命の価値
「お父様が出した依頼だから仕方なく受けたけど、やっぱり受けないほうがよかったかしら?こんな長い期間ずっと森にいるのは疲れるわ」
彼女の名はルナ・フォン・ルクセンブルク。この街の領主の娘であり、青級冒険者パーティー『ルクセンブルクの華』のリーダーも務める少女だ。
「まあまあお嬢様、この依頼は旦那様にとっては非常に大事なことなのです。我々も青級冒険者なのですから、嫌だとしてもちゃんと仕事をしなくてはなりませんよ」
「それくらい心得てるわ!」
「それならばよろしいのですが……」
彼女とパーティーメンバーの関係は、仲間と言うより主人と家来の関係である。
彼女たちの親が全員ルクセンブルク伯爵の部下であること、そしてパーティーの中に貴族が彼女しかいないことから考えると他の職業なら何らおかしいことではない。しかし実力ではなく身分でリーダを選ぶと言うのは、常に生死がかかっている冒険者からすると珍しいことであった。
「ちっ!お高く止まりやがって。あいつ自身はそこそこのくせによ」
「おいおい、聞かれたら面倒なことになるぞ」
彼女たちと同じ班の冒険者たちがひそひそ話をしている。
「あいつが貴族じゃなかったら、俺を含めてこの街の冒険者たちが黙ってねえのによぉ」
「ばか!そもそもあいつだって貴族じゃなかったら、あんな高慢ちきな態度には出ないだろ」
「それもそうか」
彼らはよくわからないところで納得しているが、それでも彼らの話していることはこの冒険者たちの心情を表したものでもあった。
彼女たち『ルクセンブルクの華』、その中でも特にリーダーであるルナは他の冒険者たちに嫌われていた。
冒険者たちが彼女を嫌う主な理由は一つ、それはルナが冒険者になっても自分がルクセンブルク伯爵家の娘であることを前面に押し出して交渉などをしてくるからであった。
彼女のように貴族の子供が冒険者になると言うのはそう珍しいことではない。貴族の大半は冒険者になるくらいなら安定していて名誉もある騎士団に入りたいと思うのだが、中には自由に生きる冒険者に憧れる者も少数ながらいるのだ。
その少数の中には将来家督を継げない者がほとんどである。そしてどうせ家督を継ぐことができないのなら、いっそ貴族なんかやめて自由に旅をしたいと言う理由も少なからずある。
また、ルナのように貴族令嬢と言うのもパターンとしては多い。この国で騎士団に入れるのは男性のみであり、女性がこの国で武力に携わる仕事をしたいと思ったら、性別に関係なくなれる冒険者になるしかないのである。
このように貴族令嬢であるルナが冒険者になること自体はそう珍しいことではない。そこに関して不満を持つ者は少数であり、その者は単純に貴族が嫌いか女性が冒険者になること自体が嫌な者しかいない。
彼女は身分や性別だけで冒険者に嫌われているのではない。一番の問題は、彼女自身の態度にあったのである。
貴族出身の冒険者は、なるべくその身分で他の冒険者を威圧しないと言うのが暗黙のルールである。
もちろん接している冒険者が勝手に貴族の名前を恐れて忖度することはしょうがないのだが、なるべくそうならないように自分の身分をあまり言わないのが冒険者間のルールであった。
しかしルナは違った。彼女は自分がこの街を治めるルクセンブルク伯爵の娘であることを最大限に利用することにより、冒険者ギルドでも結構好き放題やってきたのである
冒険者は平民出身の者が多く、貴族にあれこれ言われるとそれに逆らうのが難しい。特にルクセンブルク領に家族がいる地元出身者はその傾向が強く、自分のせいで家族を危険にさらしたくないと言う思いからルナに逆らうのは難しくなっている。
冒険者ギルドとしてもルナが何か明確な規則を破ったならともかく、あくまで明文化されてない暗黙のルールを破っただけであるため、彼女に対して処罰を与えることができない。
それにもし彼女に処罰を与えてルクセンブルク伯爵と険悪な仲になったら、冒険者ギルドもここで仕事がしにくくなる。
彼女は伯爵家の名前と明確な規則違反をしていないため誰も罰することはできないが、それでも彼女に煮え湯を飲まされてきた冒険者たちは彼女に少なからず不満を持っているのである。
