蛇の死
青級冒険者パーティー『スネークヘッド』のリーダーであるバイパー、彼は最近ずっとイラついていた。そのイラつきの原因は今回の依頼内容ではなく、またよそから来た『暁の星』にこの隊の指揮権を持ってかれたからでもない。
彼のイラつきの原因は一重に『ウルフファング』が行方不明になったことに対してのものであった。
「あいつら勝ち逃げしていきやがって、あの街での楽しみが減っちまったじゃねえか」
バイパーは、自分たちのライバルである『ウルフファング』がいなくなってしまったことが非常に残念だったのだ。
バイパー達『スネークヘッド』は噂通りあくどいことを平気でしているし、卑怯な手を使って他者を蹴落としてでも、自分たちがルクセンブルクナンバーワンの冒険者パーティーでありたいと言う気持ちも持っている。
唯一彼らよりも上であった『ウルフファング』がいなくなったことにより、今や『スネークヘッド』はルクセンブルクナンバーワンに限りなく近くなった。
バイパーだってナンバーワンに近くなったこと自体はうれしい。しかし、バイパーはその過程が気に入らなかったのである。
バイパーはこれまで無実の冒険者も平気で害してきた。それはその冒険者と諍いがあったからだけでなく、自分たちの出世に邪魔なライバルを減らすためでもあった。
当然自分たちよりも上にいた『ウルフファング』のことも隙あらば蹴落としてやろうと考えていたし、何度かそれに挑戦したこともあった。
バイパーも『ウルフファング』がいなくなったこと自体は喜ばしい。しかし、それをなしたのが自分たちでないと言うことに腹を立てていたのだ。
バイパー、いや『スネークヘッド』のメンバーは自分たちの手で他者を蹴落とすのが気持ちいいと考えており、これまでも極力自分たちの手を汚してきた。
それなのに、今回の『ウルフファング』に対する一件は『スネークヘッド』が手を下していないどころか、一切関与してもいないのだ。これは彼らにとっては気持ちよくないことであり、自分たちよりも先に『ウルフファング』を潰した存在に怒りと嫉妬を向けていたのである。
「奴らはこの森でいなくなったらしい。それならば、上手くいけば奴らを倒した敵にも会えるかもしれん。出てきたら真っ先に俺の手で叩き切ってやろう」
バイパーがそうやって敵をシュミレーションしていたところ、不意に後ろから声を掛けられた。
「バイパー殿、少し不穏な感じがするのだが……大丈夫なのか?」
バイパーに声を掛けてきたのは、この班で唯一バイパーよりもランクが上の男で、バイパー自身も敵わないと認めた男であった。
「三郎殿か。確かにあなたの言う通りさっきから不穏な気配がしているな。俺の仲間も同じように感じているようだ」
三郎はブルムンド王国から遠く離れた国から、ここブルムンド王国に移住してきた男女から生まれた子どもの子供であり、名前だけでなくその容姿もブルムンド王国周辺の人間とは異なっていた。
バイパーは根っからの悪人である。彼とその仲間である『スネークヘッド』のメンバーたちは、冒険者になっていなければ非合法組織に入っていたのは間違いないといえる性格の持ち主(当然『スネークはヘッド』は非合法組織とも関係がある)だ。
彼らは自分たちが悪人であることはちゃんと自覚している。彼らは結局自分の身を守れるのは自分しかいないことを重々承知しているのだ。そしてだからこそ強さと言うもの、とりわけ自分よりも強い者に対しては敏感なのである。
三郎が異人の子孫だろうが自分よりも年下だろうが、三郎がバイパーよりも強いなら表面上はそれに従う。少なくとも、自分より強い相手とは絶対むやみに敵対しないのである。
バイパーの見立てだと、三郎は『スネークヘッド』全員でかかっても倒せるかどうかわからないほどの剣の使い手だ。そんな相手と敵対するのは御免だし、そもそも今は三郎と敵対する理由がない。
バイパーは自分よりも強者である三郎には敬意を払いつつ、自分よりも弱者である他のパーティーの冒険者たちには上から偉そうに指示を飛ばしていた。
「ここは……?」
バイパー達は切り開かれた場所に出た。そこは他の場所とは違い人為的に切り開かれた跡があり、何らかの目的でこの広いスペースが作られたのだとバイパーは考えた。
「冒険者たちよ!我々と正々堂々戦ってもらいたい!!」
バイパーが前を向くと、前から武装に身を包んだモンスターの集団が現れた。
「吾輩たちの準備はできておる。お主らも早々に陣形を整えるがよい。急にこんなことを言われたのだ、それぐらいの時間は待ってやるぞ」
モンスターたちの先頭に立ち、後ろにいるモンスターたちよりも一際高価そうな装備に身を包んだ壮年の男性がそう告げる。
