力の低下を表す。
冒険者ギルドの力の源は、当然そこに所属する冒険者という武力を持っていることである。貴族たちは冒険者の武力を依頼によって利用するのと同時に、その武力が自分たちに向けられることを恐れているのである。
今回冒険者ギルドはルクセンブルク伯爵からの依頼を失敗しただけでなく、自分たちの力も半減させてしまったのだ。
相対的に伯爵の力が増すのは当然であり、冒険者ギルドの立場が弱くなってしまうのは当たり前のことなのであった。
伯爵は依頼が失敗した上にしばらくの間同じ依頼を出すことができなくなったため、ギルドに対していろいろと要求をしている。
伯爵に借りを作る形になったギルドはその要求を極力呑むしかなく、ギルドは今弱い立場に成り下がってしまっている。
「そのせいで今冒険者ギルドは依頼をたくさん受けさせようとしてくるだろ?だが、それで冒険者が死んでたら意味ねえよな」
「できるだけ早く冒険者たちのランクを上げさせたいんだろ?」
「そうなんだよな。それに厳しいようだが、冒険者はもともと自己責任だ。無理やりでないなら断ればいいんだよ。そうすればたくさん死ぬことはないだろ」
「新人にそれができればいいがなぁ」
現在冒険者ギルドは、所属する冒険者たちになるべく早くランクを上げてもらうためたくさん依頼を受けさせようとしている。
冒険者のランクが上がればそれだけギルドの持つ力が増すからだ。それによって早く依然と同等の力を取り戻そうとしているのだ。
しかし、それによって無理をする冒険者が続出している。人間である以上当然休息も必要であり、十分な休息が取れていないにもかかわらず依頼を受けて失敗するケースが増えてきているのだ。それがただの失敗ならいいのだが、残念ながら怪我したり場合によっては死んだりしているのだから本末転倒である。
冒険者は自己責任の世界だ。どうしても断れないような依頼以外なら断ればいいのだが、ランクの低い冒険者であればあるほど、ギルドに勧められる依頼を自分から断ると言うことは難しい。それに男なら、きれいな受付嬢に勧められればそれを断るのは難しいと言うものである。
「この街から出ていく冒険者も多いしな。俺たちも家族がいるとはいえ、別の街に拠点を移すべきかもな」
「今の俺にそのつもりはないが、お前がそうしたい気持ちもわからんではないな」
近くにあるガドの大森林が非常に危険なところであることが分かったのだ。何事も命あっての物種である。冒険者たちがガドの大森林のある街から離れたところを拠点にしようと考えるのは、ある種自然なことでもあった。
「ノームたちが今ホームタウンを変えたら全力で止められそうだけどな。でも、この街で冒険者ギルドの立ち位置がいろいろと変わるとなると面倒だよな」
「だな。今言えることは、ギルドの勧めに流されず自分のペースで依頼をこなしていくと言うことだけだな」
「それをお前が言うかね」
優斗とグレイはその後も会話しながら一緒に食事を楽しみ、勘定を済ませて二人はそれぞれの仲間が待つ宿に帰っていった。