「まあこの依頼ももうすぐ終わりだ。そうすれば、あんな小娘と一緒に依頼をする機会も当分来ないだろうぜ」
「そりゃそ……」
「おいどうした!いきなり……」
こそこそとルナの悪口を言っていた男たちは、急に放たれた出所もわからない攻撃により絶命した。
「全員気を付けてください!何かが……何かが私たちのことを狙っています!!」
男たちが死んだことに真っ先に気づいた『暁の星』のメンバーの一人が、全員に警戒を呼び掛ける。
「ぐわっ!」
「なんで……」
「……」
しかしその警戒もむなしく、冒険者たちは次々と殺されていく。
「いったい、どこから誰が攻撃していると言うのですか……」
金級冒険者である彼女もわからない攻撃は、次々と仲間の命を奪っていく。しかしどうやっているのか?そもそも敵の攻撃どころかその姿さえもまだ見れていない冒険者たちにとって、その攻撃に対処することはできなかった。
「どうやって対処……私もですか」
金級冒険者である彼女も、その敵の前では他の冒険者と変わらない実力のようだ。一瞬で首を切り飛ばされた彼女は、そのまま息絶えてしまった。
「いいから私を守りなさい!何か種があるはずだわ。それを早く見破るのよ!!」
ルナは自分のパーティーメンバーたちを呼び寄せて自分を守らせる。守らされている彼女たちもルナに忠誠を誓っている者からそうでない者までいるが、全員に共通しているのは親がルナの父親の部下であると言うことだ。
そのため、もし生き延びてもルナを置いて逃げたことがばれれば自分たちの親が伯爵に罰せられることが確実であり、それを避けるためにも彼女たちはルナを命に懸けても守らねばならないのである。
「しかしお嬢様、ここから逃げてはいかがでしょうか?」
「それは無理よ!逃げようとした奴は、逃げる前に一瞬で殺されているわ。ここから生き残るには、その元凶を取り除くしかないのよ」
ルナが辺りを見渡すと、すでに生き残っているのは彼女とそのパーティーメンバーだけであった。他の冒険者たちはすでに死んでおり、そのことが彼女たちにより一層恐怖を与えた。
「そうだわ!暗殺者よ聞きなさい!あなたの腕はよくわかったわ。だから、私からお父様にあなたを雇うよう進言してあげる。当然今あなたが受け取っているよりも高いギャラを与えるわ。そうねえ、とりあえずは白金貨百枚でどうかしら?」
白金貨百枚は超高額である。青級冒険者である彼女でもそれだけ手に入れるのは難しく、報酬としては白金級に彼らしかできないような超高難易度の依頼をするときに支払うような金額である。
ルナにはそれだけのお金はないが、伯爵家当主である父ならそれくらいは持っているのは間違いない。そして、これほどの腕を持つ暗殺者を雇えれば伯爵家に利することもまた間違いない。
ルナは意外といいアイディアであると思い、未だ姿の見えない暗殺者にそう持ち掛けた。
「返答はないの!?」
「返答はこれで示させていただきます」
ルナを囲んで守っていた少女と女性たちは、その声が聞こえたと同時に殺されてしまった。
「な……なんで………なんでこんなことするのよ!」
ルナは恐怖により腰が抜けて地面に座りながらも、見えない敵に対して再び問いかける。
「正当防衛ですよ」
ルナはこの状況で発せられたその冷たい声に、これまで経験したことのないような恐怖を感じた。
「私をどうするつもりですか?」
ルナはこれでも貴族としての教育を受けた者だ。努めて冷静な口調で問いかける。
「あなたは貴族令嬢です。しかもあなたのお父様は、この森の近くを治めるブルムンド王国の大貴族です。つまり、あなたの命の価値を最大限利用させてもらうのです」
「そういうことですか」
ルナは貴族令嬢だ。貴族はその身分から人質になることも多く、当然ルナもいつかそういった目にあうかもしれないということはわかっていた。
ルナは自分以外を皆殺しにした者への恐怖と自分が殺されないことへの安堵、そして自分がこれからどうなるのかという不安が入り混じった表情をしていた。
「ではこれで」
ルナはその声を聴いたが最後、何らかの衝撃を受けて気を失った。