「こいつらがどういう集団なのかはわからないが、一つだけ確かなのは今から俺たちとやりあいたいってことか……」
バイパーはそう言って武器を構える。
ここにいる冒険者たちはある程度の経験や実力のある集団だ。彼らもモンスターたちからの殺気を感じ取り、各々武器を構え始めた。
「準備はできたようだな。それでは開戦だ!」
男の指示によりモンスターたちが動き出す。その動く様はまるで訓練された軍隊のようであり、モンスターたちは隊列を乱さずに冒険者たちに襲い掛かる。
「こいつら!本当にモンスターなのか!?まるで軍隊と戦っているようだぞ!!」
バイパー達がこれまで戦ってきたモンスターたちは、これほど統率が取れた動きをしたことがなかった。それは今回の依頼だけでなく、これまでの依頼すべてを通してそうであったのだ。
モンスターの集団と戦ったことは何度かあったが、それらは全員まるで統率が取れていない集団ばかりだったのである。
ゴブリンなどをその上位種であるゴブリンキングなどが束ねた場合は確かに統率されていたが、それでもこれほどまで統率されてはいなかった。ましてやこの集団はさまざまな種類のモンスターたちで構成されている。
これだけ数と種類の豊富な集団がこれほど統率されていると言うのは、バイパーたちの常識からするとあり得ないことであった。
「A班は出すぎだ!もう少し下がってほかの班に呼吸を合わせろ!次はC班だ!C班は前に出ろ!」
先程は先頭にいた男が、今度は後方でモンスターたちの指揮を取っている。その指揮は実に的確であり、冒険者たちはモンスターたちを崩すことがまるでできていなかった。
「あれが頭か。なら、あれを潰せばとりあえずこの状況は何とかなりそうだな」
戦いにおいて、敵の頭を潰すと言う行為は非常に効果的なものである。特にこのモンスターたちのように統率が取れている集団を相手にする時は、まずその指揮官を潰すのが鉄則だ。
バイパーの見立て通りなら、まずあの男性を倒せばモンスターたちの指揮は取れなくなる。モンスターたちのまとっている装備や個々の戦闘力もばかにすることはできないが、バイパー達にとってなによりの脅威はこの集団が統率されていることである。
そう判断したバイパーは、何とかして敵の頭を潰そうと考えた。
「あれを潰すにはまず近寄る必要があるが、当然向こうだってそう簡単に接近させてはくれねえよな」
モンスターたちは、後方にいる自分たちの指揮官を守るように布陣されている。そしてモンスターたちの戦いぶりを見ると、この陣を突破するのが容易ではないことがバイパーにはよくわかった。
自分とその仲間の力だけでは突破することが不可能だと悟ったバイパーは、自分の近くで戦況を見つめている剣士に目を向けた。
「三郎殿……」
「バイパー殿の言いたいことはこの戦況とその目を見ればわかる。今から冒険者たちを統率させることは無理だろうし、仮にできたとしてもその連携は敵には遠く及ばぬ。ならばこの中で個人戦闘力がトップの拙者が道を開き、その次の実力者である其方が敵の頭を取るしかあるまい」
「そのようだな」
冒険者たちは統率されたモンスターの前に全然歯が立っていなかった。少しずつ、しかし確実に冒険者側は数を減らしており、このままでは時間がたてばたつほど冒険者側が不利になることは明らかであった。
冒険者側はモンスターたちと比べると全然統率が取れていない。パーティー単位での連携なら得意な冒険者たちだが、複数のパーティーとの連携となるとなかなかスムーズにはいかないものである。
また、現在この班には彼らをまとめられるだけのリーダーがいるわけではない。モンスターたちと冒険者たちの戦力はほぼ互角、そしてほぼ互角であるからこそ、連携の差がものを言うのである。
今まで手強いモンスターたちもパーティー間での連携で倒してきた冒険者たちは、皮肉にもその連携の差で不利な状況に陥っているのであった。
「では参る!」
三郎が前線に飛び出した。冒険者側の最高戦力が飛び出したことにより、彼らの士気は大いに上がった。
「要注意人物が出てきた!他の冒険者の援護にも気を配りつつ、奴は最優先に囲んで殺せ!」
モンスターたちは飛び出してきた三郎を囲んで殺そうとする。
「拙者を殺せるものなら殺して見せよ!これくらいの窮地なら何度も経験し、そのたびに生き残ってきたのだ!これくらいで拙者は殺せんよ」
三郎が、自分を囲んでいるモンスターたちに対して一歩も引かずに戦う。
「俺たちもやるぞ!」
「そうだ!いつまでも一人にばかり任せていては冒険者として恥だ!」
「その通りだ!いくら金級冒険者とはいえ、俺たちだってそれに甘えてまかっせぱなしにするほど落ちぶれちゃいねえよ!」
三郎が戦う姿を見て、敵の攻撃により疲弊していた冒険者たちも己を奮い立たせる。
「さすが要注意人物。冒険者たちが息を引き返しおった」
先程までは一方的にやられていた冒険者たちだが、三郎の奮戦に感化された者たちにより冒険者側の勢いは格段に増した。
「敵の勢いに騙されるな!どうせそれも長くは続かん。こちらは先程と同じようにしていれば何ら問題はない。強いて言うなら、敵の核さえ潰せばその勢いが少し早く止まるだけだ!お前たちはなにも焦る必要はない。こちらの指示通り動いていれば勝ちが転がってくるぞ!」
今の冒険者たちの勢いはあくまで一時のもので、時間がたてばその体に蓄積された疲労に気付いて動けなくなるのは目に見えている。今は士気の向上によりアドレナリンが出て元気に動けているが、それはそう長くは続かない。
あくまで有利なのは統率が取れているモンスター側であり、勢いだけの冒険者側が長く待たないのは明らかであった。
「冒険者側の勢いがなくなるのが先か、それとも要注意人物が死ぬのが先か、どちらにしろ、このままいけばこの戦は勝ちだな」
モンスター側の指揮官がそう呟くと、その目の前に一人の男が立っていた。
「知ってるか?戦いでは、勝ちを確信した時が一番危ないんだぜ?」
彼の前にはバイパーが立っている。隠密系のスキルも習得しているバイパーは、そう言って右手に持つ剣で目の前の男を切り裂こうとした。
「それくらい知っているぞ。そのことは、我が主にも口酸っぱく言われてきたからな」
男がそう言って笑うと、彼の後ろから複数のモンスターが出てきた。そして彼らは、バイパーの剣を持っていた盾で防いだ。
「読まれていたか!?」
「お前は要注意ではないが、注意すべき人物の一人であったぞ。お主の動きは吾輩も注意しておった。そして、これからはもう注意しなくてもよくなるな」
男はそう言ってバイパーに笑みを見せた。
「くそ……」
敵の本陣まで一人で忍び込み、そして敵指揮官の首を取ろうとしたバイパー。しかし敵指揮官の首が取れなかったとなれば、それは単に敵の兵に一人囲まれているだけだ。
盾を持った大型のモンスターたちがバイパーを囲み、そのまま押しつぶすようにバイパーに向かってくる。
バイパーも隙間から抜けようとしたり盾自体を壊そうとしたが、訓練によって練度を上げたモンスターと彼らの持つミア製作の盾をバイパーは壊すことができなかった。
盾により押しつぶされたバイパーは、抵抗虚しく息を引き取った。
「バイパーは死んだぞ!次我々に殺される冒険者は一体誰だ!?」
バイパーを打ち取ったモンスター側は、その事実を声高々に冒険者側に伝える。
「あのバイパーが死んだだと……」
「バイパー殿がやられるとは……もはやこれまでと言うことか」
バイパーが死んだことによる冒険者側の動揺は激しい。その素行から人望のなかったバイパーだが、それでもその能力は認められていたのだ。
冒険者たち、特にバイパーに一発逆転を託していた三郎の士気は大いに下がった。
「冒険者たちの勢いは止まった!今だ!今がわれらの攻め時だ!!」
士気が下がり、その疲れも自覚しだした冒険者とは反対に、敵の中心人物の一人を打ち取ったモンスター側の士気は上がり、その勢いは増す。
ただでさえ有利だったモンスターたちが勢いに乗ると、士気も下がり疲弊した冒険者たちにそれを止められるわけもなく、冒険者たちはモンスターに蹂躙されていった。
「無念……」
「お主はよく戦った。吾輩には言われたくないだろうが、同じ武人のとして誇りに思うぞ」
モンスターたちの指揮官である男は、味方が全滅しても最後まで戦い続けた男に敬意を払う。
「ここまでか……拙者も武人、ならば最後は美しく終わらねばならんな」
三郎は自分の件で自分の腹を切る。これを切腹と言い、以前祖父からこのことを教えてもらった三郎は、絶対に死ぬとわかった時にはこうしようと決めていたのだ。
「介錯の余地なしか……」
これまでにたくさんの疲労がたまっていたのだろう。切腹した三郎は、介錯(切腹した本人を即死させて腹を切ってから死ぬまでの負担と苦痛を軽減するため、背後から切腹人の首を刀で斬る行為)をするまでもなく息絶えていた。
「美しい散り際だった。敵ながらあっぱれだな」
最後まで戦い抜いた三郎が切腹して死んだところで、モンスターによる冒険者たちの全滅が確認された。
「これで主に対していい報告ができるな」
モンスターたちは冒険者たちからの戦利品を、死体ごと回収してその場から立ち去って行った。